宇宙をかけた恋:さびしん坊

    「カンパ~イ」
 ほほう、今日は中華料理か。それにしても二人とも上手いな。もっともあの二人は中国四千年以上の人生経験あるから、どこかで中華料理に関わった時期があるかもしれないよな。とくにユッキーは見ればすぐに覚える能力もあるし。

 それにしても氷の女神であり、氷の女帝でもあるユッキーがあれほどの寂しがり屋なのは、エレギオンの極秘事項かもしれない。とくにコトリちゃんが不在の時が大変みたいで、ミサキちゃんも、

    「ミサキやシノブ専務だけではどうしても・・・」
 よく十年も耐えられたと思うよ。そのくせ社交家でもないのだ。社交家どころか誰も信用を置いてないとして良いと考えている。ミサキちゃんやシノブちゃん、さらにわたしでさえも一定のマージンを置いてる感じがするからな。おそらく無条件に信用を置いているのはコトリちゃんだけだろう。

 でも仕方ないかもしれない。政治のトップに座ってる期間が長過ぎたからな。今だってエレギオン・グループの総帥だが、そういう地位にいる人は常に裏切られるリスクを背負っている。だから、心の中で裏切られてもイイように計算してるんだと思う。無暗に信用して裏切られたら国が亡ぶからな。

 それにしてもコトリちゃんが居ない時のユッキーは、外出すら滅多にしなくなったそうだ。これもミサキちゃんがボヤいてた、

    「出張に行ってもらうのがどれだけ大変だったことか」
 下手すれば、三ヶ月ぐらいクレイエール・ビルから一歩も出なかったって。そりゃ、社内に住んでるから、仕事には困らないだろうけど、ちょっと極端だな。男遊びもゼロだし、恋人を作ろうとする努力もゼロ。とにかくコトリちゃんがいないとユッキーの活動性はガタ落ちになるで良いみたいだ。


 ユッキーがあれほどの寂しがり屋になった原因だが、やはりアングマール戦の後遺症で良さそうだ。アングマール戦と言ってもマンガの『愛と悲しみの女神』を読んだ程度だが、最終決戦前から戦後のエピローグ部分にカギがありそう。

    「シオリちゃん、その通りでエエと思うよ」
    「そんなことないったら」
 アングマール戦の終盤の大きな山はズダン峠攻防戦。この頃にはエレギオンもアングマールも戦力枯渇が深刻になっており、序盤戦みたいな新兵器投入なんて不可能になっていたのだ。取れる戦術は肉弾戦による力押し。地形的にもそうだし。

 戦場の指揮を執っていたのは、ほぼ一貫して次座の女神。微笑む女神のはずだが、ズダン峠攻防戦の頃には微笑みは完全に消え、莫大な犠牲を払う作戦を表情一つ変えずに冷徹に断行していた。十年にも渡る凄惨な戦いの末にズダン峠を突破した時にもニコリともせずに、

    『三万か。予定より多かった・・・』

 ただこの時点でエレギオンの戦力は、ほぼ尽きて、首座の女神との相談になったが、

    『アングマール本国への進攻は無理よ。ズダン峠を守ろう』
    『いや、アングマールに進む。ここでケリを付けられんかったら永遠に勝てん』
    『これは魔王の罠よ。兵站線を伸ばして逆襲するつもりなのが見えないの』
    『罠であっても進む』
 無謀な輸送計画が立てられ、ついにアングマール本国に進み最終決戦になるのだ。最終決戦でも劣勢だった。それでも次座の女神の土壇場の奇策により、ついに勝利を得るのだが、次座の女神は表情を変えなかっただけではなく、一言もしゃべらなくなっってしまうのだ。

 これも悲惨なエレギオン本国への帰還を果たすと、次座の女神は部屋に籠って一歩も出なくなってしまう。これが実に五十年となっている。

    「ホントだよ」

 エレギオンの戦後復興を一身に背負った首座の女神は多忙の中でも次座の女神の部屋を訪れるのだが、最初のうちは部屋にさえ入れない状態になる。

    「だって、剣とか槍とかブンブン飛んでくるんだもの」
 やっと部屋に入れるようになっても、無表情、無反応のまま。それでもやっと部屋から出てくれたんだが。やはりしゃべってくれない。あの頃のマンガの首座の女神の描写が切なかった。

 なんとか話してもらおうと、あれこれするのだが、徒労に終わり、部屋に帰って明日はどうしようって最初はあれこれ考えるのだ。そうしているうちにドンドン悲しくなってきて、泣き崩れてしまうのだよ。

    『お願い、帰ってきて、そしてなにか話して・・・』
 その頃に次座の女神がやってたのは叙事詩の破壊。女神の力は原則として人には使わないはずなんだが、情け容赦なく使うのだ。街で叙事詩を歌い上げてる人を見つけようものなら、三日ぐらいの金縛りをかけていた。

 粘土板に叙事詩を刻んでいた工房を見つけた時もそうで、いきなり扉を粉砕し、工房に入るや否や、目がピカッと光って工房内のすべての粘土板を粉々にしてしまうのだ。ついでに職人たちも金縛り。

