ツーリング日和(第31話)女神たちの夜話

 一時間後にホントに来た。

「お邪魔します」
「こっちもエエ部屋やんか」

 瓶ごと焼酎を抱え、

「あては漬物で我慢してな。もうてきた」

 皿に盛られた漬物。こっちはかなり酔ってるのだが、二人組はおかまいなし。

「明日もあるから二本ぐらいにしとこか」

 やや背が高い方がコトリさんで、低い方がユッキーさん。広大生の言ったとおりだ。コトリさんはニコニコ微笑みながら、

「加藤さん。あれこれ調べとったみたいやけど、だいたい当たりや」

 どうしてそれを、

「コトリもユッキーも商売が商売やから堪忍してよ。奥琵琶湖の帰りに付けて来たから、ちょっと調べさせたんや」

 それって、CIA並とも呼ばれるエレギオン調査部。

「まあ、そうや」
「じゃあ、オレたちがこの宿に泊まるのも調べた上で・・・」
「それは偶然よ。ここは単に泊まりたかっただけ」

 本当なのか。急に酔いが醒めて来た。これから女神に逆らったものへの罰が下るとか。

「あんなもん都市伝説や。せっかく会ったんやから話がしたなっただけや」
「だって女二人で飲んだり食べたりするより、男が入った方が楽しいでしょ」

 そこからも焼酎をグイグイと煽りながら、

「あのバイクに興味を持つのはわかるけど、出来たら秘密にしておいて欲しいな」
「コトリからもお願いや」

 二人が言うには、ツーリングを純粋に楽しみたいためにあのバイクを作ったそう。

「あれって元のバイクはちょっと非力やろ」
「そうなのよ。だからちょっとだけパワーアップしたかっただけなのよ」

 その予定だったのが、相談したところが悪かったとボヤく、ボヤく。

「あれって製作費は青天井と聞きましたが」
「そこまで聞いとったんか。おしゃべりやな」
「ミサキちゃんなんて呆れちゃって、純金のバイク買うより高いってね」

 そ、そんなに、

「純金なら一台分やな」
「それはサークル費を誤魔化してミサキちゃんに怒られた分でしょ。その十倍は軽くかかってる」

 ちょっと待った。純金二十キロで二億ぐらいのはずだから・・・だが聞いてるとロータリーエンジンだけでも、

「鉄じゃ重いってチタン合金にしてもたもんな」

 エンジンなんて五キロぐらしかないとか。

「あのサスペンション・システムは」
「あれやけど・・・」

 想像していた通り、あまりの軽量化と、ハイ・パワーと異常なほどのピーキーさで、

「死ぬかと思うぐらい運転しにくかってんよ」
「だよね。こっちはのんびりツーリングしたいだけなのに、レーシング・マシーン作ってどうするかと思ったもの」

 それでどうなったかだが、

「コトリもユッキーも電気仕掛けはあんまり好きやないんやけど、妙な電子制御付けよった」
「無いとまともに走れないし、とにかく燃費悪いし」

 今でもクセが残っているみたいでボヤく、ボヤく。

「あんな変態趣味の連中に任せたのが失敗だったのよ」
「そういうこっちゃ、青天井言うたらホンマに青天井でカネ使いよる。マッド・サイエンティストに余計な餌やったようなもんや」

 おかげでボーナスが飛んだって・・・どんなボーナスもらってるんだよ。それにしてものセッティングの変化だが、

「コトリも詳しいとこまで知らへんねんけんど、なんかAIらしいで」
「篠田博士だけでなく、天羽博士も協力したって言ってたよ」
「ハンティング博士なんか途中からノリノリだったって言うし」

 それって科技研どころか世界の至宝みたいな科学者たち。

「ここまで教えたんだから、協力して欲しいな」
「ツーリング先で取材攻勢に遭うと厄介なんよ。バイク乗りならわかるやろ」

 オレも加藤も謎のバイクがエレギオンに関係している時点で手を引いた話をすると、

「嬉しいなお礼せんといかんな」
「そうね今晩燃えてみる」

 男だから心が動いたものの、あれだけ飲まされて到底無理。

「一つだけお願いがあるのですが・・・」

 二人は顔を見合わせて、

「どうしてもやったらかまへんけど」
「壊さないでね。作り直すの大変だから」

 翌朝に、

「基本は普通のバイクやけど、無暗にスロットル開くと飛んでくで」
「そうそうブレーキは鬼のように効くから注意してね。発進もクセあるから」

 まず持ち上げてみると、ホントに軽い。たしかに二〇キロぐらいだ。始動はキックだったな。なんだこれ、エラくかかりにくいぞ。十回目にやっとエンジンがかかった。なんでセルにしないんだろう。

 さて発進だけど、こりゃクセ強いな。それでもギクシャクしながら発進できたが、加藤はエンストか。あははは、一度エンストすると下りてキックしないといけないのか。加藤は三回目にようやく発進。

「杉田、ところでこれ何速やねん」
「聞いてなかったな。オリジナルは四速だが」

 とにかくアクセルワークが神経質で、少しでもスロットルを開けるとタコメーターの針が飛び上がる。クラッチも繊細過ぎるほど。

「杉田、待ってくれエンストや」

 おいおい、止まったら、また発進しないといけないじゃないか。

「ところで、もしこれ壊したら、修理費用っていくらするんやろ」
「億じゃ、利かないだろうな」

 あの石鎚や、小浜での加速を試してみたいが、

「杉田だけやってくれ、もう怖うて乗ってられへん」

 この直線でやってみるか。転んだら破産だな。

『キィーン』

 な、なんなんだ。予測していたつもりだが、これはあまりにも異質だ。バイクの加速とは違う。そうか、車体重量が軽すぎるからか。バイクではなくオレが突き飛ばされてる感じになっているのかもしれない。

 いかん、もうコーナーが迫ってきた。ブレーキは効くとは言っていたが、下手な効き方をされればお陀仏だぞ・・・まずい、かけ過ぎたか・・・こりゃ凄いブレーキだな。効きもそうだが、どんなABSを積んだらこうなるのか。こんなの初めてだ。

 よく転ばなかったものだ。冷や汗かいた。加藤がやらなくて正解だな。こんなもの十分や二十分乗ったぐらいで慣れるような代物じゃない。それにしても、こんなものを追っかけてたのか。転ぶ前に帰ろう。宿に帰るとあの二人組が待っていた。

「ちょっとクセあるやろ」
「これでも、だいぶマシになったのよ」

 あの二人は阿蘇の噴火口とか回りながら、やまなみハイウェイから大分港に向かうと言うので、ここでお別れ。

「またお会いできますか」
「縁があったらな」
「バイクに乗っていれば、また会えるわよ」

 彼女らを見送ってから、会計をしようとしたら、

「既に頂いております」

 口止め料かな。こっちも帰るか。