アングマール戦記2:アングマールからの使者

 膠着状態のアングマール戦だけどエレギオンでも大きな動きがあったの。まず四座の女神が宿主代わりに入ってもたんよ。簡単にいうと一年ぐらいは使い物にならなくなるってこと。お蔭で軍団編成の仕事が倍になってもた。これだけでもヒーヒー言ってたんだけど、

    「コトリ、わたしもそろそろだわ」
    「あちゃ、しょうがないけど・・・」
 そんな時にアングマールからの使者が来てん。これをどうするかユッキーと相談しとってんけど、
    「前にマハム将軍に休戦協定を申し込んだ使者は切られたから、切り返す?」
    「それをいったら、第三次エレギオン包囲戦の和平交渉でコトリが魔王に一撃ぶっ放してるし」
 方針として会うことにし、切り殺さない事にしたんよ。


 アングマールの使者はのっけから高圧的やった。

    「慈悲深きアングマール王は、先の和平交渉の時の貴国の使者の振舞を許し難いとしております」
    「おほほほ、使者には武装も護衛も許さず、会見場にビッシリ完全武装の兵士を並べたアングマール王のお言葉とは思えません」
 ユッキーは鮮やかに切り返しよった。そこからしばらくトゲのあるやり取りがあったんだけど、
    「慈悲深きアングマール王は、貴国との和平を望んでおられる」
 へぇ、魔王の奴も時間が欲しいのかな。それとも、和平交渉を結んで、油断させておいて攻め寄せるとか。
    「恵み深き主女神は争いを好みません。条件によっては考える余地も御座います」
 ここも型通りの交渉があって、エレギオンはハマはもちろんのこと、ハムノン高原全部の返還を求めたし、アングマールはリューオン、ベラテの割譲を求めたわ。お互いに風呂敷を広げきった状態から現実的な妥協点というか、双方の実効支配地を基準にした境界線にしように落ち着くわけ。

 無駄そうなお儀式みたいな過程だけど、これは相手の腹の読みあいの部分で意味があるのよね。その日の交渉は境界線問題で終ったけど、夜には三女神が集まって協議。四座の女神は当分欠席。

    「コトリ、どう感じた」
    「とりあえずアングマールが持ちだしたのがポイントかな」
    「わたしもそう見たいところ」
 エレギオンにしてもアングマールにしても真の平和が訪れるとは毛ほども考えていないのは大前提。ただ戦うにしても戦力整備の時間が欲しいとアングマールも思ってるはず。アングマールに戦力的な余裕があるのなら、和平交渉なんかせずに攻め寄せて来るはずだもの。
    「騙し討ちの線は?」
    「最終的にはどちらかがやるだろうけど、最初からそのつもりは無いと思うよ」
 まあ、どっちにしろ、相手をまったく信用していない国同士やから心配する点ではなさそうや。
    「ユッキー、最終的にはどっちが有利かやろ」
    「そうね、時間は両軍の再編では同じぐらいかもしれないけど、エレギオンに不利なのは魔王の回復ね」
    「そういう点からいうと、今からハマに攻め寄せるのも一つやんか。マハム将軍かって、和平交渉中に攻め寄せられると思てへんやろ」
 コトリの見方はアングマールが和議を出すということは、魔王の回復にかなりの時間が必要やからと考えてる。つまりは魔王は弱ってるから出て来ないってこと。今のエレギオンにしたら、とにかくハマを奪還してシャウスの道を国境にしてしまいたいなんよ。
    「コトリの見方も一理あるけど、あえて受けたいの」
    「そやなぁ、四座の女神だけじゃなく、ユッキーまで抜けた状態は厳しいし。ところで、もうすぐ?」
    「三ヶ月以内には決めて動くは」
 翌日からは細かい点の打ち合わせだった。これも儀礼上の話がテンコモリあって大変やった。エレギオンの政治体制は女神の下に王がいる体制で、エレギオン同盟でも諸都市の王の上に女神がおる体制なんよ。単純には、
    『女神 >> 王』
 エレギオンにすればアングマール王と言えどもタダの『王』やから、格で言えば下って扱いになるの。だから条約を結ぶのは人である王が結ぶとしたのよね。そんなものアングマール側が認める訳ないから一悶着。ただ双方にとって儀礼上はともかく、本質的には枝葉末節の部分やんか。
    『女神の代理人が条約を結ぶ』
 これで妥協した。つうのもエレギオンは女神大権下で人の王がおらへんかってんよね。この『代理人』を双方とも適当に玉虫色の解釈することにしたぐらい。それ以外にもどっちが格上かであれこれ話はあったけど、この辺にしておく。

 今回の条約のポイントは休戦協定やなくて平和条約である点は色々考えさせれた。つまりは人の往来がある程度自由になる点やってん。極論すればエレギオン人がズダン峠を越えてアングマール本国まで行けるってこと。そりゃ、言葉の上でも条約文でも、

