ツーリング日和10(第24話)優駿ロード

 浦河町のかつめし屋から北に上がって道道一〇二五号を東に。いきなりあったよお馬さんがいる牧場。日本の競走馬は年間七千五百頭ぐらい生まれるのだけど、そのうち八割が日高地方だから六千頭。その六千頭の内の千八百頭が浦河町だって。

「あのシンザンが生まれたとこや」

 シンザンは日本で二頭目の三冠馬で、さらに天皇賞、有馬記念も勝ったから史上初の五冠馬なんだ。とにかく取れるだけの重賞はすべて取った名馬で、

「名馬を越えて神馬とも呼ばれとる」

 十九戦で十五勝だけど、負けたレースもすべて二位で、この十九連続連対は今でもレコードで、生涯の全レースが連対なのは驚異的な記録になる。

「二位がビワハヤヒデの十五連続やからな」

 競馬はやったことないけど、それでもシンザンの名前は聞いたことがあるぐらい。

「競走馬としての成績もずば抜けてるけど、種牡馬としても優秀で、内国産の競走馬の育成の扉を開いたとまで言われとる」

 競走馬の育成でも日本は後れを取っていて、輸入馬頼りのとこがあったんよね。それがシンザンの子が活躍してくれて、日本で生まれた牡馬の子どもでも通用する始まりになったぐらいらしい。

 とにかく凄まじいレース成績を残したから、その後の競馬界はシンザンを越える馬を産み出すのに懸命になったのは事実なんだよ。これについてはシンボリルドルフが登場してシンザンを越えたともされてるけど、

「越えたと思うけど、すでに神格化されとるから永遠に越える馬は出んやろ。千代の富士と白鵬の優劣を語るようなもんや」

 浦河町のお隣が新ひだか町。町名を見ただけでわかる合併自治体。もうちょっと味わいのあるネーミングが出来ないのかな。ここも名馬が産出されてる。

「一番有名なのは帝王シンボリルドルフで、次がオグリキャップになるやろうけど、コトリが一番印象深いのはトウショウボーイや」

 トウショウボーイはわたしでも知っている。あの悲劇の名馬テンポイントの永遠のライバルだ。トウショウボーイも天馬とまで言われた名馬で、

「最後の有馬記念のマッチレースを越えるのは未だにあらへん」

 最初から最後までトウショウボーイとテンポイントがトップを競り合い、ここまでずっとトウショウボーイの後塵を拝させられていたテンポイントが、ついに勝った伝説のレースだよ。

「そして日経新春杯の悲劇」

 宿敵トウショウボーイに勝ったテンポイントは海外遠征を予定していたのだけど、壮行レースとされた日経新春杯で骨折し殺処分になっちゃったのよね。だからテンポイントの子孫はいないことになる。

「トウショウボーイの産駒が、日本で三頭目の三冠馬のミスターシービーや」

 さて新冠町だけど、ここの産駒と言えば、

「怪物ハイセイコーが忘れられん。もちろん三冠馬トウカイテイオー、ミホノブルボンも忘れたらあかんけどな」

 ハイセイコーは当時の人間なら子どもさえ名前を知っているアイドル・ホース的な存在。残した成績はパッとしないけど、競馬界に残した功績は計り知れないとまでされてるぐらい。

 競馬は公営であってもギャンブルで。日本語で言うと博打になってイメージは良くないのよね。イギリスみたいに王室の持ち馬が出場したり、上流社会人の交際場みたいなものはなかったとしても良いぐらい。

