ツーリング日和27(第11話)受付での騒動

 式はオークラとは豪勢だ。

「大和殿ではやれんやろ」

 ごもっとも。千草は朝から美容院に行ったんだ。コータローも一緒にと誘ったのだけど、

「なんで男が美容院に行かなあかんねん」

 いつの時代の人間なのよ。男だって普通に美容院に行くぞ。さすがに女が散髪屋は少ないと思うけど。コータローはイケメンなんだから、髪型をちゃんとしたら男前だって上がるはず。

「男は黙って散髪屋や」

 散髪屋をバカにしてる訳じゃないけど、コータローが行くのは駅前の激安店なのよね。

「髪なんか短かなったらそれで十分や」

 とにかく自分の身だしなみにカネをかけるのを、トコトン嫌うのがコータローの数多い欠点の一つだ。そのくせ、

「千草の行っとる美容院やけど、あんなとこでだいじょうぶなんか。やっぱりカリスマ美容師がおるとこのほうが・・・」

 あのね、いくら髪は女の命だからと言っても、東京まで行けるものじゃないだろうが。往復するだけでいくらすると思ってるんだよ。

「出張サービスってないんか」

 却下だ却下。どこのお姫様なんだよ。さてオークラってメリケンパークにあるのだけど、駅から歩いたら少々距離があるんだよね。今日は正装だから、

「ハイヤー呼ぶで」

 アホか。ここからハイヤー呼んだらいくらかると思ってるんだよ。三ノ宮駅まで行ったら、ミントから無料のシャトルバスが出てるでしょうが。そうこうしているうちにオークラに到着。ここも久しぶりだな。

 さすが神戸でもトップクラスのホテルなのは玄関ホールに入っただけでわかるよ。まずは受付を済ませないと。ここだ、ここだ。名前を告げたんだけど、受付の人が困った顔をしてるな。リストを何度も確認してから、

「新郎のお姉さまの千草様ですよね。ちょっとお待ちください」

 なんだろ。そうこうしてるちに千草の親族もやってきて、

「千草ちゃん、元気にしてた」
「こちらが旦那さんか」
「千草ちゃんの結婚式は見たかったな」

 コータローは叔父さん、叔母さん連中とは初めてだから挨拶に追われてた、従兄弟連中はコータローも知ってるのはいるから、そっちはそっちで千草も加わって盛り上がってたんだ。そこに受付の人が戻って来たのだけど、一緒にいるのは継母と、あれは弟嫁のはずだけど、継母は開口一番。

「あんたは呼んでないから席なんか無いよ」

 はぁ、招待状を送って来たのはあんたらでしょうが。

「来る方が非常識でしょ」
「帰って、帰って」

 こいつらと思ったけど、コータローは、

「これはあんたらが送った招待状や」

 そう言って招待状を親族連中に見せたんだ。そしたら親族連中は、

「招待状を送っておいて席がないとはどういうことだ」
「千草ちゃんは新郎のお姉ちゃんなのよ」
「弟の結婚式に姉を呼ばないなんてあり得んだろう」

 こんな感じの騒ぎになったのだけ弟嫁と継母は、

「ブス姉なんて不要」
「晴れの結婚式の汚点になるから不要よ」

 こいつら言わせておけば・・・コータローは、

「今日は千草の弟の式や。そこまで出て欲しないんやったら、帰らせてもらうわ」

 千草の手を引いて帰っちゃったんだ。千草も何か言い返してやりたかったけど、悔しいやら、情けないやらで言葉が出なかったのよ。コータローはなんにも言わずに千草の肩を抱いてくれた。家に戻ったら、

「メシを食いそびれてもた。あり合わせでエエか」

 堪え切れなくなって千草は泣いたよ。千草だけじゃなく、コータローまであんな恥をかかせるなんて許せない。コータローは、

「あんだけ嫌がられてるもんに出ずに済んで良かったやんか」

 コータローの胸に飛び込んで泣くだけ泣いた。号泣した。少し落ち着いてから、思い返していたのだけどやり方があんまり過ぎる。

「怨念は怖いわ」

 千草はもう終わったと思ってた。まだ怨念が残ってるのは親族の顔合わせ会とか結納の時の態度でわかってたけど、まさか結婚式であそこまでやらかすとは。これって継母の勝利宣言だよね。

