ハマのマシュダ将軍は堅実に務めを果たしてくれていた。いや、予想以上の成果かもしれない。一年半以上も囲んでいるうちに土塁の高さは十五メートにもなってたんよ。コトリも見てビックリした。これも驚いたんだけど、マシュダ将軍は陣営を土塁に沿って作らせてた。
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「近すぎないかしら」
「いえ、近いから当たらないのです」
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「それと、ここのところ、ハマからの石弾の数が減っております」
「だろうね」
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「炊煙はどう」
「先月ぐらいから勢いがなくなってる感じがします」
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「兵士はどう」
「明らかに痩せて来ている感じがします」
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「火炎弾は」
「よく燃えてくれました」
コトリはイスヘテのイルクウ将軍のところにも視察に行ったの。ここも断続的にアングマール軍が攻めてきたみたいだけど、しっかり守って撃退してくれてた。コトリがイスヘテに来たのは視察と激励の意味もあったけど、もう一つ重要な使命があったの。
最近になってアングマール軍は交渉の使者を出すようになってるの。イルクウ将軍に交渉の権利はないから、エレギオンに急使が送られてきたの。だから待ってたら数日したらやって来やがった。
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「慈悲深きアングマール王はハマ開城の話し合いをしたいと希望である。口の利ける者がおれば、誰か出でませい」
「恵み深き主女神に代わりて次座の女神が聞いて進ぜる」
「おお、次座の女神か。慈悲深きアングマール王は、平和条約をエレギオンが破棄されたのを遺憾とされておる。事ここに至れば、詮無い事と言えども、せめてハマを守る我が軍の勇士を救いたしと考えておられる・・・」
それとここまでになっても魔王が出て来ないのは、まだ回復が十分やない証拠と見て良いかもしれへん。ここは微妙な駆け引きが必要になるわ。ここからアングマールの使者は連日イスヘテの砦の前に現れ、コトリと交渉になったのよ。とくにもめたのは、開城して出てくるアングマール軍の武装だった。
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「次座の女神よ、これは降伏ではなく開城だ。また捕虜ではなく勇者の帰還だ。携帯武装は武人の誇りにかけて譲れない」
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『ハマの二個軍団は潰す』
寛大に解き放ったら格好が良いけど、そうすりゃ、また軍団組んで攻めて来るやんか。そやから、むしろ自暴自棄になって城外に突撃してくれたら、皆殺し出来て助かるぐらいにも考えてたぐらい。でも兵糧攻めが上手くいき過ぎて、このままじゃ降伏開城にもなりかねへんのよ。
そこで出てきたのが開城交渉。そうなれば、ハマのアングマール軍はイスヘテの野を通りシャウスの道に進まなあかん事になる。コトリもユッキーもその間に罠を仕掛けて戦闘に持ち込み、叩き潰そうと考えとってん。そやから武装開城は、受け入れて良い条件やってんけど渋ったった。日数が過ぎるほどハマのアングマール軍は痩せるからね。散々渋った末に、
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「恵み深き主女神は勇者に武装を許したもう。さらば道の両脇に並んで見送らん」
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「承った。さればハマへの使者を許したまえ」
狙いはハマのアングマール軍が飢えること。これはアングマールも良く知ってるみたいだったから、月日が経つほど交渉で粘れなくなってるの。アングマールの計算でも、ハマの兵糧は既に無くなっていても不思議ないと見ているのが良くわかったの。
ハマが飢えたらマハム将軍は自暴自棄になって城外突撃するかもしれへんし、降伏開城もありうる。どっちもやらなくても、そのうち餓死するしかない状態に追い込んでやったの。アングマールにしても交渉が長引けば長引くほど、低姿勢にならざるを得なくなってるってところ。
ハマのマハム将軍との交渉もノンビリやったった。マハム将軍は当然のようにアングマールの使者の通行の許可を要求したわ。そりゃ、そうでこの開城同意書がホンモノである保証なんてどこにもないんだもの。城外に誘いだして、殲滅する罠に見えても仕方ないし、そうにも見えるようにしてた。
ここでも一か月以上、ダラダラやってたけど、マハム将軍もついに腹を決めざる得なくなったみたい。もう食い物は殆ど残ってないと見て良さそう。そうなれば、武装開城が出来るのなら、それに賭けようと言う気になったみたい。
つうか、そうなるように段取りしたんだけどね。この段階になってコトリはエレギオンの全軍団をハマに呼び寄せた。マハム将軍は手強かったけど、ここで軍団ともどもトドメを刺してやる。そうよ、相手の弱みにトコトン付けこむのが戦争だよ。勝てる時にはガッツリ勝って、あいての戦力を削り取らなきゃいけないの。戦争はスポーツじゃなくて殺し合い。卑怯なんて言葉は辞書のどこにもないの。