ツーリング日和10(第25話)苫小牧で焼肉

 ビジホから十五分ぐらい歩いて着いたのが焼肉屋。焼肉は嫌いじゃないけど、わざわざ北海道で食べなくとも、

「悪い悪い。昼は平取のステーキハウスにする予定やってんけど、食い損ねたから肉の気分が残ってもてん」

 コトリの策略か。でも美味しいよ。話題はどうしたって杉田さんの話に、

「杉田は運命を後ろ向きにとらえるとこがありまんねん」

 杉田さんのお父さんは町工場の工員だったそう。ただ下請けどころか孫請けでお給料は良くなく生活は厳しかったそう。

「杉田の親っさんは高校中退の中卒でんねん」

 中卒であるのを恥じる必要はないけど、中卒であるが故のハンデはこの世に確実にある。大卒だって学歴でマウント取ろうとするのはいくらでいるけど、

「まあな。高校は義務教育やないけど、行かへん奴のほうが珍しいからな」

 だから中卒で終わっていると言うのは、余程の理由があると思われちゃうのよね。それもかなりどころでないネガティブな理由しか考えないもの。

「それだけやない。中卒、高卒、大卒で出世や昇給で明らかにハンデはある」

 社会人は実力勝負だけど、現実として存在してるのは否定できないもの。それでも、杉田さんのお父さんが中卒なのは、ヤンチャしまくったのはあるで良さそう。

「あれは血でしゃっろ。暴走族の特攻隊長やったって話ですわ」

 だけど社会に出てみると学歴の大きさを痛感したんだろうな。学歴はすべてじゃないけど、社会人のスタートで、ある方が絶対に有利なのは嫌でも見えるもの。だからなのか、

「境遇から私立中学受験は無理やってんけど、授業料免除の上に給付型の奨学金がある四葉学院に進学したんですわ」

 四葉学院での内部カーストは六花の話で合っていると思う。そんな二人の馴れ初めは、

「一目逢ったその日から、恋が花咲くこともある、ガッチガチの両想いや」

 ありゃ、身も蓋もない。でもそれぐらい魅かれ合わないと、カップルになれなさそうな高校時代の二人の関係なのはわかる。綺麗に言えばロミオとジュリエットかな。でもお父さんの事故死からイジメがあって二人は別れたんだよね。

「直接の原因がそれやったんは間違いないんでっけど、それがなくとも杉田は別れる気やったみたいでんねん」

 どういうこと。高校時代の恋が結婚までゴールインすることは多いとは言えない。ポピュラーなのは進路が違って会えなくなりフェードアウトするパターン。大学で新しい恋人を作ってしまうのも良くある話だよ。

 でもさぁ、高校卒業までは続くだろうし、大学に進学しても続けようとはするはずじゃない。もっとも杉田さんと六花は高校時代に別れてるけど。

「とにかく杉田は真面目過ぎるんですわ」

 交際が深まった先に結婚があるぐらいは誰でも思い浮かぶけど、まだ高校生だよ。四葉学院ならほぼ百パーセント進学だから、結婚するにも早くて大学卒業後になるよ。つまりはゴールが結婚と意識しても、まだまだ先の話しか感じないはず。それなのに杉田さんは六花との結婚を真剣に考え過ぎていたのか。

「杉田が悩んでいたのは釣り合いです」

 やぱりそこか。杉田さんの家は父親の急死で片親。さらに家は貧しい。それに対して六花は白兎住建のお嬢様。この組み合わせはすんなりとは行きにくいだろうな。愛があってもすべてを乗り越えるにはハードルがかなり高いとしか言い様がない。

「まあそうですわ。悩みまくった挙句に・・・」

 なんだって。あのイジメ事件で六花が加担していたのは事実だけど、

「半分出来レースですわ。六花ちゃんが杉田のイジメに加担しないと、六花ちゃんがイジメられるのは杉田もよう知っとったんですわ・・・」

 安心して六花が杉田さんのイジメに加わったら、

「それを理由に別れよった」

 なんなのよそれ。裏切られたのは杉田さんじゃなくて六花じゃないの。杉田さんは六花との恋を不毛として縁を切ったと言うの。

「そう言うとりました。そやけど・・・」

 高校卒業後に有名大学から一流企業のエリートコースに杉田さんは進むのだけど、

「そうやって成り上がるために四葉学院に進学したと言えばそれまででっけど・・・」

 六花を迎えるに相応しい男になろうとしたのか。だけど杉田さんはドロップアウトしちゃったのよね。

「わてが初めて会うたのはモトブロガーをやり始めてからでっけど・・・」

 モトブロガーとしての杉田さんは、苦労もあったみたいだけどまずは順調として良いと思う。今はカリスマだけど、阿蘇で会った時でも余裕で有名モトブロガーだったもの。

「わてもそう思いま。そやけど杉田は、モトブロガーであるのに強烈なコンプレックスがあるんですわ」

 それって、

「そうやと思いま。しがないモトブロガーでは六花ちゃんの相手に相応しくないでっしゃろ。それはそれで構いまへんねん。六花ちゃんがアカンかったら他の相手を探せば良いだけでんがな」

 好きな相手との恋は実を結ばない事の方が多いものね。一番多いのはこっちが好きでも、相手がそうでないケース。交際まで行っても性格が合わないのはあるし、性格が合わないのは結婚してからもある。

「そこから浮気に走るケースなんか数えきれんぐらいあるで」

 離婚までは置いとくとして、恋に破れたら、そのうち次の相手を探すものよ。そりゃ、熱中している間は、

『この人しかいない』

 こう思い込むけど、失恋して醒めたら次の恋に目が向くのが人間だもの。でも杉田さんは、

「六花ちゃん以外はホンマに受け付けまへんねん」

 もう十年以上前に別れた相手なのに、

「あそこまで行けば未練やおまへんやろ。あんなん初めて見ましたわ」

 だったら、だったら、

「篠原アオイとして六花ちゃんが現れた時の杉田の顔が見ものでしたわ。開いた口が塞がらんって良く言いますけど、まさのそのままでしたわ」

 その時に杉田さんはアオイが六花と気づいていたんだよね。

「そこら辺が微妙というか、杉田のアホンダラが・・・」

 加藤さんの見るところ、杉田さんはアオイが六花であることに気づきながら、六花でなくアオイと思いこもうとしていたって言うのよね。だから、

「わてもああなるとは思いもしまへんでした」

 六花が現れてから四耐参戦のスタンスがガラッと変わり、変わったがために必要資金がウナギ登りに増えて行ったのは事実。それを知った六花が篠原アオイしてではなく佐野六花として、いや白兎住建の関係者としてスポンサーを買って出たのか。

「杉田がスポンサーとのコラボを嫌うのは知ってましたけど、六花ちゃんからでんがな。すんなり杉田は受けるとしか思いまへんやんか。そやのに、そやのに・・・」

 アオイが六花だと名乗った瞬間に、杉田さんは激怒して六花をチームから追い出したのか。なんでだろ、

「自分へのコンプレックスが噴き出したんやと思うてま。レーサーとしての篠原アオイのままなら受け入れられても、白兎建設の佐野六花になると拒否してもたんでっしゃろ」

 コトリはいつの間にこの話を知ったのよ・・・聞くだけ野暮ね。コトリなら納沙布岬の時点で気づいて情報を集めだしていたはず。そうでなくっちゃ、十勝であのレースをするのは不可能だもの。でもあのレースの意味は、

「ユッキー、ちいとは真面目にやってや」