アングマール戦記2:ハマ開城

 開城の日が来たの。ハマのアングマール軍は叩き潰す予定だけど、エレギオンがそうしたがってるのもアングマールは知ってると考えておく必要があるの。エレギオンもアングマールを信用してないけど、アングマールだってエレギオンを信用してないってこと。

 ハマからシャウスの道までの間に必ずエレギオン軍はハマの退却兵を殲滅にかかるだろうから、アングマールとしては迎えというか、救援軍を送りこんで来ると見てる。これも誘いの手を打っていて、道の両脇にエレギオン兵を並べて見送らせるって言っといたから、そこにエレギオン兵が多く集まると思わせてるの。つまりはイスヘテの守りが手薄になってると考えてくれるのを狙ってるぐらい。

 問題はここからで、ハマの二個軍団を殲滅するのは良いとして、表向きは綺麗にしたいのが政治的にはあるの。具体的にはアングマールの救援軍との戦端を先に開かせ、アングマールが裏切ったからやむなくハマの二個軍団も殲滅せざるを得なくなったの形に持って行きたいわけ。

 アングマールの使者への言葉だけじゃ誘いの手には足りないから、ここは工夫が必要。まずイスヘテ砦の前の整地をやらせた。あそこはアングマールの箱車に対抗して落とし穴を掘ったりしてたから、ハマからの退却軍を歩きやすいようにしてる素振り。これをアングマールから見れば攻めやすくなったぐらい。

 イスヘテの守備隊も見かけ上の数は減らした。これもアングマールとの交渉が始まった時から準備させてたんだけど、シャウスの道からはイスヘテ守備隊の全容が見えないようにしてる。それだけでなく、ハマからシャウスに道を整備してるパフォーマンスもやらせた。これはエレギオンから呼び寄せた軍団の一部がやってるんだけど、シャウスの道から見ればイスヘテ守備隊がやってるようにしか見えないと思う。

 それだけじゃなく、道には花を飾ったりもしてみた。道だけでなく、イスヘテ砦にも飾らせた。さらに一部の兵に言い含めて、あえてビールを飲ませて酔っぱらわせた。この偽装酔っ払い部隊は志願者が多くて困ったけど、一個大隊規模で盛大にやらせた。

 開城時刻はアングマールにも伝えといたけど、イスヘテ到着を遅らせるのも作戦の内。ハマから出てきたマハム将軍に敢闘慰労の宴を催してやった。これもコトリがやるつもりだったけどマシュダ将軍が、

    「次座の女神様、これは危険な任務ですし、やった者には汚名が残りかねませんから、私がやります」
 ちょっと不安だったけど、マシュダ将軍は良くやってくれた。渋るマハム将軍を宴に引きづり込み、エレギオンから持ち込んだビールを振舞って時間稼ぎをやってくれた。これでアングマール軍は動いてくれるかやったの。イルクウ将軍は、
    「アングマールは動きませんが」
    「焦らない、時間はまだたっぷりあるわ」
 イルクウ将軍はジリジリしていたけど、コトリは涼しい顔してた。イスヘテの到着予定時刻を二時間を越えた頃に、
    『ドドドドドッ』
 アングマールは騎馬隊でシャウスの道を下りて来たの。エレギオン軍が油断してると見て、騎馬隊で駆け抜けようとする作戦みたい。そりゃ、街道に設けた門も開けっ放しにしてたから。アングマール騎馬隊は門に向って殺到したんだけど、
    『ドスン』
 エレギオンのお家芸の落とし穴。門を通り抜けた騎馬隊が真っ逆さまに落ちてくれた。それが会戦の合図、隠れていたエレギオン兵が一斉に矢を放ったの。この異変はすぐさまハマ方面に伝えられ、ハマのアングマール軍の殲滅に取りかかった。

 この日のアングマール軍は必死だった。騎馬隊に引き続いて重装歩兵部隊も次々にイスヘテに下りてきた。矢による損害をものともせずに押し寄せてきたけど、この日のイスヘテ守備隊は三個軍団。ひたすら矢の練習のように撃ちまくった。もちろん投槍もバカスカ。

    「火炎弾発射」
 この日のために小型投石機も作らせてあったの。距離が短いし高さもいらないからこれで十分攻撃できるはず。火炎弾によってイスヘテの野は火の海になっていったわ。でもこの日のアングマール兵は火達磨になりながらも突進してくる感じやった。あれは間違いなくアングマール直属兵やわ。ただ、そこまでアングマール兵が頑張っても地形の不利と兵力の集中は圧倒的で、イスヘテの砦は落ちる気配すらなかったの。

 ハマのアングマール軍はまさに殲滅状態になってた。異変を感じたマハム将軍はマシュダ将軍に切りかかったんだけど、マハム将軍自体が既にフラフラ。そのうえビールまで飲まされていたから、空きっ腹になんとやらで返り討ちになってた。マハム将軍の幕僚たちも同様。

 ハマのアングマール軍兵士も戦ったけど、エレギオン軍はギッチリ戦列を組んで包囲を済ませており、バラバラに戦う羽目になったアングマールの腹ペコ兵士は敵ではなかったぐらいかな。でもさすがは精鋭部隊で、殆ど降伏する者はなく屍の山をひたすら積み上げてた。

