あの時に親父はいなかったけど、千草たちとすれ違いみたい駆けつけて来たようなんだ。その時には飛野の親族連中と逆上した継母の修羅場状態だったとか。あの流れならそうなるよね。なんとか何が起こったかを聞き出した親父だったけど、
「ご苦労さんなこっちゃ」
その場をどう収めるかに直面させられたってことだ。一番望ましいのは逆上している継母をたしなめ、激高している親族連中を宥め式に持ち込むだけど、たしなめられた継母がさらに逆上したと言うか、これまでの恨みつらみを爆発させてしまったようだ。
結婚してからどれだけ辛い目に遭い、どれだけ我慢に我慢を重ねていたかの恨み節をこれでもかとぶつけたらしい。この辺は後妻って言うだけで親族連中にも辛く当たられていた部分もあったのは同情する。
とは言うものの、そんな事をすれば親族連中の火に油を注ぐようなものだから、その場を収めるどころじゃなくなったぐらいかな。姑息的には千草を呼び戻したいのはあっただろうけど、陰険なコータローはスマホの電源を切ってた。
さらに橘高の親父さんたちも来てしまったから、親父としても進退窮まったぐらいじゃないかと思う。この醜態を引き起こしたのは弟嫁も加わってるけど、主に飛野側の人間だものね。
「オレかってあんな立場に追い込まれたら、ああするしかないと思うわ」
全員を丸め込むのが無理となれば、どちらかに加担して反対勢力を排除するだけど、あんな状況で継母に加担したら飛野の親族をすべて敵に回すことになりかねないよ。とは言え飛野の親族に加担すれば、
「あの事態になってもた時点でまともな結婚式なんか出来へんやん」
親父は結婚式の中止を橘高の親父に言ったんだよ。橘高の親父もどうしようもないと判断したのか同意して、なんとなんと結婚式が吹っ飛んんじゃったんだ。まあ、あのまま強行すれば飛野の親族が欠席するのは目に見えてたか。
こうやって考え直すと、どれだけコータローが陰険だったのか良くわかるのよね。諸悪の根源は継母になるけど、あそこが場を収めるラストチャンスだったもの。なんとかコータローが上手く取り繕っていれば、
「そこまでする恩も義理もあらへん」
それはそうだけど、場の空気を読んで油だけ注いで帰っちゃったんだもの。それがコータローの黙って見守るジハドと言えばそれまでだけど、
「あれやろな、継母は千草の親族内の人気が高すぎるのを肌にヒシヒシ感じ取ってんやろ」
そういうけど千草はコータローの嫁になってるよ。
「そうやねんけど、千草の意向の影響力が怖かったはずや」
あのね、千草を闇の御前みたいに言わないでよ。
「聞くけど評判悪いやろ」
ぶっちゃけね。弟は大学を卒業して実家の会社に就職し、今は専務になってるのだけど、仕事が出来るって話は聞いたことがないんだよ。逆に無能ってする人は多いと言うか、そんなのばっかり。それぐらい継母も耳にしていなかったら不思議なぐらいだけど、
「親父さんも決断したかもしれん」
ずっと家の継承者は千草か弟の二択だったんだ。息子だから弟がずっとリードはしてたのだけど、親父だって弟の器は見えてたはず。さりとて千草は既にコータローの嫁になってるから、えっ、それってもしかして、
「親としての情があるから、弟さんの変わるのをここまで待ち続けたんやろ。今回の結婚かって橘高の娘さんやから、これでなんとかの思いはあった気がするねん。それがこんな事になってもたから・・・」
よもやの第三の選択か。家を守るためならありえるけど、それって、まさかのまさかだけど、千草の幻の四人目のお見合い相手って、
「わからんけど可能性はあるやん。どうしたって血筋は重いからな。跡目を変えるんならそれぐらいはやりかねん」
従兄弟なら結婚できるのか。これであれば女系であっても飛野の本家の血筋は伝わるし、従兄弟だから血の補強にもなるぐらいかも。でも、そんな事を今の時代に、
