アングマール戦記2:ハマ包囲戦

 ハマの土塁も急ピッチで出来上がっていた。とにかく攻撃を考えなくて良いから、ドンドン土を運び込んで土塁を高くしていった。もっともエレギオン軍も無傷かといえばそうではなく、城内から巨大投石機でブンブン石を投げつけてきた。それぐらいはやるよね。やられっぱなしは士気にも関わるから、

    「エレギオンの巨大投石機を運び込め」
 ユッキーもビックリしてたけど手配してくれた。輸送に関しては一旦解体してテプレ港に運び、そこから海を通ってキボン川に至り、リューオンで陸揚げしてハマに運び込んでくれた。ついでに巨大石弓も運び込ませた。

 巨大石弓を運び込んだ目的はハマの城門の跳ね橋の破壊が目的やった。二基の巨大石弓は期待通りの働きを見せてくれて、数日で跳ね橋を使い物にならなくしてくれた。巨大投石機の設置には時間がかかったけど、同時に三十メートルの物見やぐらも作らせた。これは巨大投石機の着弾点を観測するのと、攻撃目標を確認するためやねん。

 巨大投石機の射程距離は第三次エレギオン包囲戦の時と同じでエレギオンが優位やねん。つまりは、アングマール軍の巨大投石機の射程外に設置して撃ちあえるってこと。もっとも遠くなるから精度も落ちるけど。

 巨大投石機の投げる弾にもコトリは改良を加えてた。石は改良の仕様がないけど、壺をたくさん作らせてたの。壺に魚油を詰めて、蓋をしっかりと閉じ、蓋の上に布を厚く巻き付け、そこにもオイルを浸み込ませて火をつけて放りなげる戦術。一種の火炎瓶みたいなもの。燃えやすいようにオイルは撃つ前に熱したものを詰め込んで撃たせてた。ただ数に限りがあるから、使う時には充分な偵察が必要で、そのために物見やぐらが必要だったんだ。

    「次座の女神様、ハムノン高原のアングマール軍に動きがあります」
    「わかった、イスヘデに向かう」
 イスヘデにはイルクウ将軍が頑張ってくれてるんだけど、
    「どう」
    「どうやら今夜ぐらいに」
 アングマール軍はイスヘデに出て来たものの、エレギオン軍の激しい矢の攻撃を受けて引っ込んでしまったみたい。昼間に同じことをすれば損害は必至だから夜襲を行うんじゃないかがイルクウ将軍の読み。
    「準備は?」
    「十分な量の松明と篝火の準備は整ってます」
    「じゃあ、これも使って」
 イルクウ将軍の読み通りにアングマール軍は夜襲を敢行してきた。コトリがイルクウ将軍に使わせたのは巨大投石機用の火炎弾。これを弾として使うのではなくて、半円形に作った防御壁の真ん中ぐらいに五個ぐらい置いておき、これに火をつけて照明にする戦術。
    『ボォ』
 燃えた燃えた。火炎弾の明かりをバックにする格好になったアングマール軍は、格好の標的になり次々と射倒されていった。ほうほうの態でアングマール軍は退却したのだけど、
    「イルクウ将軍、昼間に来たのもこんな感じだった?」
    「はい」
 もはやアングマール軍のお家芸みたいなもので、高原隷属都市兵をテストに使ったみたい。
    「どう見る」
    「は、既に尽きたかと」
 アングマール軍の戦死者はかなり高齢者が混じっていた。足腰の立つ者は総ざらえ状態になってるのではないかが、イルクウ将軍の見方やった。そう見せている可能性も残るけど、コトリも基本的には同意やった。

 これは情報作戦本部が集めた情報にあるのやけど、エレギオン包囲への大量動員と戦死率の高さ、さらには魔王のエロ処刑のために女狩りに反発しての暴動が何回か起っていたらしいの。そりゃ、起らない方が不思議だもの。それに対してアングマール軍は徹底した虐殺で鎮圧したみたい。

