今年はコトリが月夜野うさぎとしてエレギオンHD入社して三年目になる。こういうナレーターはミサキちゃんの担当やってんけど、ついに死んでもたんよね。ホンマに去年から葬式続きで、続いてシノブちゃんまでやもんな。
二人とも旦那が死んでからちょうど一年ぐらい。そこまで仲が良いかと感心したぐらい。二人もとも新入社員の時から知ってるし、仕事もイチから教えたのが懐かしいな。まあ、死んだ言うても宿主代わりするだけやねんけど、どうするかでかなりもめてん。
コトリにしたら羨ましいけど、三座や四座の女神は子どもが産めるんよね。ミサキちゃんも、シノブちゃんもちゃんと結婚して子どもも産んで、孫も出来てるねん。家庭も円満で申し分ないんやけど、古代エレギオン式するかどうかが問題になってんよ。
古代エレギオンの時は、三座や四座の女神はとにかく大家族やってん。そうなったのは、宿主代わりしても同一人物やったからやねん。そやから新しい女神の男を作って、また子どもが出来るんやけど、そんなことを二千年もやっとったら、家族はドンドン増えるんよね。
なにがややこしいかと言えば、ひ孫より若い息子や娘が出来てまうんよ。古代エレギオン時代はあの二人は上手いことやってたみたいやけど、それでもトラブルはあったんや。そら起るやろ。だから今回からはどうするかやってん。
ミサキちゃんもシノブちゃんも相当悩んでた。子や孫にも半端ない愛情かけてたからな。そして出てきた最終判断は、
-
「別人として暮らします」
実はそうしたんは、シラクサの火炙りから逃げる時に改造したんよ。日本で女神として生きるために必要だろうって。そりゃ、言葉も生活習慣も未知の世界になるわけやから、エレギオン人としていきなり宿主代わりしたら、後が大変やんか。
でも結局使ったんは一回だけやった。兵庫津に上陸した時にユッキーともめまくって、いきなりお互いの記憶を封印してもたから、ユッキーが主女神も三座、四座の女神抱えてそのままやってん。
唯一使ったのは香坂岬、結崎忍の時だけやった。でもラッキーやったと思ってる。あの時はユッキーも記憶の封印がまだ完全に剥がれてなくて、移すリスクなんて知りようがなかったんよね。
もし記憶完全書き換え型やったら、シラクサの火炙り前の記憶の次が現在で、日本語なんか知りようもない状態やもん。そうならんで良かったとユッキーも言ってたし、コトリもそう思う。でも今回は完全書き換え型の方がエエと思うのよ。この点についても二人は、
-
「シオリさんみたいな感じですね」
あれはあれでまったくの別人に突然なるから大変やと思うけど、同意してくれた。後はどうやって宿主代わりするかやけど、
-
「わたしがやるわ」
宿主探し対策もやってるねん。今回も間にあわへんかってんけど、昔で言う孤児院作ったんや。今なら児童養護施設言うけど、ユッキーも大賛成やった。そやからしょぼいもんやないで、場所も一等地にしたし、敷地も広大。
建物も超デラックス。イメージしてもらうなら、マンガのお金持ち学校の寮そのままや。国が決めた予算で出来るはずもないから、実質的にエレギオンHDの丸抱え。コトリもユッキーも定期的に視察に行ってるけど、
-
「コトリ、ここはもうちょっと・・・」
「そやな。それやったら・・・」
コトリもユッキーも口に出して言わへんけど、子どもができん寂しさはあるんよね。ユッキーは大聖歓喜天院家時代に産めたけど、コトリはゼロやから、とにかく子どもが可愛いねん。自分の娘、息子のつもりでやってる。目標は古代エレギオン時代の孤児院や。次のコトリやユッキーの時には、宿主選びに使えると思てる。
孤児院の方はそんな調子。さて二人は、大学生から再開するんやけど、ミサキちゃんは仏文希望やった。フランス語に弱いところがあるから勉強しときたいって。シノブちゃんは面白かった。宇宙工学やってみたいって言うからこれも手配した。新しい名前は、
- ミサキちゃん → 霜鳥梢
- シノブちゃん → 夢前遥
-
「院も行きたかったら言うてや」
そしたら二人から、
-
「コトリ副社長の十年は長過ぎたと思ってます」