 だけど爆発的な人気を博したハイセイコーの活躍により、競馬が市民権を獲得したとしても良いと思う。後の競馬界の隆成はハイセイコーの活躍なくして語れないもの。

「ちなみにハイセイコーの天敵のタケホープは浦河町で生まれとる」

 今走っている道の左右に広がる牧場で、日本の代表的な競走馬が生まれたんだよね。

「ああ、こうやって見えてる馬の中に次の時代のスターがおるはずや」

 優駿の記憶も世代で変わる。どの馬が一番かの議論はいつでもあるけど、どの馬だってその時代を象徴した名馬で較べられるものじゃない。

「一番比較しやすいのは重賞の獲得数で、それやったら七冠のシンボリルドルフになるけど、これかってシンザンの時代は五冠しかあらへんかったもんな」

 加えて競馬界に限らず一番盛り上がるのは無敵の帝王が君臨する時代よりも、ライバルが鎬を削る時代なのよ。だけどそういう時代の名馬は通算成績で見劣りすることになる。だってライバルとは勝ったり負けたりするもの。

「ライバル時代は滅多なことで成立せん。相撲かって栃若時代と輪湖時代ぐらいしかあらへん。柏鵬を時代とするには無理がテンコモリや」

 時代を制する才能が複数出現する事は難しいのよね。最初のうちはライバルとされても、すぐに優劣がはっきりしてくる。つまりライバルに勝てなくなり二番手以下に甘んじるしかなくなっちゃうのよ。

「将棋なんかすぐにそうなるもんな」

 それとライバル対決とドングリの背比べは違うのよ。競馬界では戦国時代とされる年の方がむしろ多い気がする。どの馬が勝つかわからないから馬券的には面白いだろうけど、記録はもちろんだけど記憶にさえ薄い年になってしまうのよね。

「そやから曲がりなりにも三強を形成したTTG時代を最高とするのが今でもいるんよな」

 TTGとはトウショウーボーイ、テンポイントに加えてグリーングラスを加えて三強としたもの。でもあの時代は、

「そやから曲りなりって言うてるやろ。ホンマはトウショーボーイの時代やった。最後の有馬記念に勝っとったら間違いなくそうやった。それでも勝ったのがテンポイントやから伝説になったんや」

 グリーングラスも強かったのよ。

「そりゃ、緑の刺客や。トウショーボーイやテンポイントがおらへんかったらグリーングラスの時代になっとってもおかしくあらへん」

 主役になれたかどうかはわからないけど、史上最強の名脇役かもしれない。

「ちいとだけTTG時代の解説付けといたら、前後の年が結果として不作やったんもある。怪我もあったからな」

 前後にもスターホースはいたのよ。テスコガビーとかカブラヤオーとかね。

「マルゼンスキーが出とったら様相がまったく変わってたはずや」

 でも出られなかった。神は時にこういう悪戯をすると思うぐらいよ。加藤さんが目指した桜舞馬公園は、名馬たちのメモリアルパークとして良いと思う。

「テスコボーイの銅像があるやんか」

 テスコボーイはイギリスの競走馬。引退後はアイルランドの種牡馬となり、さらに日本に輸入されている。どうして銅像まで建てられているかというと、その産駒の成績が優秀だったから、

「ランドプリンス、キタノカチドキ、テスコガビー、トウショウボーイ、サクラユタカオー・・・」

 種付け料が安価で産駒が高価で取引されたから牧場としては救世主みたいな存在だったで良さそう。

「さすがに全部は知らんが・・・」

 ずらっと並ぶ名馬のお墓があるのよ。熱心なファンは供養に訪れるんだって。気持ちはわかるな。馬はね、わたしも好きだけど、コトリはもっと好きなんだ。好きというより、

「その話はやめとこ」

 そうだね。苦すぎる思い出だもの。道の駅サラブレッドロード新冠でハイセイコーの銅像を見て苫小牧に。新冠から苫小牧まで地図で見ると近い感じなのだけど、

「北海道の縮尺はやっぱり慣れんな」

 まだ八十キロぐらいあるのよ。八十キロなんか神戸で考えたら日帰りツーリングの片道ぐらいなのよね。

「加藤さん、付き合わせて悪いな」
「なにを仰いますやら」

 高速を使えば一時間かからないぐらいだものね。今日の宿は苫小牧駅の南側のビジホ。シャワーを浴びてすっきりしたら夕食だ。