ツーリング日和10(第23話)浦河のかつめし

 一夜明けて杉田さんはスタッフと共に帯広空港から松山へ。あれっ、加藤さんは残るの。

「こっちも仕事でっから」

 広尾町まで南下してから国道三三六号をひたすら南に。広尾町って聞いたことがあるな。

「サンタランドやろ」

 そうだった、そうだったノルウェーが認めたとかなんとかのはず。あんまり一般化しなかったよね。

「メジャーな観光地にするのは、どこであっても難しいからな」

 町起こしで観光に目を付けるのは常套手段みたいなものだけど、そうは問屋が卸してくれない現実はある。とくに無理やり系はね。

「そやな。メジャーな観光地はメジャーになるだけの理由があるもんな」

 そんなメジャーなところでさえ栄枯盛衰があるもの。

「軽井沢は生き残ったけど清里は忘れられてもたんちゃうか」

 バブルの時代の清里は、アンノン族が押し寄せた、押しも押されぬメジャーな観光地だったのよね。清里って言うだけで憧れの地の代名詞ぐらいだったもの。それが今では見る影もなくなってしまったもの。

 広尾から左手に海を見ながらのシーサイド・ツーリング。北海道の地名は難しいな。音調津ってなんて読むのかな。

「オシラベツでっせ」

 無理やりだな。この川はえっと、えっと、コイカクシエオシラベ川って寿限無みたいな長い名前じゃない。どう読んでもアイヌ語だけど、

「コイ・カクスで東に向かうになって、オ・シララ・ウン・ペッはオトシラベツの由来でっけど、河口に岩礁のある川って意味になりますわ」

 東向きに流れる川で、河口に岩礁がある川って意味になるのか。

「さすがのユッキーもアイヌ語は弱いな」

 コトリもでしょうが。それとこの音調津から黄金道路になるんだよね。別に金色に光ってる訳じゃなく、とにかく難工事で、

「黄金を敷き詰めてるぐらい工事費用がかかったの意味ですわ」

 戦前に切り開いただけでもそれぐらい費用が必要だったのだけど、戦後に舗装化された時だって、普通の道路の十倍の費用がかかったそう。

「札束道路やな」

 走っているとわかるのだけど、ひっきりなしにトンネルがあるのよね。それぐらい海岸沿いは絶壁続きだってことの裏返しになる。そんなところだから音調津を越えると人家も殆どないもの。

「国道三三六号は東は釧路まで続いてまっけど、二十一世紀の初めまで十勝川を渡船で渡っていたって話ですわ」

 それも人力で川に渡したロープを引っ張ってたって冗談みたいな国道だよ。そこまでして通す必要は本当にあったのかなぁ。まあ、そのお蔭で今はツーリングルートとして楽しめてるんだけど。

 トンネルとか覆い屋みたいなのを幾つ潜ったか数えられなくなったけど、このトンネルは、えりも黄金トンネルか。わかりやすいネーミングだな。

「北海道最長のトンネルですわ」

 なんと四千九百メートルもあるそう。つうかあった。この長いトンネルを抜けると、またトンネルが二個あって、どうもえりも町に入ったみたい。

「黄金トンネルの手前からえりも町やで」

 ここで国道から外れて襟裳岬に。風がかなり強いな。

「砂浜になってるのが百人浜でっせ」

 アイヌ語由来と思ったらそうでなくて、江戸時代に南部藩の御用船がここで難破して百人の犠牲者が打ち上げられたからだそう。ここにはキャンプ場もあるけど、

「心霊スポットとしても有名らしいですわ」

 いよいよ襟裳岬に近づいて来たけど、あれっ、えりも岬観光センターの手前で曲がるのか。この辺も小さな町になってるけど、よくこんなところに住んでるものだ。

「後は歩きや」

 てくてく歩いていくと、

「ここが限界ですわ。観光客用の襟裳岬遊歩道突端より南になりますねん」

 ここにはかつて襟裳神社があったみたいだけど、今は鳥居と石碑が残ってるだけ。まさに荒涼とした岬の先端だよ。そうわたしは・・・

「時間もあらへんから、以下略や。最近また長なっとるし」

 言わせてよ。ここにも石碑がるけど、これは豊国丸の海難慰霊碑だね。

「襟裳岬はな・・・」

 道東に海路で向かうには必ず回らなければならないけど、とにかく絶壁続きで目ぼしい避難港が少ないのだそう。さらに風が強い上に、襟裳岬から暗礁が伸びてるから、うっかり近づくと座礁転覆させられるんだって。

