アングマール戦記2:大祭

 コトリは朝まで対策をずっと考えてた。結論は断固たる処置を取るべきだと。そこは決まってたけど、問題はアングマール軍の動き。軍団内部まで工作が進行しているのなら、連動してアングマール軍も動く計画を立てているのは間違いないからなの。シンプルには反乱が起ると同時に攻め寄せてエレギオンを落としてしまうぐらい。

 ここで魔王の影響力も考えておかないといけないけど、ハムノン高原にいると考えられる魔王の力はハマへの災厄の呪いを防ぐので手いっぱいと見た。そうでない可能性もあるけど、第一次エレギオン包囲戦でも女神の目に見える範囲までの影響力はなかったから、コトリの計画に支障はないと判断したの。

 ハマのマハム将軍の動静はずっと監視させているけど、目立った動きは今のところはないの。ハムノン高原の情報も入りやすくなってるけど、アングマール軍の動きに変化は見られていないとして良さそう。

 今回の陰謀はある種のクーデター計画だから、実行の時まで動きを相手に察知されないようにするのは当然だけど、軍団の動きの情報まで伏せきれないのよ。もし近いうちにエレギオンで反乱を起こさせるなら、なんらかの名目を立ててハマに軍勢を集める動きを見せるはず。たとえばハマ駐屯軍の交代とか。

 ここはアングマールに計画はあっても、決行時期をもう少し先に設定していると見て良いと判断できるわ。アングマール軍が動いてしまうと話が複雑になるから、ポイントはアングマール軍が動く前に反乱を暴発させ、これを一挙に処分してしまう作戦が必要ね。

 反乱の計画は第四・第五軍団をエレギオン城内で決起させ女神を抑え、同時に城門を抑えアングマール軍を迎え入れる計画と見て間違いない。

 本来の計画はハマにさらなる増援軍を送っておいた上での計画だろうけど、城門を抑えた状態にすればマハム将軍だけでも可能なはず。というか、チャンスがあればマハム将軍が動くのを期待して暴発してもおかしくない。コトリはそれを利用することにする。チャッチャッと朝の祭祀を済ませて、

    「三座の女神、秋の大祭を行うから準備にかかって」
    「えっ、大祭ですか。でも四季の大祭は戦時下で中止になっていますが」
    「平和条約結んだじゃない。ここまでのアングマール戦の戦死者の慰霊祭の形でやるわ。だから、いつものフェステバルはお預けでね」
 三座の女神は準備に入ってくれた。こういう段取りを任せたら右に出るものはいないのよね。上手に人を使うはホンマ。続いてマシュダ将軍とメスヘデ将軍を呼び出して、
    「秋の大祭に伴う警備計画だけど、アングマール軍が動く懸念があるわ」
    「警戒が必要だと存じます」
    「ハマのマハム将軍を牽制しときたいから第一・第二・第三軍団を率いてセラの野で演習をやって欲しいの」
    「その間のエレギオンの警備は?」
    「第四・第五軍団がいるじゃない」
    「でも、最近の噂では・・・」
    「だから・・・」
    「でも、それはかなり危険」
    「次座の女神を信用しなさい」
 アングマール軍に動きはなく大祭の日を迎えたの。マシュダ将軍やメスヘデ将軍はセラの野の大規模演習に出発させた。いつもの大祭ならパレードやったり、コンテストやったり、飲めや歌えの大騒ぎ状態なのだけど、今回は時期だけ大祭で厳粛な慰霊祭仕立て。

 主女神、コトリ、三座の女神は神殿から女官を従えて出発し、新たに立てられたアングマール戦の慰霊塔まで歩いていくの。道の左右には第四・第五軍団を儀仗に立てることにした。和平条約を結んだと言っても戦時状態であるのを思い起こしてもらうため。面白味はないけど今はこれが合ってるわ。この演出を聞いて血相を変えたのがシャラック上席士官。

    「次座の女神様、これでは襲ってくれと言わんばかりのものではありませんか」
    「そうよ、襲わせるの」
    「行列は女官ばかり、襲われたらどうしようもありません」
    「うふふふ、シャラックじゃ伝説ぐらいしか知らないよね。三座の女神に後で聞いてごらん」
 神殿から慰霊塔までは何も起こらず、慰霊塔前で祭祀を五時間ばかり念入りにやった。この祭祀はある意味本気の祭祀だった。ゲラスの野で散ったリュース、セラの野で散ったメイス、さらにイッサやウレ、他にも数えきれないぐらいの犠牲者が出ているのがこのアングマール戦。彼らが命に代えても守りたかったエレギオンを、必ずコトリは守って見せると心に誓っただけじゃなく、祭祀の終りに高らかに宣言した。

