ツーリング日和24(第37話)千草の幸せ

 実はそれでもって不安はあったんだ。けどね、コータローは着々って感じで二人の関係を進めてくれた。まずは千草がコータローのマンションに転がり込んだ。そう、同棲だ。最悪、ゴミ屋敷も覚悟してたけど綺麗だったからかえって拍子抜けしたぐらい。

 コータローって一緒に暮らしてわかったけど、ミニマリストじゃないけど無駄なものを買わないんだよね。とにかく買えば壊れて使えなくなるまで徹底的に使う人で良いと思う。この辺はケチじゃないと思う。あれって興味が無いものには単に無関心なだけで良い気がする。

 もっともその興味が無い分野が問題で、それがファッションまで広がってるのがネックだ。ファッションだって凝り過ぎるのも困るけど、あそこまで無関心なのも問題ぐらい。これは結ばれる前にも頼まれていたからアドバイスしたのだけど、

「千草の言う事は絶対やからな」

 一切文句を付けないのは助かった。それこそ千草の言いなり丸呑み状態だ。これは他のところもそんな感じなんだ。だってコータローのマンションは綺麗ではあったけど、言い換えれば殺風景だったのよ。

 そんなにゴテゴテと飾り立てる気はないけど、ここは二人の新居になる部屋じゃない。だから手も出したのだけど、

「さすが千草や。なんか新婚さんの雰囲気がするわ」

 あのねえ、そんなイラストだって描いてるじゃないかと言いたかったけど、どうもイラストを描く時の空想世界と現実は見事なぐらい分離しているみたいなんだ。家事は全部引き受ける気だったのだけど、

「いつの時代の夫婦やねん」

 そりゃもうって感じでキッチリ分けられたし、手際だって意外なほど良いのよね。それでも同棲を始めた頃はお互いの生活流儀の違いもあって、バタバタしたところもあったけど、時間とともにまるでパズルが組み合うようにキッチリ嵌ってくれてる。

「それが幼馴染同士のメリットや」

 そんな訳ないでしょうが。こういうのも相性なんだなって実感してるかな。同棲生活も落ち着いたら頃に、

「ここまで待たせて悪かった。サインしてくれるか」

 出てきたのは赤い紙だ。自分の名前を書くのにどれだけ手が震えたことか。でもサインはしたけど千草のワガママも聞いてもらったんだ。これを出しに行くのは結婚式が終わってからにして欲しいって。

「千草に逃げられたら困るんやが」

 それはこっちのセリフだ。逃げようたって逃がすものか。そこから結婚式の話になったのだけど、

「ウェディングドレスやろ。千草が白無垢着たいのなら反対せんけど」

 そんなものウェディングドレス一択だ。あれは千草の憧れなんだから。それは良いのだけど問題はコータローなんだよ。

「タキシードとちゃうんかい」

 あのね、紋付き袴で隣に立ってどうするの。そうじゃなくてどういう結婚式にするかだ。

「ウェディングドレスとタキシードで三々九度は嫌やで」

 アホか。そうじゃくて、どこでどれぐらいの規模でするかだよ。とにかくコータローは医者なんだ。これだけでもコータロー側の出席者は気を遣うなんてものじゃないけど、人気イラストレーターの水鳥透でもあるんだよ。

 これも同棲してからわかってしまったけど、水鳥透は芸能人的な人気さえあるんだよね。こっちはこっちで、業界関係者の出席多数ってやつだ。ここもシンプルに言うと、そういう出席者に相応しい盛大な結婚式になっちゃうじゃない。

「費用はなんとかなるで」

 そうじゃないってば。そりゃ、盛大な結婚式で祝ってもらうのは嬉しいよ。けどさぁ、けどさぁ、コータローの隣で花嫁やるのは千草だよ。

「当たり前や。他に誰がおるねん」

 どうしてわかってくれないのよ。そんなところに千草がいたら出席者の笑い者になるじゃないの。晒し者にされるとしても良い。それぐらい釣り合いが悪いぐらいは知ってるんだから。

「そんなことあらへんと思うけど千草がそう思うんやったら・・・・」

 コータローはだいぶ考え込んでから、

「身内だけでハワイでやるのはどうや」

 ハ、ハワイで挙式って本気で言ってるの。

「そんな珍しいもんやないやんか。海外挙式の定番みたいなとこや」

 そりゃ、そうだけどハワイだよ、ハワイ。そんなの千草の夢そのものじゃない。それからコータローはあれこれ調べていたみたいだけど、

「ハレクラニで式するんはどうや」

 ハレクラニって本気で言ってるの? 友だちとハワイに行ったとこにあれこれ調べた事があるのだけど、ハワイにもゴージャスなホテルはたくさんあるのよね。その中でもさらに最高級ってされてるのがハレクラニなんだ。

 ハレクラニって天国に相応しい館って意味らしいけど、紹介読んでるだけでそう思ったもの。とにかく最高級過ぎて泊まるなんて夢のまた夢だったけど、もしハネムーンで泊まるのならここが良いって話していたんだよ。

 そこで挙式して泊まるって夢なんてものじゃないよ。準備が整って勇んでハワイに行ったよ。控室でウェディングドレスに身を包んだら、ついにここまで来たんだと思ったもの。ヴァージンロードを歩いてコータローに迎えられたのだけど、