    『永遠の平和と友好を誓って』
 こうなってるわけやから。これについても、あれこれメリット、デメリットさらに魔王の腹の内をあれこれ考えたけど受けることにした。交渉は一か月ぐらいでまとまってん。これでマハム将軍によるリューオン農園攻撃は止んでくれた。エレギオンもセラの砦を撤収したわ。
    「コトリ、しばらく任せるわ」
    「わかった留守は三座の女神と固めるから安心しといて」
 交渉成立後にユッキーは宿主代わりに入ったの。ユッキーの場合もコトリほどじゃないけど不安定期があるから、その間はお休みしてもらうのが慣例になってる。だいたい半年ぐらいかな。これも長い短いがあるから、出来たら短く済むように祈ってた。

 ユッキーが休みに入ってから、三座の女神と仕事に取り組んだのだけど、そりゃ大変。これでもかってぐらい仕事がある。平和な時代でもユッキーの穴を埋めるのは容易じゃないんだけど、軍事力整備も、農園経営も、産業振興も、交易にしても、すべて復旧途中だから飛び回るように仕事をこなさないと終らないのよねぇ。そのうえ四座の女神まで不在。

 それでも三座の女神が健在だったのはラッキーだった。三座の女神の普段の担当は医療福祉なんだけど、特殊技能として秘書が出来るの。それも女神の秘書が出来る能力があるの。というか、そういう風に作ってある。

 三座の女神は期待に応える秘書能力を発揮してくれた。目も眩むような仕事の段取りを鮮やかに付けてくれて、コトリは目の前の仕事をこなすだけでなんとかなった。コトリだっていざとなればユッキー並みに仕事は出来るんだけど、ユッキーに較べるとチト余裕が少ないぐらいかな。もっとも三座の女神は、

    「さすがに二人でこなすには、少々無理が・・・」
 とにかく三座の女神は常識家だから、毎朝の今日の仕事の予定量を見るだけでゲンナリするみたい。
    「これが出来るから女神なのよ。コトリを信じなさい。とりあえず今日の予定は?」
 まるで長い呪文のような仕事の数、数、数。
    「それと次座の女神様、少し気になることが」
 和平交渉が成立後にエレギオンの商人たちは高原都市までさっそく進出していた。ただし、あまりの荒廃ぶりに商売にならなかったと言ってた。それは予想の範囲内だったのだけど、アングマール人、いや正確にはアングマール支配下の高原隷属都市の住民のエレギオン訪問が増えていた。
    「そりゃ、親戚やから会いに来るやろ」
    「そうなんですが・・・」
 三座の女神もこんな時の秘書やから余裕が乏しいのやけど、どうにも単に会いに来てるだけやない感触がするとしてた。こういう時に四人いればコトリなり、四座の女神に動いてもらうのやけど、そんな余裕はさすがにないやんか。
    「誰かいない?」
    「シャラック上席士官はどうでしょうか」
 そうそう軍団編成はさすがに手が回らないからマシュダ将軍とイルクウ将軍に任せてる。リメラの乱以来の実戦経験者だからエエやろ。その将軍やけど、リメラの乱の時には五人いたの。リメラも将軍だったけど、メスヘデ将軍はリメラに暗殺されちゃったし、アルガンティア将軍はテベスで魔王と戦って戦死。

 だから二人体制なんだけど、もう少し増やそうの意見は強いの。増やすなら上席士官からなんだけど、有力候補の一人がシャラック上席士官。たしかに有能と思う。

    「そういえばシャラックは」
    「言わないで下さい。今は仕事中です」
    「まだ正式じゃなかったよね」
    「首座お女神様がお戻りになられてから御相談します」
 女神の男は、女神が自由に恋して選べるの。女神の男は制度として結婚じゃないけど、結婚に近い手続きがあったの。大まかに言えば実質的な女神の長であるユッキーに報告して承認をもらうぐらいかな。

 承認いうてもユッキーが拒否したことないし、報告があればひたすら祝福し、首座の女神主催で祝宴が行われ、そこで正式に女神の男として宣言される感じ。報告いうてもコトリとユッキーの仲やったら立話みたいな程度やけど、三座や四座の女神となると畏まって報告する感じになってる。この、

    報告 → 承認 → 祝宴 → 宣言
 これが女神にとっても男にとっても大事と思われてるぐらいかな。今なら首座の女神の代行をコトリがやってもエエのやけど、ほとんどの場合はユッキーの復活を待って行われる。この辺は、首座の女神の復活に花を添えるって意味合いも確実にあるのよね。いうても半年ぐらいの事やから。
    「シャラックは強い?」
    「エレギオン軍の中でも屈指かと」
    「そんなにベッドで強いの」
    「違います。武勇の事です」
    「じゃあ、ベッドは?」
    「だ か ら、今は仕事中です」
 三座の女神は猥談を逃げたがるの。だからチャンスがあればいつも持ちこもうとしてるの。だって、その反応が楽しいんだもの。
    「わかった、ベッドでも強いなら問題ないだろう。シャラックに任せよう」
 三座の女神が真っ赤になってた。こういうところは千五百年経っても変わらへん。ホンマにからかいがいがあるわ。