アングマール戦記:エレギオン包囲戦(2)

 エレギオン包囲戦が始まってから一年。ついに来たの。エレギオンをすべて包み込むような巨大な力が押し寄せてきたの。それはまさに圧倒的な力だった。人の心から希望が消えていき、ひたすら虚しさと、絶望感に満たされるあの心理攻撃が。

    「コトリ、これね」
    「そう、この感じ。でも、ゲラスの時とは比べ物にならないぐらい強力だわ」
 これにまともに対抗する手段はなかったの。でも放っておくと、兵士は戦意を失い、職人たちはやる気を失い何も作ってくれなくなるの。それだけじゃないの。料理人はご飯を作らなくなるし、とにかく誰もが無気力状態にされてしまうの。

 ユッキーと二人で押し返そうと頑張ったけど無駄だった。魔王の心理攻撃は女神の災厄の呪いを封じ込めるだけでなく、女神の能力をかなり封じ込めてしまうの。それぐらい力の差があるとしか言いようがなかったわ。

    「ユッキー、こうなったら主女神を起こそう。そうでもしないと対抗できないよ」
    「いや、それは最終手段よ。わたしの見るところ、女神の力は見える範囲では通用するわ。走り回って対抗しよう」
 ユッキーの言う通り、二人が訪れたところの士気は回復してくれるのだけど、しばらくしたら逆戻りになっちゃうの。最初はユッキーと二人で走り回っていたのだけど、
    『ズシン』
 ある時期からさらに圧力が強まったの。女神の回復効果の及ぶ範囲、持続時間がさらに短くなっちゃった。三座や四座の女神もフル動員してひたすら走り回ったの。もう眠る時間もなくなってた。三座の女神は、
    「次座の女神様、いつまでこんなことを続ければ良いのですか」
    「そんなもの終わるまでに決まってるじゃない」
 城壁守備の指揮は四座の女神が貼りつきになっていた。そうでもしないと守り切れない感じやった。もちろん戦いが激しくなればユッキーやコトリも駆けつけるんだけど、それ以外でも煌々と光る輝く女神が不眠不休でいる必要があったのよ。包囲戦が三年目に入った時に、
    『ズシン』
 また強くなったの。その頃にはアングマール軍は何カ所かで空堀を埋め尽くし城壁に取り付けるようになっていた。城門前の落とし穴も既に埋め尽くされ、破城槌攻撃も何度も行われたの。

 破城槌に対してはロープでひっくり返す戦術を取ってたけど、それへの対策もあれこれされてたし、城門前には巨大な塔が四つも建てられてしまい、そこから城壁の上や、塔の中に向かっても攻撃してくるの。もちろん、こっちだって反撃するんだけど、巨大投石機も巨大石弓も二年を越える攻防戦でかなり傷んじゃってるのよね。

 城門の強化は思い切った手段に切り替えた。城門は内側に蝶番が付いていて、門に閂が掛けられてるんだけど、あの破城槌の攻撃を受け続けたら、閂がへし折られるか、蝶番が潰れるのは間違いなかったし、ここまでの包囲戦でもかなり傷んでいたの。

 まずコトリがやったのは蝶番の強化で上から下までビッシリ付けたった。それと閂だって二十本ぐらい追加したの。それでもあの破城槌はさらに強力なのよ。そこで、城門の後ろにビッシリと石を積み上げた。つまりは城門の後ろは事実上の城壁にしてもてん。こっちから打って出るのは出来なくなるけど、この心理攻撃下で打って出るなんて無理だからそうした。

 包囲戦が二年半を越えた時にアングマール軍は新たな戦術で攻勢に出てきた。エレギオンの大城壁に届く巨大な梯子を無数に用意して突撃してきたの。残っている兵器を総動員して戦ったわ。梯子を次々と登ってくるアングマール軍を次々と射落としたけど、いくらでも登って来るの。

 城壁の上から石を落として撃退しようとしたけど、今度は楯をもって登って来るの。その楯をぶち壊すような大きな石を落としたら、さらに頑丈な楯を持ちだしてくるみたいな。城壁の上は修羅場で、登ってくるアングマール軍に対する攻撃もあるけど、城壁上はアングマール軍の塔からの攻撃の的にもなるの。

 アングマール軍の梯子攻撃は三日間続いた。城壁の下にはアングマール軍兵士の死体が積み重なっていたし、守備側のエレギオン軍の損害も少なくなかった。そうしたら、一週間後に再び梯子攻撃が行われたの。アングマール軍も対策してた。梯子の幅が広がり、二人がかりで持つ頑丈な楯を先頭に登って来たの。さらに兵は重装歩兵だった。矢による攻撃の効果がどうしても落ちちゃうの。

 このままでは梯子は登られちゃうから、こっちも重装歩兵戦列を城壁の上に並べてん。これで登ってきたアングマール軍に対抗したんやけど、城壁の上自体が矢による攻撃にさらされていたから、こっちの損害もドンドンでた。それでも城壁に登ってきたアングマール軍兵には強力な対抗策になってくれた。そりゃ、梯子で登ったアングマール軍に戦列を組む余裕はなかったものね。それでも執拗にアングマール軍は攻撃を続け、これが一週間続いた。

 一ヶ月の間隔を空けて第三波がきた。城壁の上も城壁の下も地獄のような状態になる激戦が展開された。城門では破城槌が物凄い音を立ててたし、これを妨害する余裕は既に失われてた。アングマール軍はついに城壁上のエレギオン軍の一部を破り城壁の階段を下りて来たけど、コトリは重装歩兵部隊だけでなく騎馬隊も展開させといた。そしてついに押し返したの。

 三波にわたる梯子攻撃はエレギオン軍の被害も多かったけど、アングマール軍はより被害が大きかったと思うの。さすがのアングマール軍も第四波は仕掛けてこなかった。それでね、その頃から魔王の心理攻撃は弱まってきたの。そうなの、エレギオン軍があそこまで苦戦した理由の一つに魔王の心理攻撃で士気がなかなか奮わなかったのもあったのよ。

 もういつから寝てないかわからない状態のコトリとユッキーだったけど、アングマール軍の動きが妙なのよね、

    「コトリ、あれって退却してるんじゃない」
    「いや、誘ってるだけかも」
 まあ追撃するにも城門は塞いでしまってるから、指をくわえて見てるしかなかったけど、ついにアングマール軍は退却してくれた。もう包囲戦が始まって三年になっていたけど、なんとか守り切ったみたいなの。勝ったというよりも凌ぎきっただけかもしれないけど、エレギオンは落ちなかった。
    「コトリ、悪いけど今夜の当番は任せたわ」
    「何するの」
    「寝不足はお肌に良くないから、今夜は寝させていただくわ」
 寝不足って・・・もう二年だよ。でもユッキーには寝てもらったし、三座や四座の女神にも寝てもらった。コトリはマシュダ将軍に指示、
    「城門の再開通作業は偵察部隊を出してからにする。今晩中に城壁から騎馬隊を吊り降ろせる装置を作っておいてくれる。とにかくエレギオン以外がどうなってるかの情報がないからね」
    「かしこまりました。ところで次座の女神様はお休みにならないですか」
    「首座の女神が起きてきたら寝るわ」