帰りは平凡に帰って来た。あそこからさらに足を伸ばしたい気持ちはあったけど、そんなに休みがホイホイ取れるものじゃない。
「再来週の日曜やったな」
弟の結婚式だ。千草の家は少し複雑で、まず実母が不倫騒動をやらかして家から叩き出され、今でも行方不明状態なんだ。そういう状態だから親父が親権を取っている。親父は後妻を迎えたのだけど弟が生まれ、
「継母と継子になったんやな」
継母が結婚した頃は宥和を目指した時期もあったけど、千草もそれを素直に受け入れきれなかったぐらいだよ。それに輪をかけたのは、
「セレブの家は大変やな」
田舎のセレブもどきだけど、とにかくカネが絡むとあれこれ起こり過ぎるのが人間関係だし家族関係だ。もうベタベタの話だけど次期社長の椅子を巡る暗闘になって行ったぐらいだったんだ。
次期社長と言っても千草ですら弟で良いと思ってた。男女同権の時代と言っても我が家的と言うか、田舎的には長幼より男が優先なんだよ。二人しかいないからわかりにくいけど、息子の中の最年長が家を継ぐぐらいの慣例みたいなもの。
この辺は千草が社長の椅子と言うか、会社経営に興味も関心も乏しかったのはある。あんな面倒そうなものをやりたいとは思いもしなかったし、とにかく頭がおバカだ。
「千草はバカやのうて勉強嫌いやっただけや」
うぅ、耳が痛い。でもさぁ、経営するんだって勉強が必要じゃない。勉強嫌いは社長に向かないと思ったんだよ。
「弟はどんなやっちゃねん」
そっか、コータローは会った事さえないんだった。千草たちの結婚式はハワイで挙げたのだけど、招待したのは身内だけ。
「お袋と千草の親父と、従兄弟が三人ずつやったな」
継母も声をかけたのだけど、継母のお父さんが重い病気で危ないかもって理由で弟まで欠席。ちなみに継母のお父さんは今も元気に犬の散歩をしてるらしいから、あれは遁辞だな。
「その代わりに従兄弟連中には楽しんでもうたで」
コータローが手配したのがコンドミニアムで、そこに六人を泊まらせたのだけど、なんか気が合ったらしくて、旅行というよりキャンプとか、合宿みたいなノリだったとか。
「次の結婚式の時も呼んでくれって頼まれたわ」
あのね、新婚夫婦の離婚を期待してどうするのよ。千草たちの結婚式はこれぐらいにして、弟は、そうだね、可も無し、不可も無しぐらいじゃないかな。ただ継母は次期社長に相応しい男にしようと懸命だった。まず目指したのは中学受験だった。
「灘とか、甲陽とか、白陵とか」
その辺を目指してるって話で、家庭教師は付くわ、故郷の塾じゃレベルが低いから神戸まで毎日クルマで送り迎えするわ状態。結果は三田学園を落ちて地元の公立中学だよ。高校もせめて明文館てな話だったけど地元の二番手校だった。
二番手校からだって関関同立を目指しているって継母はラッパを吹きまくっていたけど、二浪して京都経済商業大だ。これでも短大だった千草より上の学歴だし、田舎の社長なら十分な学歴だと思うよ。
継母は千草を圧倒的に上回る学歴にしたかったんだと思うよ。学歴が人の価値をすべて決めるわけじゃないけど、やっぱり一番わかりやすい指標じゃない。でも本音で言うと、あんだけやってこれだけかと思わないでもなかったかな。
その代わりじゃないけど、顔は良かった。あれは母親似だ。千草が親父似なのは、ほっといてくれ。甘いイケメンってやつで、とにかく良くモテていた。大学は京都で下宿だったけど、女性関係でトラブったって、親父が愚痴ってたな。尻ぬぐいが大変だったって。
「なんか聞いとると、可も無し、不可も無し以下のように感じるけど」
そう思うよね。大学卒業後も、実家の会社じゃなく他の会社で勉強というか、武者修行をさせるって話が出てたはずだけど、なんだかんだで実家の会社に就職になってる。なんか就活が全敗したとか、なんとか。
「そやから・・・」
さすがはコータローだ。親父もバカじゃない。弟が後継者であることに不安を感じてた。ここで弟がダメとなると消去法で千草しかいなくなる。
「江戸時代の商家みたいな話やな」
江戸時代の商家も世襲制なんだけど、当主の能力で家運は大きく左右されるじゃない。だから息子が当主の器じゃないと判断されたら、奉公人の中から見込みがあるのを選んで娘の婿養子にすることがあったそう。
「開き直って女系相続のとこもあったらしいで」
親父は口にはしてないと思うけど継母はその空気を感じていたはず。だから千草を家から追い出すのに懸命になってたのはわかる。この辺は、千草もそれで良いぐらいにしか思ってなかったから呉越同舟かな。
「使い方がちょっとちゃうで」
だったら部分的な利害の一致だ。それがお見合い三連発だけど、千草は惨敗してしまったんだ。あの頃の家の中の空気は異様だった。あのお見合いはおそらく継母主導だったはずだけど四回目がなかったのは、
「おいおい、親父さんが主導権を取って婿養子の・・・」
そこもわからないけど、千草は親父のツテで神戸の会社に就職してる。そうなった裏にはあれこれあったはず。けどさぁ、後継者問題は千草がコータローに嫁入りしたから終わったはずじゃない。
「そのはずや」
千草も実家とは距離をずっと取ってる。継母のこっちに来るなオーラはウンザリだ。弟の結婚だって、あれはちゃんとしたものだから、手順だってきちんと踏んでるはずなんだ。たいした話じゃないけど、
「千草は欠席したもんな」
千草が顔を出すとしたら、親族の顔合わせ会とか、結納はあるはず。そこに顔を出すのは気が進まなかったのもあったけど、あの継母は連絡をギリギリまでしやがらなかった。だって前日だったし、それも平日の昼間だったんだよ。行けるわけじゃないじゃないの。
「ほいでも式は出るんやろ」
さすがにね。異母でも姉だから継母だって欠席されたら体裁が悪いと思ったんじゃないかな。コータローには悪いけど、
「かまへん、かまへん。ひたすら頭下げとくわ」
結婚してるから夫婦で出席しないと良くないもの。
「親族やから妙な余興に駆り出されたりはあらへんやろ」
その代わりじゃないけど式からフルコースなのは我慢してね。
「花婿やないからメシでも楽しませてもらうわ」
継母とはあれこれあり過ぎたけど、これでケジメになるはずだ。