アングマール戦記2:情報作戦本部

 偽りの平和状態が続く中で軍制も整備していったの。将軍は主席にマシュダ将軍、以下イルクウ将軍、シャラック将軍の三人制。近いうちにパリフ上席士官も将軍にする予定。軍団も七個軍団への編成が着々と進んでる。コトリが整備したかったのは、大きくなった軍団を統括する総本部。

 軍団規模が大きくなった分だけ、戦争も多方面の同時進行作戦も必要になると思うし、決戦となればどれだけ相手の情報をかき集めるかが勝敗を決するカギになるのよね。これまでは女神の個人芸でやってたけど、常設の組織を作ってしまおうってところ。

 責任者には四座の女神になってもらった。四座の女神の特性は教育だから人材育成が上手いのよね。それだけじゃなく司令官的な機能も持ち合わせている。情報分析もお手の物ってところ。

 広い意味での設計ミスだけど、四座の女神は集中すればするほど輝いちゃうのよ。だから輝く女神の呼び名があるのだけど、その輝きの中で仕事をさせれば誰だって能力がグイグイ伸びるって感じ。

 情報作戦本部って名付けたけど、選り抜きを配備させた。人としてのトップにはシャラック将軍、バドも加えた。やってもらうことは諜報とそれに基づく作戦立案ってところ。四座の女神の手腕は期待通りで、短期間で軌道に乗せてくれたわ。

 五年に及ぶ休戦期間中にエレギオンの戦力、国力もかなり回復してた。もちろんアングマールもそうだろうと見なくちゃいけないけど、両国の焦点はいつ戦争を再開するかになってた。もう少し具体的にはハマ奪還作戦をいつ発動するかだったの。

 作戦室では様々なシミュレーションが行われてた。ハマ奪還となると幾つもの要素が絡んでくるのだけど、まずマハム将軍が籠城するか出撃して来るかが検討されてた。ハマのアングマール軍は二個軍団だから、常識的には籠城だけど、かつて三倍のエレギオン軍を撃破してるのよね。負けたのはコトリだけど。

 それでも籠城の可能性が高いと見ているよう。そりゃ、ハムノン高原には魔王がいるわけで、少し籠城すれば援軍との合流を期待できるものね。でも籠城されたらそれも厄介。ハマの城壁もアングマール軍侵攻に備えて強化されてるし、アングマールに占領されてからもキッチリ整備されてるの。

 それだけじゃなく、第三次包囲戦の後に巨大投石機や巨大石弓を解体してハマまで運び設置しているのよね。攻守ところ変えるって感じになるけど、エレギオンと違って援軍の期待が常にあるから厄介は厄介。

 作戦室で検討されているのは、ハムノン高原からの援軍阻止やった。ハマはたしかにシャウスの道のエルグ平原側の入口にあるけど、シャウスみたいに関所状態になっていないのよ。つまりシャウスの道を防ぎながらハマを囲むのが可能なんだ。そのためには兵力が必要なんだけど、七個軍団になれば可能になってる。

    「次座の女神様」
    「シャラック、報告ね」
 シャラック将軍とバド三席士官がコトリのところに、
    「結論的に言いますと、これ以上待ってもメリットは乏しいかと」
 シャラックがいうのは戦力・国力の観点だけど、コトリやユッキーが懸念している魔王の回復問題もそう。待てば待つほど回復するのだけは間違いない。
    「アングマール側からの内部工作のその後は」
    「輝く女神様の選択が効果的だったかと」
 軍の階級は兵と士官で、士官は士官養成所を出た貴族がエレギオンの軍制の基本やってん。ただこれだけ戦争が長引いてるのと、高原からの移住者を軍団兵に投入しているので現実的な対応やってる。

 兵の中でも優秀な者は下士官にしてる。さらに下士官の中でも優秀な者は士官に登用してる。いわゆる叩き上げってやつ。今は情勢が平穏だから下士官から士官になるのに士官養成所の短期コース行ってもらってるけど、エレギオン包囲戦中に実績だけで士官になってるのもいる。