 かなり凄惨な状況になったし、こういう状況を見るのは本当は大嫌いなんだけど、コトリは次座の女神であり、エレギオン軍の総司令官なの。イルクウ将軍や、マシュダ将軍に褒詞を授けハマに入城したのよ。


 ハマ城内の様子も言葉を呑んじゃった。どう見たって無人の廃虚。あちこちに火炎弾による焼け跡と、巨大投石機による破壊の跡が広がってた。これは予想の範囲だけど人がいないのよ。ハマにはハマの住民とシャウスから避難民がかなりいたはずなのよ。

 そりゃ、ハマの若者もエレギオン包囲戦に投入されてるだろうし、若い女は魔王のエロ処刑の犠牲になってるから減ってるとは思うけど、それ以前に人の気配が感じられないのよ。コトリは城内の生存者を探させたの。

 やっと見つかったのは、辛うじて生きてるだけの、痩せこけたわずかな人のみ。ありゃ、痩せこけたなんてレベルじゃなくて、文字通り骨と皮しか残ってないとしか見えんかった。なんとか、話を聞いてみると、城内の食糧事情は早くから厳しかったみたい。

 その辺はアングマールの使者とのやり取りでもわかる部分はあったけど、半端な状態じゃなさそう。軍馬は早くに食べられてしまったのは当然として、イヌやネコもそうだし、スズメの類も当然のように狩れるだけ狩って、ついには寄り付かないようにまったみたい。そういえば城内には草一本生えてないのやが、

    「食べ尽くしました」
 食用やない草まで食べてるから、お腹こわして、それだけで死ぬ者も少なくなかったみたい。ネズミも狩り尽くされただけではなく、昆虫も食べ尽くすように食べていたで良さそう。でも、それだけじゃなかった、
    「仲間も多くは食べられてしまいました」
 城内の食糧が払底して来ると、アングマール軍は住民を食べてた。生き残った住民は、アングマール軍による住民狩りを辛うじて逃れた者たちで良さそう。まあ、狩る方のアングマール軍も空腹で探しきれなかったくらいみたい。

 そうやって生き残った連中も誰も生き残れなかった。人間って、極度の飢餓状態になるとメシ食っただけで死ぬものやと思い知らされたわ。もうすこし詳しい情報はわずかなアングマール軍捕虜から集まってきた。

 ハマの兵糧はおおよそ一年分ぐらいだったみたい。末端兵士の話だから、詳しい事情はわからなかったけど、どうもハマでの長期の籠城戦は想定していなかったみたいで、もし包囲されてもハムノン高原からの援軍が早期に訪れる予定で良さそう。

 マハム将軍も最初の頃は住民にも食糧を配給していたようやけど、半年を過ぎる頃から無くなっただけではなく、住民の食糧を根こそぎと言う感じで徴発したみたい。さらに薪もエレギオンの火炎弾で火事が頻発し、薪の集積所が燃えてしまっただけではなく、目ぼしい木造建築物が次々と焼かれてしまい、最後は巨大投石機や、巨大石弓まで解体して薪にしていたみたい。

 コトリは戦争が嫌いだし、とくに都市攻略戦は大嫌いだけど、あの都市陥落後の暴虐でさえ、ハマの惨状に較べればマシの気になってもた。通常の都市陥落後の暴虐は、女という女が犯されまくられ、あらゆる物が兵士に略奪されるけど、それでも運が良ければ、いや比較的多数の者が奴隷に叩き売られるかもしれないけど生きてられる。

 でもハマはそんなレベルとは次元が違う。都市ごと抹殺されたとして良い。籠城に参加させられたハマの住民で生き残った者は皆無として良いと思う。これでハマの文化、歴史を伝えていた人がいなくなったんだ。コトリに躊躇する理由はなにもなかった。アングマール軍捕虜には、

    「そちらは永遠に苦しむべし」
 これでハマの二個軍団は全滅したでよいはず。後始末はマシュダ・イルクウ両将軍に任せてコトリはエレギオンに戻ったの。
    「コトリ、顔色が良くないよ」
    「うん・・・」
 ユッキーは黙って聞いてくれた。そしてポツリと、
    「もう逃げ場がないね」
    「わかっていたつもりだったけど、あれだけ見せられると、さすがに気分悪いわ」
    「エレギオンを、ああさせてはいけないのよ。たとえ、どんな手を使ってもね。ところで、わたしもハマを見に行くから留守番お願いね」
 ユッキーはハマ戦の後始末の世論工作もしっかり行ってた。女神の寛大さで武装開城を許したのに、それを裏切ったアングマール軍に正義の鉄槌を下したぐらいの内容。もちろんハマの状態もしっかり広報してた。

 コトリは少し休養。とはいっても、本国のユッキーの業務の代行があるから目が回るぐらい忙しいのだけど、直接の軍務から解放してもらったぐらい。ユッキーはそういう心遣いを忘れないから首座の女神なの。というか、二人の長年の阿吽の呼吸ってやつね。