    「ホントだけど目は光らないよ」

 この無言の叙事詩破壊が五十年続いたのだ。それでも残ったのは、

    「あれだけの戦争じゃない。どうしても記録したかったのよ」
 アングマール戦から百年してやっと次座の女神も口を利くようになったのだが、話すのは必要最低限だけで相変わらずの無表情。それでも首座の女神はなんとか次座の女神の微笑みが戻ってくれるように懸命の努力を続けるのだ。

 そんな首座の女神だったが、ついにおかしくなってしまう。顔はますます怖くなっただけでなく、訳のわからない事をやり始めるのだ。気まぐれのように無駄としか思えない大工事を始めたり、必要な工事や事業を突然中止にさせたり。さらに首座の女神の狂気は進み、

    『この辺は目障り、取り壊してしまえ』
 もう民衆は恐怖のどん底に叩きこまれてしまうのだ。勇気を振り絞って陳情に行った者もいるが、金縛りにされて半死半生で突き返されてしまう。三座の女神が諫めにくるのだが、怖い顔のままで金縛りにしてしまうのだよ。

 これを宥めに入った四座の女神も同様。延々一週間も金縛りにした上で、毎日怖すぎる睨みを浴びせかける。二人の女神はボロボロにされて追い払われることになってしまった。三座や四座の女神でさえどうしようも無かったことを知った民衆は最後の願いを次座の女神に託すことになる。

 これも最初のうちは無関心だった次座の女神だが、段々に耳を傾けるようになり、最後に一言、

    『首座の女神は不要』

 これだけ呟いて首座の女神の下に向かうのだよ。そこで決闘になるのだが、マンガの描写では土煙が舞い上がり、お互いの能力をぶつけ合う壮絶なものになって、その辺がエライ事になるんだけど、

    「あれは脚色しすぎよね」
    「そうや。あそこまで派手にやってない」

 ほんじゃあ、実際はどうだったかだけど。

    「あの時やけど、ユッキーを始末にしに行ったはずやねんけど、なんか組み合う気にならへんかったから火着けたってん」
    「そうなのよ、だから水噴き出させて防いで、その水を浴びせかけようとしたんだけど」
    「濡れたらかなわんから、水かかる前に凍らしたんや」
    「そうなのよ。だから氷を加工して矢にして撃ちこんだんだけど、コトリは氷の盾を作って防ぐのよね・・・」

 おいおい、ほんまに『エライこと』になってるじゃないか。

    「そんなんを五時間ぐらいやってたら、決闘してるんじゃなくて喧嘩してるような気分になってもて」
    「わたしのもなのよ。なんか懐かしい気分になっちゃって」

 その程度が喧嘩で懐かしいって、

    「街の半分ぐらい壊れたっけ」
    「半分も行ってないと思うけど」

 そんだけ壊したら、マンガよりスケールがもっと大きいじゃない。ちなみにマンガでは最後に首座の女神が投げつけた、おっそろしく大きな岩を次座の女神は粉砕してニッコリ笑い。

    『帰ってビール飲もか』
    『そうね』

 そう言って神殿に二人で歩いて帰るのがラストシーンだった。

    「あれね、ちょっと違うんよ」
    「そうなの。叙事詩でもそうなってるけど、実際は黙って神殿に帰ったの。そしたら、コトリは何も言わずに部屋に入っちゃったんだ」
    「それで」
    「腹立ったから襲ってやった」

 襲ったと言っても昼間の決闘の続きじゃなくて、

    「ユッキーの悪い癖が出たんだよ」
    「まさかレズったって」
    「そんなんさせるかいな」

 襲うユッキーと抵抗するコトリちゃんがベッドの上でプロレス状態になったみたいで、

    「そしたらベキって音して、ベッドが壊れてもたんよ」
    「あれビックリした」
    「ホンマやで。絶対に女官長に怒られると思って」

 あのねぇ、街を半分ぐらい壊してるのよ。ベッド一つでそんなに気にするのはおかしいじゃない。

    「当時の女神への罰は禁酒やったから、その前に飲んでもたれって話になって、朝までビール飲んでた」
    「よく言うよ。朝は朝でも、翌々日の朝までじゃない」

 どれだけ飲んだのよ。でもそれじゃ、叙事詩の終りがコメディーになるから変えられたんだろうって。

    「ユッキーには感謝してるんや。ユッキーがおらんかったら、部屋から永遠に出れんかったかもしれん」
    「わたしこそコトリに感謝してるの。コトリがいたから魔王に勝てたんだよ。あれぐらいになるのは当然じゃない」

 コトリちゃん曰く、その時からユッキーの寂しがり屋が強烈になったって。

    「わたしは寂しがり屋じゃないよ」
    「そうか。ほなら、コトリは引っ越しする」

 これを聞いたユッキーの反応が凄かった。半ベソになって、

    「ちょっと待ってよ。十年間待ったんだよ。コトリがお嫁さんになるのなら仕方がないけど、まだ出て行かなくてイイじゃない。頑張って作ったエレギオン時代のビールも残ってるし、美味しい御飯屋さんも見つけたんだ。そうだそうだ一緒に旅行しようよ、コトリは海外旅行嫌いだから国内の温泉旅行でさぁ・・・」

