ツーリング日和13(第22話)あのバイクだ

 部屋に戻ってから清水先輩と杉田さんの話を考えてた。宮崎で出会った二入組のバイクは間違いなく噂のバイクだ。その走りたるや峠道のしかも登りで、レーサーが乗るスーパースポーツを振り切ったって話なのよ。

 そんなものを信じろと言うのがおかしいよ。登りはパワー勝負だ。些細なテクニックなんかで埋められる物じゃない、スーパースポーツは驚きの二百馬力なのよ。重量だって二百キロあるけどPWRなんて一・〇なんだよ。

「オレもハヤブサに乗っているからわかるけど、圧倒的というより暴力的なパワーがあるからな」

 杉田さんが走った石鎚スカイラインだけど、それなりにワインディングだけどセンターラインもついてる二車線の道なのよね。クルマならまだしもバイクでブロックするなんて絶対に無理。まさか二台でフォーメーションを組んでたとか。

「杉田さんの話ぶりからして、そういう姑息な駆け引きは無いと見てよいだろう」

 そうだった。こんなもの冗談としか思えないけど、コーナーで距離を詰めたのが杉田さんで、直線でぶっちぎったのが噂のバイクってなんなのよ。百歩譲って逆なら可能性はゼロじゃないけど、スーパースポーツに乗っているのは杉田さんだものね。

 でも実話だ。それも実際に走った人の実話だし、それを見たのは杉田さんだ。杉田さんがこんなことでウソを吐くはずがない。それに篠原アオイも噂のバイクを知っている。もう少し言えば噂のバイクの驚異的な走行性能も知っているとしか思えない。夫婦で双葉たちを騙しているなんて考えられないもの。

「そうだよな。こんな話で騙すだけの理由がない」

 だったら、だったら、どうやったらそんな速度が出せると言うの。噂のバイクは宮崎のツーリング中にずっと見てる。どこからどう見ても一本プラグの単気筒エンジンだ。ボアアップの可能性は残っても、スーパースポーツとの馬力差は誤差の範囲にしかならないよ。

 クルマで例えればいくら軽自動車をチューンしたところで、ポルシェに勝てないぐらいの差は余裕であるもの。わずかなヒントだけはつかんではいる。あのエンジン音。あれは単気筒の音じゃない。そもそも単気筒では排気量をアップしたところで出せる馬力に限界があるはず。

「あの音がシングルでなくマルチなのは同意だ。だがな、シングルでも同じだが馬力を上げるには排気量の増大が必要だ。あれだけシンプルなエンジン回りでターボやスーパーチャージャーはありえない」

 カスタムと言うより改造で、小型のエンジンにターボを組み込んでいる人がいるのは知っている。だけどだよ、たとえターボを組み込めても馬力が二倍や三倍になるわけじゃない。ボアアップとの合わせ技でも、

「たとえばだが、あの小型バイクでも百キロぐらいはある。PWRで一・〇にするだけで百馬力は必要になる」

 百馬力のエンジンなんて大型バイクのエンジンでも少ないよ。当然のように大きなものになるし、あんな小さなバイクに組み込めばバランスもクソもなくなるものね。

「クルマでもそうだが、バイクの方が小さいだけに重量バランスだけでなく、フレームの強度も問題になるからな」

 そう何事もトータルってこと。だけどあのエンジン音はマルチの音にしか聞こえない。なのに見た目のサイズが同じで一本プラグってどういうことよ。

「エンジンの謎はともかく、高出力になっているのは間違ない。それも大型バイク並みの高出力だ。水無月君のZ900RSぐらいなければ、杉田さんの乗るスーパースポーツを振り切るなんて無理だろう」

 双葉のZ900RSはカタログスペックで言うと車両重量で二百十七キロもある堂々たる大型バイク。馬力だって百十一馬力ある。かなり重量があるから鈍重そうに思うかもしれないけど、公道なら余裕があり過ぎるのが実感。

 パワーなら大型バイクだったらどれだってそんな感じだろうけど、そんなZ900RSでもPWRで言えば一・九ぐらいになる。PWRがバイクの走行性能のすべてじゃないけど、スーパースポーツのPWR一・〇に近づけようと思えば、小型バイクにZ900RSのエンジンを載っけるようなものになる。

 でもさぁ、それだけじゃPWR一・〇にならないのよね。Z900RSのエンジンは950ccもあるのよ。あんなエンジンを載せるだけでどれだけ重量が増える事か。それぐらいスーパースポーツのPWRは化物級ってこと。

