シオリの冒険:女神の相談

 今日はユッキーのところに呼ばれてるんだ。あそこの四人は二週間に一度、例の三十階仮眠室に集まることになってるんだよ。エレギオンHDの最高首脳会議ってところだけど、わたしも呼ばれるようになってるんだ。

 それとユッキーに頼まれてエレギオンHDの非常勤顧問になっちゃってる。ユッキーが言うには、

    『迷惑だと思うけど、ここに出入りするのに肩書があった方が都合が良いのよ』
 この顧問って肩書だけど、どうも相当重いみたいで、社内では重役相当みたい。もっとも給料は雀の涙。まあ仕事たって、三十階で飲み食いしてるだけだから文句もないけど。たぶんだけど、三十階に入るためのパス・カードと暗証番号を与える名目ぐらいに思ってる。

 いつものように飲んで、食べてがあって一段落した頃にユッキーが話し始めたんだ。

    「コトリは二年以内に宿主代わりに入るわ」

 へぇ、コトリちゃんぐらいになると自分でわかるんだ。そこに香坂さんとシノブちゃんが、

    「コトリ先輩、自殺はやめて下さい」
    「副社長、お願いですから、前のようなことはしないで下さい」

 なんだなんだ、この二人。自殺って何よ、コトリちゃんは実質的に不老不死みたいなものじゃない。でも聞いてると、コトリちゃんは宿主代わりの度に神の自殺、つまりは次の宿主に移るのをやめようとしているそうなのよ。

    「あらコトリ、今回もやるつもり」
    「そりゃ、新工夫をバッチリ考えてあるで」

 もう香坂さんもシノブちゃんも必死です。

    「コトリ先輩、冗談にもなりません」
    「そうですよ、こんなもので笑えるはずがないじゃありませんか」

 そしたらコトリちゃんは、

    「心配せんでも、今まであれだけやって成功してへんからだいじょうぶだって」
    「コトリ先輩!」
    「女神懲罰官として絶対に許しません!」

 わお、シノブちゃんが仁王立ちになって真剣に怒ってる。香坂さんまで顔を真っ赤にして怒ってる。それにしても女神懲罰官ってなんなんだ。なんとなく香坂さんに相応しい気もするけど。

    「二人ともマジで怒らんでも」
    「これを怒らなかったら何を怒ると言うのですか」
    「そうですよ、前回の時にどれほど心配したことか。社長も黙ってないで何か言ってやって下さい」

 ユッキーが苦笑いしながら、

    「シノブちゃんも、ミサキちゃんも、そんな剣幕で怒鳴られたら、口を挟む間なんてないじゃない」

 たしかに、

    「コトリの自殺は成功するはずないから心配してないけど・・・」
    「社長なんてことを」
    「社長と言えども、言ってイイ事と悪い事があります」

 そういえば、コトリちゃんが小島知江として亡くなった時は大変だったものね。わたしとカズ君もショックだったけど、中にいた香坂さんもシノブちゃんはなおさらだったんだと思うもの。だから冗談でも言って欲しくないって気持ちはわかる。

    「ユッキーが温泉旅行の時に今の記憶はリセットされた感覚があるって言うてたやんか。あれはコトリにもあるんよ。前の時は、これまでの習慣から自殺しようとしたけど、もうちょっと生きててもイイ気になってる」
    「習慣なんかで自殺しないで下さい」
    「ミサキはしっかり聞きましたからね。約束破ったら罰として冥界に行ってもらいます」

 コトリちゃんは苦笑いしながら、

    「冥界に行かされるのは、かなわんな。あそこはミサキちゃんなら無双状態になるけど、コトリじゃ話にならへんやろし」

 ミサキちゃんは冥界にホントに行ったことがあるのかしら。ここでユッキーが、

    「コトリが宿主代わりに入るから、エレギオンHDの人事体制に特別ルールを作る事にする。でも、その前に言っておきたいことがある。わたしがクレイエールの社長を引き受け、エレギオンHDとして成長させたのは、時間潰し、ヒマ潰しのためでもあったけど、他にも目的があったのよ」

 なんだって! エレギオンHD社長がヒマ潰し、時間潰しだって、

    「コトリも言ってたリセット感覚に基づいた話なんだけど・・・」
 言われてみれば女神として不老不死でいるのも大変そう。そりゃ、宿主さえ渡り歩いていけば永遠の生があるようなものだけど、意識や記憶は継続されても外見の人は完全な別人になるものね。

 別人になれば、前宿主時代に築いた地位も名誉も財産もすべてゼロになり、そこから再スタートになっちゃうものね。わたしで言えば、カメラの技術は引き継げても、フォトグファー加納志織の地位は御破算になって、それこそサトルの弟子から始めないといけなくなるようなもの。

    「・・・女神が安定して生活するには、宿主が代わっても受け入れてくれる受け皿が必要なのよ。エレギオンHDはそのために作ったつもり」
    「では、エレギオンの名を冠したのも」
    「そうよ、商売上の意味もあったけど、女神のための受け皿の意味もあったのよ。だから女神がスムーズにエレギオンに戻れる特別ルールが必要になる」

 いるだろうね。ここで疑問が、

    「ユッキー、ちょっと聞いてもイイ?」
    「なに?」
    「代わった宿主が本物かどうかをどうやって見分けるの?」
    「わたしとコトリには神が見えるから簡単」