「やっぱり見合いか」

 見合いじゃなく紹介だって聞いてる。もっとも継母のツテの知り合いのはずだから実質的に、

「千草の家やったら多かれ少なかれそうなるやろうけど、橘高ってあの橘高か?」

 コータローなら知ってるか。そうだよ橘高建設の橘高で、そこの娘さんだ。

「後ろ盾が出来たと思うたんやろな」

 橘高建設は地元なら大手だし、橘高建設だけじゃなく、あれこれ事業を展開してる有力な一族だもの。そこの娘さんと弟が結婚するのだから、後継者の座は盤石と思ったんだろうね。

「それぐらい千草は継母にとって潜在的な脅威、目の上のデカ過ぎるタンコブやってんやろ」

 勝手にそう思い込まれて邪魔者扱いされるのはウンザリだけど、実際のところもずっとそうだった。継母にしたらこの結婚で飛野の家を奪い取れたぐらいかな。千草にとってはどうでも良かったのに。

「これで千草は飛野の家と縁切りされてまうかもしれんけど、なんの心配もあらへんからな。千草はオレが命に代えても守る」

 うん、千草はもう飛野の人間じゃなくコータローの嫁だ。

「そやけどな。愛する千草へのあの仕打ちへの落とし前は取ってもらうで」

 ああそうだった。あいつらNGワードを出してやがった。あれはまさしくコータローの逆鱗なんだ。被害者はまさに累々、屍の山。

「人聞き悪いこと言うな。ちょっとだけ仕返ししてるだけやんか」

 あれがちょっとか。それでも死人は出てないはず。今日ならなにをするつもり、

「ジハドや」

 披露宴会場に爆弾テロをかますとか、

「黙って見送るジハドや」

 あのねえ、それってジハドはジハドでもトコトコ教のジハドじゃないの。つまりは何もしないって事でしょ。

「当たり前や、犯罪者になってどうするんや」

 そりゃそうだけど、

「今回やったら何もせんと自滅を見守るジハドや」

 わかりにくいぞ。

「今日でようわかってけんど、千草は飛野の家のアイドルやんか」

 それは半分以上どころか、大部分に誤解がある。親父は四人兄弟だけど従兄弟はなぜか男ばっかりで女は千草だけ。良く言えば紅一点だったから、叔父さんや叔母さんには可愛がってもらってたぐらいだよ。

「従兄弟連中もそうやんか」

 従兄弟連中で遊ぶときは千草が一番年長だから自然にリーダー格になるし、お世話係みたいになってたからだって。

「そう言うけど従兄弟連中の目は怖いぐらいやったで。そやからあそこで撤収したんや」

 そうだったんだ。千草は怒りと悔しさで見えてなかった。でもさぁ、あそこで撤収したら、したらでその後は余計に、

「そやから黙って見送るジハドや。喧嘩売って来たんはあっちやからな」

 後は勝手によろしくか。だけどさぁ、弟嫁は継母に完全に取り込まれてるよ。橘高のバックがあるから何も起こらないと思うよ。

「それを千草が言うか。橘高の家は大きいけど、別に敵や無いし、あっちかって喧嘩しに来たわけやあらへん。あのままやったらオレを敵に回すし、飛野の家かって収まるかい。そこまでアホやない」

 コータローもトコトン田舎者だ。でもそうかも。橘高の家の目的は結婚で飛野の家との友好関係を深めるのが最大の狙いのはず。もっと単純に言えば親戚関係になるからこれからは宜しくだ。つうかさ、田舎のことだからそういう縁続きは蜘蛛の巣のように広がってるんだよね。

 田舎付き合いで一番重視されるのは、明確な敵を作らない事でもある。敵に回してしまうと、そこ相手の人間関係が、

「芋づるも広いやん」

 そうなのよ、商売の幅が狭くなる。だからこそ友好演出の儀式である結婚式でのイザコザは田舎じゃなくても嫌だよね。そうなると、

「因果応報は余裕で期待できるやん」

 なんて陰険な。