 それを振り切るって超がつく化物バイクになってしまう。そんな高出力エンジンがどう見ても空冷じゃない。なにがどうなってる事やらだ。ここまで来ればマジックだよ。

「マジックはそれだけでない。あの見た目はなんなのだ。どう見たって純正に近いぞ。カスタム部分と言ってもドレスアップばかりじゃないか」

 強いて言えばオイルクーラーだけど、あんなもの一つでスーパースポーツを振り切れるものか。そうしたら先輩は考え込んでしまった。しばらくしてから、

「これはあくまでも仮説だが、あのバイクは改造じゃないと見たい」

 考えた挙句に何を言い出すやら。純正でそんなに走れるわけがないじゃない。

「噂のバイクが高出力エンジンなのは間違いない。信じられないが純正のサイズのエンジンを載せたとしても、そのパワーを受け止めるだけの車体が必要だ。そんな事をすれば車体重量が必ずアップする」

 それだけじゃなく、見た目だってもっとゴツゴツするはず。でもそうじゃないじゃないもの。

「そこから導き出されるのは、純正の見た目そのままにフレームとかを強化したことになる。フレームだけじゃないフロントホークも、スイングアームも、リアダンパーも、ホイールもギアボックスもすべてだ」

 そうでもしないと噂のバイクが出来ないのはわかるけど、それってバイクを改造じゃなく作っているようなものじゃない。

「ああイチから作ってるはずだ。それもエンジンからだ。あんな小型でバカみたいな出力が出るエンジンなど存在するものか」

 先輩の説も荒唐無稽な気がするけど、噂のバイクが荒唐無稽すぎるから、これぐらいの力業が必要なのはわかる気がする。でも、でもだよ、先輩の仮説通りのバイクなら作るのにいくらかかるのよ。

「一億程度じゃ無理だろう。なにしろエンジンからだからな。エンジン開発となるといくらになるか想像もつかない」

 先輩は金持ちの道楽の範疇でさえ越えすぎているとしてる。それこそプライベートジェットとか、大型豪華ヨットの世界だろうし、それよりなにより、

「あんな小型バイクをわざわざ作るものか」

 そこはわかる気がする。金持ちのこの手の道楽は虚栄心との裏表の部分はあるよね。プライベートジェットとか、大型豪華ヨットは見ただけ高価なのはわかるし、見なくても聞いただけでわかるもの。

 ジェットやヨットは金持ちの道楽でも弩級だろうけど、ありふれたものなら、こんなに高いクルマに乗ってるとか、こんなに良い腕時計をもってるとか。豪邸に住むなんてのもある。

「そうだよな。一見わからなくても、見る人が見ればわかる類の贅沢も多いからな」

 だけど噂のバイクは違うもの。双葉にしろ、先輩にしろバイクは詳しい方だ。そういう商売だものね。そんな二人がその気で見ても、あのバイクの秘密はやっとこさ推測程度だよ。

「その通りだ。もし噂のバイクの事前情報がなければ、二日も一緒にツーリングしても気づきもしなかったと思う」

 そんな手の込んだ贅沢をわざわざするのがおかしいよ。そもそも論になるけど、たとえスーパースポーツより速いバイクでも、分類は小型、ピンクナンバーの原付二種に過ぎないのよ。つまりは高速も自動車専用道路も走れない。

「水無月君の言う通りだ。もし道楽をするとしても、せめて250CCだろう。わざわざ125ccでするのは意味不明だ」

 もっと素直に中型バイクでも、大型バイクを買えば済む話だものね。下道ツーリングをバカにする気はないけど、長距離ツーリングで高速どころか自動車専用道すら走れないのはデメリットが大きすぎる。

「でも根性はあるな」

 それは言える。あんなバイクで北海道を一周してるし、東北も、信州も、飛騨も、四国も、九州だってツーリングしてると言うのだから。聞いただけでどんだけと思ったぐらいだもの。

 そうなると持ち主の正体を知りたいじゃない。どうしてあんなバイクを作ろうと思ったのか、どうやって作ったのか。これがわかればビッグなんてものじゃないスクープになるはず。

「杉田さんは教えたくないみたいだな」

 口止めされてるのはわかるけど、口止めするようなことなのかな。でもあれだけ一緒にツーリングして連絡先どころか名前さえ明かさなかったのは理由があるはず。そしたら先輩が、

「なにか嫌な予感がする。どうにも杉田さんはこの件には深入りするなと言ってるような気がする」

 でもあれだけ話してくれたじゃない。

「どう言えば良いのかな。あれだけヒントを話せば、こちらはわかるはずのつもりじゃないかと」

 わかんないじゃないの。でも言われてみると、あそこまで知っている杉田さんが自分の番組に取り上げないのも妙と言えば妙だ。これっていったい何がどうなってると言うの。

「噂のバイクは引き続いて追いかけるが、これはオレと水無月君の胸の内にしまっておこう」

 スクープとしては大きいけど、今のところ肝心なところがわからず、怪しげな噂記事と言うかアングラ記事にしかならないものね。もう少し情報を集めてから編集長に上げたいぐらいだろ。