「風帆船の航海の難所や」

 汽船でも豊国丸は遭難してるものね。バイクに戻って観光センターで、

「ウンコか」

 オシッコよ。ホテルから襟裳岬までナビなら一時間半ぐらいだけど、加藤さんの撮影が入ったから、もう十時半になる。

「すみまへん」

 気にしない、気にしない。あれはあれで楽しいし、休憩にもなってるから。

「加藤さん、平取までは遠いよな」
「くろべこでっしゃろ。今からやったら一時ぐらいになりますわ」

 お昼の相談みたい。

「他なんか知らんか?」
「かつめしどうでっしゃろ」

 なんだ、なんだ、かつめしってカツ丼のことか。

「おもろそうやな。時刻もエエぐらいやし」
「ほな、かど天へ」

 勝手に決めるな。食べるのはわたしだぞ。

「だったら、どこがエエねん」

 知らないから付いて行く。コトリじゃなく加藤さんの提案だから、

「宗旨替えか」

 残ってるのは加藤さんだもの。一時間程で浦河町に到着。国道から街の方に入るのか。さらに、これって完全に路地じゃない。よくこんなところを知ってるな。さすがは加藤さんだ。コトリとは違う。

「いちいちコトリを引き合いに出すな」

 下駄ばきビルの一角にある居酒屋みたいだけど、ランチもやってるんだな。たしかに元祖かつめしって幟も立ってるよ。さて出てきたのは、かつめしとしか言いようがないな。卵でとじてあればカツ丼だけどそうじゃないし、ソースもかかってないからソースカツ丼でもない。

 丼飯の上にトンカツが乗っかってるからかつめしだろうけど、ご飯の上には刻みノリがちりばめてあるから海苔弁みたいな発想かな。だってカツの上にも青海苔かかってるもの。

「これが・・・」

 浦河町民熱愛グルメでしょ。とにかく食べて評価しないと。

「パクッ」

 へぇ、ソースはかかってるんだ。でもソースカツ丼みたいな、いかにもソースじゃなく、タレみたいな感じかな。これがあっさりしてるけど美味しいよ。なんて言えば良いのだろう、

「罪悪感の無いカツ丼って言われてるらしいで」

 気持ちはわかる。女の子がカツ丼食べると、カツ丼は脂っこいし、それに卵でとじてあるから、ボリュームとカロリーが気になっちゃうのよね。でも、これならすんなり食べられるかも。

「ここからでっけど・・・」

 海岸線を離れて山の中を走るのか。それは構わないけど、何かあるの。

「北海道と言えば」

 そりゃ毛ガニだ。

「それもありまっけど馬でんがな」

 あっ、そうか。この辺は競走馬の飼育が盛んだったんだ。牧場をツーリングで横目で見ながら、

「桜舞馬公園を目指します」

 こんなルート、加藤さんじゃなくちゃ思いつかないよ。コトリだったら馬と聞いたら馬刺しか桜鍋しか思いつかないもの。

「ユッキーもやろが」

 バレてたか。でもこのペース行くと今夜は苫小牧かな。

「すんまへん」

 というかフェリーは、

「小樽です。今回は納沙布岬まで天気に祟られましたやんか。もうちょっと撮らんと北海道に来た意味がなくなりまんねん」

 そうだった、単なる観光じゃないんだものね。元の予定は道北から道東のツーリング動画で、苫小牧から帰る予定だったけど、道北がオジャンみたいになり、

「知床も霧の知床でなんも見えまへん」

 納沙布岬で合流してからは快調みたいだけど、知床抜きの道東だけじゃ寂しすぎるのはわかる。だから道央も含めるのか。まさか函館まで行くつもりとか。

「さすがに無理がありますわ」

 さすがに遠いものね。なるほど、なるほど、だけど。これって、

「定番のベタでっけど、エエとこでっせ」
「舞鶴までマスツー決定やな」