    「次は直属軍が来るかもね」
    「御意、直属軍は甘くありません」
    「準備はどう」
    「明朝までには終らせます」
    「明朝にはまだ無理やと思うけど、早い方がイイワ。それとシャウスの道の出口付近にも貼り付かしておいて。こっちの細工がバレたら面白くないわ」
    「御意。手配させます」
 一週間後にアングマール軍は来た。シャウスの道の出口付近で監視に当たっていた部隊は一斉に撤収した。その後ろから出てきたのは埋め立て車の改良版みたいな奴。つまりは板で囲った箱車を先頭にイスヘデに攻めて来たの。
    「巨大石弓、撃て」
 アングマール軍は巨大石弓があるとは予想していなかったようで、石をぶつけるだけで箱車の装甲は簡単に破壊できた。装甲を壊せばあとは矢で雨あられ。三台まで壊したところでアングマール軍は退却してくれた。
    「次の対策は済んでる?」
    「指示通りに」
 さらに一週間後にアングマール軍は攻め寄せてきた。箱車はシャウスの道を通る関係で小型だけど、装甲は強化され、石では十分な損害を与えられない感じ。アングマール軍の箱車は次々にイスヘデの野に侵入して砦の防御線に進んで来たのよ。
    「かなりの重量級ね。大型鏃を使え」
 これもエレギオン包囲戦の最中に、強化されたアングマール軍の動く塔や埋め立て車を破壊するために開発されたもの。
    『グサッ』
 あちゃ、突き刺さるだけか。ありゃ、改良型の最終バージョンぐらいやな。でも、あのタイプは重いから、
    『ズドン』
 これはエレギオンのお家芸の落とし穴。人が通ったぐらいじゃビクともしないけど、重量級が通ると落ちる仕組み。あの重さの箱車が落ちると引き上げようがなくなるから、箱車から逃げ出したアングマール兵に矢の御馳走をタップリと。
    「次座の女神様、燃やしますか」
    「もったいないから回収する」
 アングマール軍が退却した後に箱車を回収した。木材の回収のためなんだけど、傷みの少ないのを一台選んで修理して保管しておくように指示しといた。

 イスヘデの攻防戦はこれで一段落しそうだったから、ハマに戻ってみた。で、見たらビックリした。土塁がドンドン高くなってて、高い所では十メートルぐらいはありそう。これも予定通りだけど、城門付近だけではなく、ハマをぐるっと囲むような包囲網が六割がた完成してた。それを見て回ったコトリは、

    「マシュダ将軍、後は作戦通りに任せた。予定通り、第一・第四軍団を率いてエレギオンに戻る」
    「かしこまりました」
 エレギオンには水路で戻ったけどラクチンやった。ユッキーは、
    「どう」
    「リューオン郊外にマハム将軍が出てきたのは意外やったけど、他は、ほぼ作戦通りになってる」
    「マハム将軍に何されたの?」
    「牝馬の計」
 内容を聞いてユッキーは笑い転げてたけど、
    「笑いごとやないで、紙一重の勝負やってんから」
    「ゴメンゴメン、それにしても凄いこと思いつくね」
    「ホンマやで」
 ただイスヘデに現れた高原隷属都市兵の様子を聞いて、
    「使うべきね」
    「ちゃんと準備しといた」
    「さすがね」
 コトリは女神のテラスでアングマール軍が高原都市の若者を使い潰し、老人まで矢除けに使ってる状態を話したの。そのためにパリフ上席士官も連れて帰ってた。パリフ上席士官への高原住民の信頼は厚いから、パリフの涙ながらの惨状の報告はインパクトが十分あったわ。夜にユッキーと焼ワイン飲みながら、
    「これで内部工作はまた難しくなったやろ」
    「そうね、第一軍団の連中も協力してくれるだろうし」
 コトリ、パリフ、さらには実際にイスヘデで戦った第一軍団の兵士の話の複合効果で世論工作は上々やった。アングマール憎しにエレギオン人も高原都市移住者も染まってくれたの。
    「コトリ、これ美味しいね」
    「そやろ」
 二人がツマミに食べてるのはイワシの塩漬けをオリーブ・オイルで茹でたもの。
    「でもこれだったら、こっちの方が合うんじゃない」
    「あれっ、いつのまにビールを」
    「四座の女神の祝宴の時に特別に作らせたじゃない。あの後も特別に作らせてるの」
    「じゃあ、毎晩飲んでたの」
    「ううん、コトリが帰って来る日まで我慢してた」
 祝杯にはまだ早すぎるのはわかってる。でもゲラスの敗戦以来、防戦一方で押しまくられていたエレギオンが、反攻の一歩を踏み出したぐらいは言えると思ってる。それといきなり厳しい戦いもあったけど、女神の男たちは誰もまだ死んでないの。それだけでも、祝杯を挙げるのに十分な理由の気がしてた。