 高原からの移住者の中にも軍人はおるねん。都市によって軍制が違うし、身分制も違うから調整してる。士官階級の者は士官養成所の短期コースに行ってもらってるし、それとは別に下士官にしたのもいる。

 そんな中で四座の女神が選んだ男はゼロン出身の叩き上げ。兵として当時のハムノン軍団に参加し、頭角を現して下士官、さらに実績だけで士官に昇進してる。名前はエルル、現在は三席士官。コトリも知ってるけど実に気持ちの良い男。

 ちなみに士官の階級制だけど、見習い士官から始まるの。士官養成所は平時が三年、戦時中は二年だけど、最終学年になると見習い士官に任じられる。後は三席、次席、上席で将軍って順番。四座の女神が首座の女神に報告した時はコトリも少し驚いた。

    「首座の女神様、男を選びました」
    「それは良いことじゃ、今回は早かったな」
 どうも話を聞いていると、宿主代わりの前から目を付けてたみたいで、
    「輝く女神がそれをするとは・・・」
 四座の女神は宿主の寿命を考慮して、新しくなってから正式の男に宣言してもらったんだ。ユッキーはもちろん利用した。首座の女神に続き、四座の女神まで高原からの移住者を男に選び、それも叩き上げの士官だと広く周知させた。
    「四座の女神様はエルルのために、わざわざ宿主代わりして新しくなってから男にされた」
 ここはウソが混じっていて、四座の女神は前宿主時代からエルルと出来てたんだけど、それはユッキーは伏せてた。でもこれで高原移住者のエレギオンへの求心力はさらに高まってくれたのは間違いない。アングマールからの内部工作の及ぶ範囲は確実に小さくなってるとのシャラックの判断にコトリも同意した。
    「戦術検討はどうなってる?」
 情報作戦本部の方針としてガチの攻城戦は避けたいとしてた。やれば巨大投石機の設置や、二十メートル級の攻城塔、さらに破城槌や埋め立て車を投入しないといけなくなるけど、
    「次座の女神様も御承知の通り、木材資源に限界があります」
 エレギオン包囲に備えてエルグ平原の木を切り払って城内に収容したけど、さすがに乏しくなって来てる。植林事業も順調とはいえ、木材を調達するのは困難になってきてるのよねぇ。コトリもユッキーに船団建設の検討を頼まれた時に痛感してる。
    「ハムノン高原からの援軍の来襲を考慮しても、ハマのアングマール軍を引きずり出して、決戦で壊滅させるのが上策かと考えております」
    「城外で叩き潰しておいて、悠々とハマ入城ってところかな」
    「御意」
    「でも誘いに乗ってくれるかな」
 これについてはシャラックもエエ案が出来上がらなかったみたいで、
    「まずハマを包囲します。それからシャウスの道に別働隊を派遣して、柵を設けて塞いでしまいます」
    「定石だと思うけど、それでもマハム将軍が動かなかったら?」
    「食糧が尽きるまで包囲戦を続けます」
 固い作戦なのはコトリも認めた。エルグ平原に限って言えばエレギオンが七個軍団、アングマールが二個軍団だから、シャウスの道を塞いでおけば攻城戦をやらなくてもハマはいずれ兵糧がなくなって落ちるしかなくなるってところやな。
    「ハマの兵糧は?」
    「高原からの援軍を計算しているはずで一年程度ではないかと」
 ここまで聞いてユッキーと相談。
    「これ以上待ってもメリットが少ないのは同意だわ。そりゃ、待てば軍団増やせるかもしれないけど、人もそろそろ限界だし。それと魔王よね」
    「待ちすぎたかもしれへんけど、全部を理想の状態に持って行くのは無理やし」
 シャラックが持ってきたハマ攻略案の検討に入ったんだけど。
    「わたしはマハムが出て来ないと見るわ」
    「コトリもそう考えてるんだけど、いっそのこと開き直ったらどうやろ」
    「どういうこと?」
    「ハマを早期に奪還する方が魔王の援軍を考えてもエエけど、魔王もマハムも封じ込めてしまう作戦にしたらどうかと考えてる」
 ハマの城門は二つ。ハマの城門の特徴は門の前に水堀があって、跳ね橋になってるの。これもアングマール軍に攻められた時に一度は完全に埋められちゃったけど、今は復旧してる。