「綺麗やで」

 エメラルドグリーンの太平洋とダイヤモンドヘッドを望むカヴェヘヴェヘ・ローンウェディングだったけど、感動したなんてものじゃなかった。二人の門出を祝うような晴天だったけど、ちょっと暑かったのは御愛嬌だ。

 その後にささやかだけど身内だけの披露宴をやって部屋に。オーキッドスウィートって言うらしいけど、ここもなんじゃこれってぐらいゴージャスなんだ。広いなんてものじゃなくて、そうだな十人ぐらいは余裕で泊まれそうなんだもの。その部屋でやるのは言うまでもない初夜だ。朝になり、

「千草と結婚できるなんか夢みたいなもんや。オレは幸せ者や」

 それはこっちのセリフだ。なんかすべての夢が一挙に叶ったみたいじゃないの。だってだって、夫として隣にいるのはマメタンからイケメンになったコータローだよ。こんなもの幼馴染じゃなかったら絶対に結婚できなかったもの。

「それは言い過ぎやけど、あの千草が嫁なんは今もどっか実感あらへんわ」

 コータローが夫なのもね。これがひょっとしたら幼馴染の名残かもしれないな。なんか遊び友達が夫婦になってしまった感覚がどこかにある気がしてる。これだって千草とコータローだからの部分はきっとあるはず。

 幼馴染が夫婦になるにはまず長い交友期間があるはずだ。その間にはお互いが異性であることを意識し、異性である幼馴染を恋愛対象に変えていく期間だってあるはず。そこで幼恋から青い恋、さらに大人の恋と成長し最後にゴールインだ。

 けどさ、コータローとの交友期間こそ長いけど、とにもかくにも中断期間が長すぎる。幼恋は始まる前に中断したし、青い恋なんて発生する余地もなく、そこからさらに延々と十八年間も中断だ。

「そやな。次はいきなり大人の恋や」

 そうなんだけど、コータローには悪いけど中三の時の記憶って薄いのよね。

「オレもそうやからお互い様や」

 だから幼馴染ラブって言っても実質は四歳時代の次は三十年後って感じじゃない。

「なるほどな。四歳の友だちの続きを同窓会から始めたようなものか」

 そうそう、そんな感じ。でもでも、千草にとってコータローは望みうる限りの最高の相手なんだ。それは外見もそう、地位や肩書もそう、誰がどう見たって玉の輿だもの。

「そこまでやないけど、千草に不自由させんぐらいは出来ると思うで」

 それより何よりアラフォー間近のブサイクでスタイルも良くない千草をこんなに愛してくれてる。

「そんなもん千草やから当たり前や。オレからしたらこの歳まで売れ残ってたんに感謝や。世の中節穴ばっかりやわ」

 売れ残りはないでしょ。まあ、それぐらいしか言いようが無いのは事実だけどさ。ここはコータローの歪んだ趣味に感謝だな。

「誰の趣味が歪んでるねん。オレは普通や。ごく普通に千草に惚れて、結婚しただけやんか。それでも強いて言うたら千草はオレにとって特別感のある女やねん」

 特別感ってなんだ?

「心の故郷で一番の美少女やんか」

 あのね、順位付けで評価する時は二番手以降がいないと意味ないじゃないの。コータローの心の故郷って言うけど、そこには千草しかいないじゃないの。

「そやからダントツで一番や。他に比べるものが出んぐらいの存在が千草や」

 だから比べる者が出ないじゃなくて、そもそもいないんだって、

「そうやで、千草は唯一無二の存在ってことや」

 それを言ったらコータローの心の故郷の男だって唯一無二じゃないの。

「わからんやっちゃな。これでオレの心の故郷は永遠になったやんか。それが出来るんはこの世で千草だけやねん。千草は他の男を選んだって故郷はあるけど、オレには千草以外におらへんやんか」

 そういう特別感か。それが千草だったのは嬉しいけど、他の女だったらもっと良かったとか。

「アホ抜かせ。特別感があるのはオマケや。オレは千草に惚れたんや。惚れた女がラッキーなことに心の故郷におっただけの話や。それでもこれで根無し草に根が生えたんは感謝してるで」

 ありがと。もうコータローを信じてる。それでも夢みたいだ。幼馴染が良い男に立派に成長して千草を迎えに来てくれたんだよ。これだってお互いなら良いけど、千草はこのザマだものね。

 こんな話はシンデレラさえ越えると思う。シンデレラは灰被り姫だけど、元が美人なんだよね。だから魔法使いの助けを借りてお城の舞踏会に参加できたし、そこで王子様のハートを射止めたじゃない。それにくらべたら千草は惨めなぐらいにブサイクなのは良く知ってる、

「自虐ネタはもうやめにせんか。千草は同窓会でオレのハートを射止めたんや。射止められたオレが千草を幸せにするのは当たり前や。それだけの話に過ぎん。世界中の誰がなんと言おうが、千草はこの世で最高のエエ女や」

 夢なら本当に醒めて欲しくない。愛されるってこんなに幸せなものなんだ。

「こんなもんが幸せの到達点やないで。ここからが二人の幸せ物語の出発点に過ぎん」

 うん、そうする。必ずそうしてみせる。そのために千草が出来る事ならなんだってする。ここに千草の幸せのすべてがあるのだもの。これこそが千草の幸せだ。