 祭祀が終り神殿に戻る途中にやっと動いてくれた。儀仗の列が突然崩れワラワラと兵士が女神の行列を取り囲んだの。これだけ隙を見せてやれば動くよね。もっと早いかと思ってたぐらい。

    「女神たちよ。大人しくしてもらおう」
    「やだ」
 一網打尽だった。すべて金縛りで辛うじて呼吸だけ出来る状態にしてやった。
    「恵みの主女神への狼藉は許されざる大罪。ましてや、今日は慰霊のための聖なる大祭。これを穢す者どもに情状酌量の余地はない」
一呼吸おいて、
    「そちらは永遠に苦しむべし」
 道を開けさせて粛々と神殿に帰ったの。コトリたちが立ち去った後に、反乱を起こした兵士たちが七転八倒してたわ。あれは死ぬより苦しいからね。その頃に打ち合わせ通りに、マシュダ将軍が第二軍団を引き連れて帰って来てくれた。

 セラの野で演習させたのはホントだったけど、演習に参加したのはイルクウ将軍が率いた第一・第三軍団だけで、マシュダ将軍には途中から引き返してもらって城外に待機してもらってたの。

 マシュダ将軍は城門を抑えようとしていた反乱者どもを排除し、シャラックのリストに従って続々と逮捕していった。門も閉じてるから逃げ場所もなく、数日のうちにほぼ根こそぎ逮捕されてた。これらの逮捕者を一堂に集めて、コトリは刑を下した。

    「聖なるエレギオンを邪悪なるアングマールに売り渡さんとするは、許されざる大罪。そちらに弁解の余地はなし」
ここも一呼吸置いて、
    「そちらの恵みは永遠に断たれたり」
 エレギオン人は真っ青になり、高原出身者は何が起ったかわからなかったみたいだけど。これで彼らは解き放たれるの。でもね、この刑を受けると死ぬまで災厄の呪いに祟られ続けるの。

 エレギオンには『永遠に苦しむべし』で悶え苦しんで死ぬ断末魔の声と、『恵みは永遠に断たれたり』でむごたらしい死を迎えるもの姿がさらされ続けた。合計で千人に及ぶ大粛清になった。シャラック上席士官は、

    「女神の真の力とはこれほど」
    「そうよ、エレギオンの女神は祭祀やってるだけじゃないの。女神は神なのよ」
    「でもアングマール王は」
    「あいつも神だから、今回の戦争は大変なのよ」
 内部の動揺工作は常套戦術。対応を誤ると国ごと滅ぶの。こういう時には果断が必要なのは経験でわかってる。コトリの戦術はまず大祭でアングマール軍の凶暴さを民衆に思い起こさせ、厳しい戦いへの決意をもう一度思い起こさせたの。もちろんラーラの話も使ったし、ゲラスでの悲惨な敗戦、女神の男たちがいかに国を思って散って行ったかも思い起こさせた。

 反乱が早くに起っていたら、コトリが鎮圧してから行うつもりだったけど、祭祀が終わった後に動いてくれたから都合が良かったかな。まあ、どっちでも結果は変わらないけど。さて問題はこれから。大粛清は必要だったけど、これを反感に持って行かせないようにしなければならないの。

 これも既に準備してあった。高原都市の悲惨な状況を広く知らせ、反乱者が目指したアングマールとの平和共存など夢のまた夢であること。そんな者は愚か者の夢に過ぎないことを周知させた。これも、準備していた工作員を使って広めさせた。反応は期待通りに、

    「あの微笑む女神があそこまでの処置を取らざるを得なかったとは」
 こういう感じの世論になってくれた。いや、なってくれたのではなく、なるようにコトリは誘導したの。ここまでが大粛清のセットってこと。これが政治であり、戦争の現実なのよねぇ。

 これはユッキーと決めた女神のルールだけど、原則として人相手には神の力は使わないことにしてる。神の力を使うのは神相手のみ。ただし戦争は例外、とくにアングマール戦は神の魔王が相手だから容赦なく使うわ。休養中のユッキーの耳にも届いていて、

    「さすがはコトリね」
    「ダラダラ時間はかけられへんし」
    「それにしても本当の大祭やりたいね」
    「何年先だろう」
 粛清後にシャラック上席士官を将軍席に就けた。あの男は使えると見て良さそう。う~ん、コトリも新しい男がそろそろ欲しくなってきた。ユッキーが復帰してくれたら、そろそろ指名しようっと。忙しかったけど、目は付けてるんだ、えへへへ。