 へぇ、見えるんだ。ここでシノブちゃんが、

    「具体的にはどうするのですか?」
    「いくらなんでも、そこら辺から連れてきた人をいきなり副社長にするのは変じゃない」
    「ええ、とくにエレギオンHDでは原則としてまったくの新人の採用は行っておりません。採用するのはエレギオン・グループで選ばれた者だけです」
    「そこだけど、社長と副社長は外部から新人であっても自由に秘書を選んでも良いことにする。そして翌年ぐらいに大抜擢する」

 なるほど、そうやって手順と体裁を整えるのか、

    「それでも、かなり不自然ですが」
    「四人しかいないから、そうそうは起らないし、役職に復帰すれば実績ですぐに黙らせることが出来る」

 コトリちゃんが、

    「ミサキちゃん、悪いけど宿主代わりした時に、コトリなりユッキーにスムーズに会えるような手順作っといて」
    「かしこまりました」

 ここでコトリちゃんが私の方に向き直り、

    「シオリはどうする」
    「わたしは死んだらオシマイじゃないの」
    「それでイイ?」

 これはかなり悩んでるんだけど、

    「あの温泉旅行の前は天国のカズ君に会いに行くのだけが楽しみだった。でも、今は違う。ユッキーやコトリちゃんともっと時間を過ごしたい気持ちが強いのよ」
    「でも長くないで」
    「どうしてそれを?」
    「コトリもユッキーほどじゃないけど先が見えるんよ。シオリちゃんはコトリより早いで」
    「やっぱりそうか・・・」

 確実に体の異変を感じてる。実は病院にも行ったけど、かなり進んでいるみたい。とにかく見た目が若いから治療も勧められたけど、効果となると医者も多くは期待できないとハッキリ言ってた。

    「でも出来るの」
    「ユッキーとも検討したんやけど、とにかく封印したのが主女神だから強力やねん。だから過去の主女神の記憶すべての封印を解くのはまず無理や」
    「シノブちゃんや香坂さんみたいに、今からの分だけはどう。別に昔の主女神の記憶に興味は無いし」
    「それも悪いけどやってみないとわからへん。ユッキーと二人がかりなら出来そうな気がするけど、絶対とは言えへんねん」
    「失敗すれば・・・」

 ここでシノブちゃんが、

    「その記憶の継承の封印を解く時に主女神が目覚めるリスクは?」
    「はっきり言うとある」
    「もし目覚めたら?」
    「ユッキーと二人で眠らせにかかるけど、前の時のように上手くいくかはわからへん。あの時よりもコトリの力は落ちてるからな」
    「眠らせるのに失敗したら?」

 ここでユッキーが、

    「その時は主女神次第だけど、最悪のケースで四女神はすべて主女神に吸収されて、イナンナが完全復活する」

 イナンナって誰よ。

    「もっともその時には、みんな消滅してるから、イナンナの世界に恐怖する必要もないけどね」

 よほどわたしが抱えてる主女神って奴は取り扱いが厄介そう。さらに香坂さんが、

    「加納さんを時の放浪者に引っ張り込んでイイのですか」

 ユッキーは天を見上げて、

    「イイことと思っていない。素直に自然に死んで消滅してしまうのが一番よ。それを痛いほどわかってるのが、わたしとコトリ。だからこれは二人のワガママ。でもね、正直にいうと寂しいのよ。たった二人で生きていくのが」

 ユッキーが涙声だ。コトリちゃんの目も真っ赤、

    「だからシノブちゃんやミサキちゃんに頼まれた時に断り切れなかったの」

 これを受けてコトリちゃんが、

    「古代エレギオンの運営は大変やった。ホンマに大変やった。そりゃ、楽しいこともあったけど、辛いことの方が多すぎた。今でもトラウマになってることは、一杯あるんよ。でもユッキーとエレギオンHD作ってみたら、今度は違う世界で暮らせるんじゃないかって」
    「コトリの意見にわたしも賛成だったの。あの苦しい経験を今なら活かせるんじゃないかって。今度はもっと楽しい五千年が作れるんじゃないかって。障害になるのは神だけだけど、古代エレギオンのように人を使った戦争までは起らないと考えてるし、そうさせる気もないわ」

 香坂さんもシノブちゃんもじっと考え込んでいます。

    「シオリには付いてきて欲しいと思ってる。わたしとコトリの第二の記憶の始まりの貴重な生き残りなのよ。もうシオリ以外には頼める人はいないし。だからシオリに聞いてるの。どうするかって」

 わたしの心は・・・

    「一つ聞いてもイイ。ユッキーたちはエレギオンHDが受け皿としてあるけど、わたしはどうなるの」
    「やりたいことをやればイイ。フォトグラファーがしたければ、それをすれば良いし、エレギオンHDに勤めたければ、それも出来る。そのための受け皿よ。シオリが選びたい事をさせるぐらいの力はエレギオンにあるわ」

 好きな事か。それが出来る力がエレギオンにあるのは間違いない。

    「そうそう、これはシオリ以外にも言っておくわ。次の宿主になった時に、エレギオンHD以外で人生を楽しみたいなら構わない。ここはわたしが一人になっても守るから」
    「ユッキー、一人やなくて二人やで」
    「永久女神懲罰官のミサキを忘れてもらっては困ります。三人です」
    「どうして私を無視するのですか。もちろん四人です」
 やっぱりこの四人は熱いわ。わたしの心は・・・・