 そんなハマの城門に近づくためにはまずは堀を埋めないと破城槌なんて使いようがない防御構造だけど、逆にそういう構造だから城門前の水堀の対岸に防御施設を作れば出撃しにくくなるのよね。

    「木材資源は節約したいんだけど・・・」
    「だから開き直ったらエエと思うねん。水堀の対岸に土塁作ってまうのよ。いや、最終的にはハマをぐるっと取り囲む土塁にしてまおうと思てるねん」
    「そっか、それが開き直るって意味ね。中途半端に城を攻めるなんてしないのね」
    「そういうこと。マハム将軍に兵糧攻め一本であることを見せつける意味もあるわ」
 そこから長期包囲戦に備えての宿営設備や補給問題を検討してた。
    「軍団はいくつ連れて行くの」
    「最初は全軍で行く。土塁作るのも人手が多い方が早いし。ある程度、土塁による包囲網が完成したら二個軍団ぐらいで十分やろ」
    「じゃあ、シャウスの道はどうするの」
    「シャウスの道からエルグ平原に出たところのイスヘテの野に砦を作る」
    「シャウスの道の出口じゃなく?」
    「ここでは局所決戦をやろうと思う」
 イスヘテの野はシャウスの道を下りきったところにある野原。そんなに広いわけじゃないけど、シャウスの道を下りてきてホッとするところかな。コトリの計画ではシャウスの道の出口を広く囲むように半円形の柵というか砦を作る予定。ここも空堀作って、その土で土塁を作り、さらにその上に柵を巡らし塔もいくつか作ろうと考えてる。
    「資材は?」
    「セラの砦を解体したのを使えば足りると思う」
    「イスヘテにはどれぐらい」
    「常駐で二個軍団にする予定。つまり、ハマに二個軍団、イスヘテに二個軍団、本営に予備軍として計五個軍団のにし、残りの二個軍団はエレギオンで順番に休養を取らせようと思ってる」
 木材資源については敵からのプレゼントもあるの。アングマール軍はエルグ平原に木がないことを知るとハムノン高原や、さらにはクル・ガル山脈の木を切りだしてキボン川を流して送り込んでる。この流された木材だけど、ハマでとらえきれずにさらに下流に流れるのも案外あるのよね。それを集めてるのだけど、これが思いの外に多いので助かってる。

 ハマへの進軍計画だけど二手に分かれて進む予定。コトリは第一~第四軍団を率いて街道ルートを、マシュダ将軍には第五~第七軍を率いてセラの野からハマに向かってもらう。コトリの方が先着予定で、ハマに着いたら包囲網を敷き、シャウスの道にも軍団を直ちに派遣して高原からの援軍を警戒させる。

 別働隊の到着が遅れるのは、キボン川を渡る必要があるから。アングマールはキボン川を渡るたびに橋を架けてたみたいだけど、別働隊は小舟で渡ってもらう。そんな時に襲われたら一溜りもないから、コトリの本隊がハマを包囲してからキボン川を渡ってもらう寸法。

 双方の腹の探り合い見たいな和平状態だったけど、破るのはエレギオンになりそう。でも、こういうものは先手必勝。後手に回ると立て直しが大変だから、先に動くのは有利なの。

    「全軍、ハマへ。エルグ平原からアングマール軍を駆逐する」