ツーリング日和13(第21話)思わぬ手がかり

 午後の練習走行は杉田さんが走ったけどピットから見てた。杉田さんの走りもさすがだ。マシンの仕上がりも悪くなさそうだから今年は期待できそうな気がした。でもって、杉田さんたちは今日も泊まり。

「松山も遠いからな」

 東京からも鈴鹿は四百キロだけど、愛媛の松山となればそれ以上で五百キロ近くにもなるそう。午後の練習走行後に帰ろうとすれば夜道になるからリスク回避だって。レースの取材もあるからそれなりに知っているつもりだったけど、四耐の練習時間がこんなに限られているのを初めて知った。

「四耐はあくまでも八耐のオマケだ」

 サーキットの走行練習の割り当て時間もやはり四輪が優先かな。ホンダは二輪も四輪も作っていて、もとは二輪メーカーだけど、商売としては四輪が大きいからと思ってる。どうしたってクルマに較べるとバイクはマイナーだものね。

 夕食バイキングも御一緒してくれた。杉田さんも双葉が感じた通りに今年のマシンに手ごたえを感じてる印象をもった。そんな取材の話が一段落した時に気になる事が。杉田さんは篠原アオイの夫だけどアオイと呼ばずに六花と呼ぶのよね。

「水無月君、君も記者なんだからそれぐらいは知っておいてくれ」

 へぇ、篠原アオイは本名じゃなくて芸名だったんだ。本名は杉田六花、旧姓は佐野だって。さらに、さらに、杉田さんとアオイは高校の同級生だって。そりゃ、本名で杉田さんは呼ぶよな。

 話は今回の練習走行から、余談みたいな話になって行ったのだけど、これも一つの謎とされている杉田さんがクレイエールの全面支援を受けたこと。杉田さんはプロジェクト開始の時に独力でやることにかなりどころでないこだわりがあったはず。

「あははは、参加じゃなくて完走、完走じゃなくて上位を狙うとなれば予算は鰻上りになりまして・・・」

 四耐にも賞金が出るそうだけど、たとえ優勝しても足が出まくるのだって。これは八耐でも同じ。いやクルマのレースでもそうかもしれない。レースでペイするにはメーカーからの支援が必要で、後は広告料かな。だからどのマシンもビッシリ広告が描かれているとも言える。

「クレイエールがウインドミルのブランドで売り出したいのに便乗させてもらいました」

 それは分かるけど、杉田さんは企業とのコラボをしない人として有名。これはユーチューバーでも温度差が大きくて、企業とのコラボを目標とするところが多いぐらい。そこまでの知名度を得た証みたいな面と実益があるもの。

 もっともデメリットもあって、コラボとは聞こえが良いけど、その企業の宣伝塔になるから、そういう面での批判は免れないところがある。杉田さんはカリスマだからデメリット重視だったはず。

「レーサーとしての欲でしょうか。パートナーが六花ならどうしてもね」

 コラボの成果は目覚ましくて、マイナーな存在だったウインドミルが一躍メジャーブランドになったぐらい。ちなみに双葉も愛用してる。だってあれはバイク女子のオシャレ心をくすぐり過ぎる。

 ウインドミルの成功はバイクファッションを変えたとまで言われてる。バイクウェアは専業メーカーの独占みたいなところがあり、専業だけあって機能性、実用性は申し分はなかった。だけどバイク乗りは武骨で良いとばかりにデザイン性に問題があったかな。

 あれだって男が乗る分にはそれで良かったのだけど、バイク女子、とくにファッションを重視したい女子にはイマイチだった。これもだけど、ウインドミルが登場するまでは、バイクのファッションとはそんなものだの常識で終わってたと思う。

 そこにオシャレなウインドミルが登場したものだから、専業メーカーも女性用のデザインに力を入れ出したし、他のアパレルメーカーの参入もあって、今は百花撩乱状態ってところかな。

 それでもウインドミルは優位で良いと思う。デザインはさすがのクレイエールだし、アパレルメーカーなら弱点になりやすい機能性、実用性も専業メーカーにひけを取らないところがある。

 なによりウインドミルが有利なのは、上から下までのコーディネートが可能なこと。だからバイク女子でそうなってるのが多いし、出来るだけウインドミルでそろえようとする人は多いものね。ちなみに双葉もそう。

