アングマール戦記2:交易

 軍団造設や農園復旧も急務やってんけど、産業復興も大変。職人たちはそれなりに生き残っていて商品はなんとか作れるんだけど、売る相手が大変。これまでエレギオンは高原都市や山岳都市相手がメインで、海路を使っての交易はサブやってんよ。ところがアングマールが高原都市だけやなくて、ハマまで抑えてる状態じゃ同盟内の交易規模なんてしれてるのよね。

    「コトリ、アカイオイはどう」
    「ボチボチや」
 交易はコトリが担当してる。でもって海路交易の相手はアカイオイ。ここも都市国家が幾つも成立して発展中のところ。食糧輸入の相手もここやった。
    「コトリ、船は検討してくれた」
 エレギオンの海路交易はサブやったから、自前の船団はささやかなものやってん。だから海路交易といっても、相手国の船がエレギオンの外港のテプレに来たのを相手にしていた程度。でも、これからは海路交易をメインにしていかなアカンやんか。ユッキーから交易船団の検討を頼まれた。
    「色んな問題あるけど、とにもかくにも木が足りへん」
    「やっぱり、そこになるよねぇ」
 エレギオン包囲戦に備えてエルグ平原の木は悉く伐り倒しちゃったのよ。これはアングマール軍が動く塔や破城槌、埋め立て車の製作に利用させないためだった。もちろん炊事や暖房の材料に使用させないためもあったの。
    「今植えてる木が育つまでは、船に向ける木があらへん」
    「五十年以上かかるね」
    「エルグ平原じゃそうなるわ。ハムノン高原を奪還して、クル・ガル山脈の木を利用できるまでなんて遠い先の話やし」
 大規模船団建設どころか、船作るのさえ当面無理なのはユッキーも了解してくれた。
    「ところでコトリ、変わったものに力を入れてるね」
 交易品は鉄製品や銅製品、金銀細工が中心やけど、アカイオイには妙なものが売れるんよ。それはワイン。エルグ平原にしろ、ハムノン高原にしろあんまりブドウが生えてなかったのと、当時のワインはアルコール度も低くて、まるでブドウジュースみたいでエレギオンではあまり好まれなかったの。

 エレギオン人の気風として、酒を飲むからには酔っぱらわないと意味がないみたいなところがあって、好まれたのはひたすらビールやった。アングマール戦の前はたくさんのビール醸造所が作られ、これまた、たくさんの酒屋、居酒屋があったものよ。ところがエレギオン包囲戦に入ってからは、ビールの製造は中止になってる。小麦にしろ、大麦にしろ、ライ麦にしろ、酒にするより生き残るために食べる方が優先やってん。

 でも酒は飲みたいやんか。そこでビールの代用品としてワインが注目され出したんよ。無いよりマシってところかな。ブドウも栽培してみたら、エルグ平原の気候に合ってたみたいで、思った以上に取れるのよね。

 食糧事情が厳しいから、干しブドウとかにもしてたけど、ワインの製造は禁止にしてないの。やっぱり酒がなくっちゃね。これはユッキーも同意見やった。第三次エレギオン包囲戦後もブドウの収穫も増えてワイン製造量もかなり増えてるのよ。

 このワインやけど、アカイオイでは非常に好まれるねん。この辺は民族性の違いとしか言いようがあらへん。それだけじゃなく、自国産より他国産を珍重するのよこれが。この辺は、アカイオイよりエレギオンの方が先進地域であるのも理由の一つと思ってる。

    「ワインはよう売れるのよ。それも結構な値段で。アカイオイではエレギオン産のワインは高級品扱いやねん」
    「それは知ってる。私がビックリしたのは焼いた方よ」
 コトリもワインはイマイチどころやなかってん。あんな甘たるくて、飲んでも酔わへんのは好かんかったの。とはいえビールは作ろうにも当分無理やんか。
    「どこであんなことを思いついたの」
 エレギオンの産業の主力は工芸品やけど、香料も有名やってん。いわゆる花の香りみたいな液体。高原都市から移住者用に潰しちゃったけど、広大な花の園を作っていたのもその一環。これは素直に香水と言っても良いと思う。これを作る時には香りのよい花を集めて、蒸留して作り出すの。

 そんな大昔に蒸留なんて出来たんかって。エルムにもあったし、シュメールにも広がってた。蒸留は少ない成分をかき集めるためにするのだけど、ワインにやったら、もう少し強いお酒が造れないかと思ってやってみたのよ。

    「でも、これかなり強いお酒ね。ビールより強いんじゃない」
 あれこれ試行錯誤したけど、出来上がったのは甘味こそ残るものの、ビールより酔っぱらうのが早いもんやったんよ。口当たりも強烈で元のワインとは完全に別物やった。とりあえず焼ワインって呼んでる。
    「こっちはアカイオイに売れないの」
    「そやねん、エレギオン人にはこっちの方が評判がエエけど、アカイオイ人にはあわへんみたい」
    「でも、ちょうど良いんじゃない」
    「まあね」
 二人がコップを傾けてるのは焼ワイン。
    「でもやっぱりビールがエエわ」
    「しばらくは無理だけどね」
    「ビールでもこれやってみたら」
    「ビールは素直に飲もうや」
    「それもそうね」
 焼ワインは酔っぱらうにはイイんだけど、ビールやワインのつもりでガンガン飲むとエライ目に遭うのよこれが。コトリやユッキー、また他の女神は理由はようわからんけど、酔いはするけどぶっ潰れるところまでいかへんねんけど、ぶっ潰れる奴は多かったのよ。そうなると施療院に担ぎ込まれるんだけど三座の女神が、
    「次座の女神様、焼ワインですが」
    「どうかしたん」
    「悪酔いする者が増えております。少し規制を考えられては」
    「心配せんでエエって。そんなに量あらへんから値段も高いし、そのうち慣れるって」
 三座の女神は常識的で心配症だからね。でも何かせんと施療院に余計な仕事が増えるのはそうやってん。そこで参考にしたのがワインの飲み方。エレギオン人に酒飲みが多かったのはそうやねんけど、全員がバカスカ飲めるわけやなかってん。

 ワインはエレギオン人に好まれなかったのはそうやけど、数は少ないけどワイン愛好者もおってんよ。言い方悪いけどお酒に弱い連中やねんけど、そういう連中はワインをさらに割って飲んでた。それも甘すぎるから海水で割って飲むのもの少なくなかったの。そやから焼ワインの初心者は割って飲むように勧めといた。

    「コトリ、あれはなんのつもり」
 焼ワインは口当たりが強烈やから、ちょっと考えてん。他の物を漬け込んだらどうやろうって。これがなかなかで、色んなもの漬け込んでみたんやけど、
    「花とか果実とかはわかるけど、ハチとかサソリなんて大丈夫なの」
    「大丈夫みたいやねん」
    「なんか意味あるの」
    「士官連中が度胸試しに飲んでた。バドに言わせたら燃えるってさ」
    「じゃあ、パリフにも飲んでもらおうっと」