 こりゃ強烈だわ。氷の女帝のこんな姿を他人には見せられないね。

    「ところで二人はレズったことはないの」
    「あらへん、あらへん。何回か襲われたし、迫られたけど、断固拒否した」
    「一回ぐらいイイと思うんだけど、コトリに本気で抵抗されたらわたしでも無理よ」

 コトリちゃんのレズ嫌いも徹底してるね。それでもこの決闘ならぬ大喧嘩で二人は正気を取り戻したんだけど、コトリちゃんは宿主代わりの度に神の自殺を試みるようになり、ユッキーは寂しがり屋になったで良いみたい。

    「コトリ、引っ越しの話は冗談よね」
    「せえへん、せえへん。そんなんしたら家賃や光熱費払わなあかんし、通勤するのに早起きせなあかんやんか」
 これもミサキちゃんが言ってたけど、この二人はケチじゃないけど、節約術が大好きだって。なにかあれば経費で落とそうとし過ぎて手を焼かされるって。これもミサキちゃんが言ってたけど、この二人には私有財産の概念が乏しいかもしれないって。

 言われてみればそうで、古代エレギオン時代の生活費はすべて公費で、なおかつ暮らしぶりは、

    『女神の暮らしは国民生活のお手本』
 さらにさらに、建国してから千年ぐらいは食べるのにもギリギリ時代が続き、ひたすら倹約生活だって。そりゃ、主要国家収入が二人の織る女神の布だったぐらいだからな。どんなものも壊れるまで使い、壊れても修理を重ねに重ね、修理不能になっても他への転用をトコトン考えるみたいな調子。

 指導者である女神がほんの少しでも贅沢すれば国が亡ぶ状況を延々とやってたのだから、ムダ金は一切使わないし、贅沢なんて考えもしなくなったぐらいかも。ケチじゃないのは、これもまた指導者であったから。自分に使うカネを節約し倒して、浮いたカネは当たり前のものとして国民に回すぐらい。

 もちろん、今の二人はそこまでじゃないけど、間違っても贅沢なんて考えもしないところがあるのよね。そりゃ、エレギオンHDの社長と副社長だから、どんだけ給料もらってるんだぐらいだけど、これもミサキちゃんが言うには、

    「たまには給与明細とか、貯金残高を見て欲しいと思ってます」
 随分前だけど、永遠の時を生きる女神も、食わないと生きていけないって言っていた。二人に取ってエレギオンHDの経営がそれになるけど、本気で食べれたらそれで十分ぐらいに思ってるところがありそうだ。

 たぶん一番凄いというか、誰にも絶対マネが出来ないのは、二人はそんな事をやってる意識が完全にゼロだってところ。それこそ四千六百年もやってたから、生活のすべてが自然にそうなってるんだよ。

 むやみに男にこだわるのだってそう。あれは二人に唯一許された自由だったんだよ。恋だけは何にも縛られずに出来たんだ。女神の男は誰を選んでも良かったっていうもの。やたら尽くし型になってるのも、唯一の自由を楽しめる相手のためなら、なんだって捧げ尽くすぐらいかな。

 ミサキちゃんやシノブちゃんのエレギオン時代の記憶を封じてしまったのも、あんな不自由な生活時代を思い出して欲しくなかったからの気がする。あの二人だって封じたいんだろうけど、神の存在は他の神を呼び寄せるのも良く知ってるから、忘れるわけにはいかないんだろうな。対神戦は命懸けだし。

    「ユッキー、コトリちゃん、今の生活は楽しい?」
    「そりゃ、楽しいよ」
    「そうやで、会社の経営なんて、倒産させても社員が皆殺しにされるわけでもあらへんから気楽なもんや」
 会社経営だって一つの判断ミスで巨額の損失を蒙るのだけど、二人が負ってきたのはそんなレベルじゃなくて、国の滅亡、国民皆殺しとか奴隷化レベルだもの。どれだけシビアな判断を重ねていたか、考えただけでも怖いぐらい。そりゃ、タダの人じゃ相手にならないはずね。経験の桁が違いすぎるもの。

 そんな二人をボンヤリ見てたけど、寂しいのはユッキーだけじゃなくて、コトリちゃんもそうなんだろうって。コトリちゃんの方がはるかに社交家だけど、そりゃ、友だちを大事にするのだよ。

 ミサキちゃんも、シノブちゃんもクレイエール時代からの部下だけど、この二人がコトリちゃんを慕う度合いは半端ないもの。この二人だけじゃない、クレイエールからエレギオンHDの部下全員がコトリちゃんを慕ってる。あれは寂しさを少しでも紛らわせようとしているに違いない。

    「シオリちゃん、生き続けてたら色々あるわ。道連れにしてもたけど、イヤになったらいつでも言うてや」
 イヤになる日はきっと来るだろうけど、わたしも同行者よ。いつまでも二人に付いて行ってやる。