「そう思うたからお見合いはあらへんかったんちゃうか。ハワイの結婚式の時かって、親父さんは『千草を頼む』って呪文のように唱えとったぐらいや」
千草が嫁に行った時点で残ったのは弟だけ、外からは既定路線にしか見えなかったけど、親父からしたら千草と言うカードが失ったようなもので、
「家も重いやろうけど、人の親やんか。我が子が可愛くないはずあらへん。弟さんへの最後の望みがあの結婚式やのに、ああなってしもうたら選択は一つの気がする」
なりそうな気がする。そしたら飛野の家は、
「そやから千草はオレが命に代えても守ると言うたやんか」
コータローが言ってた飛野の家と縁が切れるってそういうことか。たしかに姓も変わらないし、飛野の人間が住んでるのは間違いないけど、そこはもう千草の実家とは言えないな。だからどうなるってものじゃないにしろ、
「故郷を失った寂しさはオレもようわかるねん。故郷って心の根っ子みたいなとこやん。根っ子がなくなったら根無し草みたいになってまうねん」
そんな感じだよね。
「そやけどな、また根っ子ならまた生やしたらエエやん。オレは千草と夫婦になれてまた根っ子が生えて来てるんよ。千草もそうしてくれ。ここに二人の根っ子を生やすんや」
言われなくても千草だってここに根っ子を生やしてるよ。だって他に行くところなんてないじゃない。こここそが千草の故郷のすべてだ。その故郷で暮らしているのは故郷の幼馴染のコータローだもの。
コータローの予想は当たりそうで怖いけど、そうなったらそうなったで一騒動どころで済まないだろうな。やっぱり継母は離婚されるとか、
「無いとは言わんけど、親父さんもエエ歳やし、離婚するんも大変や。そこまで行かん気がする。親父さんも二回目は避けたいやろ」
なんとなく飼い殺しにするぐらいか。それはそれで辛いだろうな。じゃあ弟も飼い殺し?
「そっちの方が難しいやろ。今回かって存在感あらへんかったもんな」
従兄弟から聞いたのだけど、あれだけの騒動になったのに現場には顔も出さず、ずっと控室でスマホをいじってたようなんだ、結婚式が中止になっても顔色一つ変えずにトットと帰ったって。てめえの式だぞって言いたくなった。
弟って昔からそんなとこがあったのはあった。薄情者というより、なんか世の中の事に無関心だったんだよね、
「過干渉のなれの果てみたいなもんちゃうか」
継母は弟を姉である千草を上回る立派な後継者に育て上げようとしてたけど、とにかく口出しを多かったのは良く知ってる。そういう状況になっても反抗期とかで反発するもののはずだけど、
「反抗期さえ押し潰されたというか、反発するより受け入れてもた方がラクになってもた気がする」
そんな気が千草にもする。そうなると今度の結婚も母親が持ち出し来たから受けただけで、トラブルが起こったら後は関係ないぐらいの態度になったんだろうな。だけどここまでになれば人間の出来損ないみたいなものだ。
「それを見て育った千草は反発から自立心の権化みたいになったぐらいや」
権化までは言い過ぎだと思うけど、弟を横目で見ながら、どこかで羨ましいとか、寂しいのはあったんだよね。そんな弟の今後は、
「なるようにしかならんやろ。オレらには関係ない話や」
親父も完全に見切りを付けざるを得なくなりそう。
「橘高の娘さんもこの後は大変やろな」
そっちもあった。結婚式が破綻した主犯は継母だけど加担しちゃったもの。田舎じゃなくとも、あれだけの事をやらかせば、
「そういうこっちゃ。飛野の社長夫人として贅沢三昧できる夢でも吹き込まれたんやろうけどな」
なんかそんな気がする。こんな結婚はなくて良かったかも。
「とにもかくにもや。これで千草から『実家に帰らせてもらいます』が出にくなったからオレ的には嬉しいわ」
誰が帰ってやるもんか。金のワラジを履いて地の果てまで追いかけてやるから覚悟しやがれ。