言われてもた。ユッキーの相手がよほど大変やったみたいや。それでもコトリが先例作ってるからOKやで。それとそっちが面白かったら、そのままでもエエんやで。エレギオンはコトリとユッキーがおるから心配ないし。そしたらミサキちゃんが、
-
「お二人しか、おられないから心配なのです」
これも言われてもた。ミサキちゃん不在中は女神の喧嘩をしないことを誓わされてもたわ。
-
「ということは、ミサキちゃんが帰ってきたらやってもエエんか」
「エエ、一年間のタダ働きが漏れなくついて来ますけど」
「まだ、あれ活きてるんか」
「もちろんです。女神懲罰官の記憶も継承されます」
ユッキーと二人で宿主代わりした二人を確認して、
-
「大学生活楽しんで来てね」
そう言ってしばしのお別れ。帰りにユッキーと、
-
「二人が帰って来た時の復帰手順やけど」
「そうね、コトリ式でイイと思う」
前にプラン作った時には、コトリなりユッキーの秘書に外部から採用し、一年ぐらいで大抜擢する手はずやってんけど。
-
「エレギオンに戻った時に三十階に住んでもらって、トットとトップに戻ってもらうわ。コトリが先例作ってくれたから、次からはスムーズに行くだろうし、そういう存在だと周知させちゃった方が今後のために良いと思う」
ミサキちゃんもコトリちゃんも休職中だったから、不在なのは前からやけど、宿主ごと変わったんは、なんとなく寂しいのとリフレッシュ感があるわ。それと復帰の目途もこれで確実についたし。
-
「ところでユッキー、ちょっと考えてる事があんねん」
「な~に」
「イナンナの復活問題」
それでも記憶の継承が出来たってことは、シオリちゃんが神であり、その神はイナンナになっちゃうんよ。
-
「そう納得するしかないじゃない」
「そうやねんけど、ひょっとしたら二人にかかってる呪縛も解けたんちゃうやろか」
「お互いの妊娠出産と、コトリの寿命?」
「そうやねん」
この呪縛を懸けられた意味は永遠の謎やけど、
-
「コトリの寿命は置いとくけど、妊娠出産はアラッタの主女神の心づかいの気がする」
「それはあるかもね。女官は処女であることが条件だから、妊娠出産はタブーだものね。だから、たとえアレやっても妊娠しないようにしてたかもしれない。記憶の継承とは永遠の生と同じだから、ずっと処女のままも気の毒と思ったとか」
「イナンナはやりまくりやったし」
ユッキーはしばらく考えてたけど、
-
「アラッタの主女神は古代エレギオンの滅亡の日まで見えてたかもしれない。兵庫津のお互いの記憶の封印もね。記憶の封印が解けた時にエレギオンは跡形もなくなっちゃったようなものだけど、そこで二人の使命は終りとしたんじゃないかしら」
「なんかそんな気がするんや。コトリの寿命は死ぬまでわからんけど、妊娠は注意しといた方がエエかもしれん。男遊びで出来てもたら、あんまりエエことあらへんやろ」
「そうなんだけど。まず確認しないと。わたしは六十七歳になっちゃうから、ちょっと無理があるけど、コトリならまだ三十一歳だから試してくれる」
「言われんでも試すで。問題は相手だけやし」
そこから話はミサキちゃんの留守中に作る予定の新本社ビルの仮眠室設計に、
-
「コトリが妊娠して出産できるのなら、二世帯住宅にしようよ」
「それもエエけど・・・」
やっぱり仮眠室で家族持つのは無理あるわ。宿主代わりしたからって追い出すわけにも行かへんし、
-
「そっか、そっちに引っかかるのか。首座と次座の女神は大変だね」
「昔からそうやんか」
ユッキーと話をしながら、二人が妊娠出産できへんかった理由がなんとなくわかった気がする。据え付けトップみたいな二人が、妊娠出産で抜けるのも痛いし、家庭に後ろ髪を引かれても困るぐらいかもしれへん。あのアングマール戦で家庭持っとったら勝てへんかったかもしれへんもの。
-
「とうぶん二人だし、妊娠の可能性も確認しないといけないじゃない」
「言われたって今日明日でどうしようもないやんか」
「だから・・・」
「アカンで。いくらユッキーの頼みでもこれだけは聞けん。ややこしい性嗜好はもうコリゴリや」
ユッキーの悪い癖や。寂しくなるとやりたがるんよ。
-
「そうや今度の女神の集まる日にシオリちゃんも来るって」
「やったぁ。なに作ろっか」
「そうやなぁ、たまには中華はどうや・・・」