「そうだそうだ、これをプレゼントさせて頂きます」

 こ、これはTeam Sugi-sanのスタジャンじゃない。これは非売品だから入手できないレア物。

「大げさな。レプリカは売ってますよ」

 だけどこれはレプリカじゃなく本物だ。ありがたく頂いた。その辺りから雑談風になっていったのだけど、杉田さんもあれこれツーリングをしている。というか、それが商売みたいなものだけど、その時の思い出話みたいなものになったんだ。

「ツーリング先では珍しいバイクに出会えるのも楽しみです」

 それはある。どうしたって四大国内メーカーのものが殆どになるけど、海外製もあるし、国内メーカーでも珍しいのに出会えるものね。

「ロケットに出会った時は驚きました」

 ロケットってトライアンフのロケットとか。あれは珍しいよ。大昔に製造中止になっていて双葉も実際に走っているのを見たことがないぐらい。それだけ少ないのもあるけど、あれを乗りこなすのは容易じゃないはず。だってだよ2500ccの三百キロだもの。女に乗りこなせる代物じゃない。

「だと思うでしょう。でも乗っていたのは女の子」

 だったらゴリラみたいな大女。

「小柄な可愛い女のです」

 信じられないよ。どうも杉田さんのツーリング仲間らしく、年に一度ぐらいは会ってるそう。

「ボクのバイクもリッタースポーツですが、並ぶと中型バイクぐらいに見えますからね」

 だと思う。これは取材したいな。どこに住んでいるの。

「大阪ですよ。取材するなら連絡ぐらいしますよ」

 イイの。聞くと食べ物屋さんで女将しているみたい。だったら、店に取材を、

「行かれますか? ボクも行ったことが無い店ですけど」

 どこかと聞いて腰を抜かした。大阪の関白園じゃない。あそこは日本一とも呼ばれる料亭で、サミットとか国賓の食事会場になったこともあるところ。料理も凄いらしいけど、

「値段がね。それに予約を取るのも難しすぎるところです」

 う~ん。シブチンの編集長は絶対にウンと言わないだろうな。個人的に行くにも高すぎる。あんなところ、本当のセレブとか、VIP御用達の店だものね。そういう連中に知り合いなんていないもの。杉田さんはあるの?

「たまたまですが何人かはいます。もっとも会う時はツーリング仲間としてですけどね」

 なんだってモノホンの侯爵と知り合いだって! どんなつながりなんだよ。そんな折り紙付きのセレブが神戸に住んでるなんて初めて知った。そりゃもうのお嬢様、いやお姫様なんだろうな。

「いえいえ、ごく普通の人です。でもないか、白人に寄り過ぎのハーフで初対面で英語で話しかけられるのにウンザリしてると言ってました」

 どんな人物だ。想像もつかないな。ここで篠原アオイが、

「ツーリング先で出会ったバイクと言えば・・・」

 ここで慌てたように杉田さんが、

「あのバイクの話はしてはならない」

 なんだなんだ。ここで引き下がったら記者の名折れだ。そんなに珍しいバイクの情報はぜひ知りたい。食い下がりまくったよ。

「六花が悪いぞ。仕方がない。でもこれはオフレコだ。あなた方もマスコミの人間だから聞けばオフレコになるがな」

 なんだよ、そこまで伏せないといけない情報ってことだろうけど、まさかヤーさん絡みとか、

「ヤーさん? そんな可愛いものじゃない。ヤーさんぐらいなら鼻息で吹き飛ばす」

 だったら、だったら、政治家がらみだとか、

「政治家ぐらいなら顎でコキ使う」

 おいおい、そんな大物が日本にいるのかよ。影から日本を支配する日本のドンとか。

「日本というより世界かな」

 さすがに怖くなってきた。下手に知って記事にでもしたら東京湾の底に沈むとか。

「あのバイクに初めて出会ったのは石鎚スカイラインだった。あの日はバイクの試乗インプレッションのために走っていたのだが・・・」

 杉田さんが乗っていたのは市販車最速のリッターのスーパースポーツ。乗り手がレーサーである杉田さんだから最強の組み合わせになるはずだけど、

「登りで追い抜かされ、追いかけようとしても追いつけなかった」

 そんなバカなことが、

「あったんだよ。しかもだ、相手は小型バイクだった」

 そんなことがあり得るものか・・・えっ、それって噂のバイクのことかも。

「そんな話があるのは知っている。まさにそれだ」