マシュダ将軍の死はショックだったけど、あの時に、
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「私はエレギオンが勝つと信じて疑っておりません。エレギオンには微笑む女神様がおられ、知恵の女神様がおられます。今や歌にしか残されていない、平和な時代のエレギオンをが必ず戻ってくると信じております。私も見たかった」
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『次座の女神様、お目覚め下さい』
『イヤだ、眠い』
『祭祀は女神の欠かすことの出来ないお勤めです』
『今日は体調悪いから欠席』
『いえ、ビールの飲み過ぎは理由になりません』
今は朝夕の祭祀も短い。それこそ十五分ぐらいで終わっちゃうし、五女神がそろうことも少なくなってる。みんな忙しいから。さらに祭祀自体もしばしば中止になっちゃう。大祭も様変わりしてひたすら慰霊祭の簡素なもの。その代わりに、戦勝や大手柄を挙げた者への凱旋式が華やかに行われてる。
今のエレギオン人にとって祭とは凱旋式か、慰霊祭であり、コンテストやパレード、歌や踊りが繰り広げられた春秋の大祭は、昔話、いや伝説になっちゃってる。あの時代を覚えているのはもう四女神のみ。あの時に帰りたい。
コトリとユッキーの関係も良く聞かれる。よほど不思議に見えるらしいの。エレギオンは本物の女神による神政政治。そう言えば特殊そうだけど、実質的に女神による独裁政治なのよ。そのトップが首座の女神であるユッキーで、ぶっちゃけた話、ユッキーによる独裁政治みたいなもの。
大臣たちが集まった会議でも、ユッキーの意見に異議を唱えるには相当な覚悟と勇気が必要、まあ、知識にしても経験にしても並の人じゃ足元にも及ばないから、小理屈とか、人程度が持ってる過去の経験じゃ、そもそも議論にもならないの。あの怖い顔の一睨みで誰も意見が出来なくなっちゃうぐらい。
そんなユッキーに唯一、平気な顔で反論できて、ぶぅ垂れることが出来るのがコトリ。それこそ神殿ぶち壊すぐらいの大喧嘩さえやらかすからね。独裁者にとって目障りのはずだから、コトリみたいな存在は本来成立しないのだけど、平然と成立しているのがエレギオン。これが人には不思議に見えて仕方がないみたいなの。
アングマールから見てもそうみたいで、密かに内応の誘いが何度も来てた。要はユッキーを排除し、コトリ独裁のエレギオンにするのに協力するからどうだって。アングマール側の手の込んでいるところは、コトリが同意しないと見るや、そういう工作にコトリが反応している噂までばらまくのよ。でも、そこまでされても、
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「やっぱり来てたの、コトリ」
「そうなのよ、わかってないね」
「ホント」
ユッキーとコトリの違いは色々あるけど、最大の違いは主女神への忠誠心。そりゃ、コトリだってあるけど、ユッキーとなると桁違いなのよ。そして、このエレギオンはアラッタから脱出した主女神が、何をどう感じたか知らいけど選んだ地。
コトリとユッキーは、初代主女神が死に際して次代以降の主女神を守り、エレギオンを栄えさせるように託された者なんだけど、ユッキーは初代主女神からの命を至上の絶対として疑いすらしないところがあるのよ。
コトリだってそうだと言いたいけど、ユッキーとの温度差はかなりあるのは間違いない。この辺は、エレギオン建国時の民はアラッタの遺民であり、ユッキーもまたアラッタ人だからだと思ってる。コトリはそうじゃなくて、アラッタに連れて来られて売り飛ばされた女奴隷だからね。女官時代もさんざんよそ者扱いされたし。
たぶんだけど、コトリがエレギオンにかけてる情熱は、エレギオンやエレギオン人のためと言うより、ユッキーのためだと思ってる。ユッキーがエレギオンを守りたいなら、それを助けるのがコトリの使命みたいなものかな。
でも、エレギオンに来てから千六百年近く経ってイヤになって来てる。政治ってメンドクサイのよ。人ってね、常に不満を持つ生き物だと痛感してる。長期的に良かれと思ってやってる事も、目の前が苦しければすぐに不満が広がるし、ある時に歓呼の声をあげて喜んでくれても、すぐに不平不満のタネを見つけてブツブツ言いだすのよね。
政治って、そういう不平や不満を抑えたり、宥めたり、逸らしたりしながら、常に成果を求められるぐらいにコトリは思ってる。ホント、ユッキーは良くやってると思ってる。でもコトリは何のためにやってるんだろうの違和感がだんだん強くなってる。とくにこのアングマール戦が始まってからはそう思ってる。
そりゃ、アングマールに負けようものなら、良くて隷属都市として苦しみ抜き、悪けりゃ、あれだけの損害を与えてるから皆殺しにされても不思議ないもの。女はすべて魔王のエロ処刑の餌食になるのも確実。そうなりたくないから戦ってるんだけど、
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「ユッキーさぁ、初代の主女神はエンメルカルが来た時に逃げちゃったじゃない」
「そうだったね」
「魔王はエンメルカルさえ凌ぐかもしれない強大な神だよ。逃げたってイイんじゃない」
アカイオイの人間もボチボチ進出してるみたいだけど、エレギオンもそっちに引っ越したらどうかと真剣に考えてるの。だってさ、アングマール戦はあまりにも不毛すぎるもの。ハマは住民ごと滅んじゃったし、ハムノン高原都市も荒廃は著しいのよねぇ。そんな廃虚の都市の奪い合いして、取り返したところでどうなるって言うの。アングマールに勝った頃に残されるのは墓標の山と荒れ果てた土地しか残っていないとしか思えないのよ。
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「コトリが言いたいことはわかるけど、戦争は移住しても起るよ」
「そりゃ、そうだけど、魔王みたいなのがいなけりゃ、かつてのエレギオン通商同盟みたいな状態に出来ると思うのよ。魔王みたいな奴さえいなければ、二人で本気出せば、負ける相手なんていないじゃないの」
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「そうはいかないと思うの。ここまで女神稼業やっててわかった事だけど、神は己を凌ぐものを許さないでイイと思うの」
「それは武神の話じゃない」
「ううん、女神だってそうの気がする」
「ユッキーとは仲イイじゃない」
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「コトリには感謝してる。コトリほどの力を持つ神が協力してくれているのは奇跡に等しいんじゃないかと思ってる。だからここまでエレギオンは続いてきたし、魔王の襲来にも耐えて来られたと思ってる。わたし一人じゃ、絶対に無理だった」
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「わかるでしょ」
「そうなんだけど・・・」
コトリとユッキーで挑戦して来る神を片付けてるけど、その中で最大最強の神があの魔王と言えない事はないのよ。見方によってはエレギオンの栄えが魔王を呼び込んだとも言えるぐらい。
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「新天地でも別の魔王が来るわ。それなら、ここで戦って勝つ方が良いと思ってるの」
「でも魔王に勝っても、次の魔王が来るかもしれないじゃない」
「それが神たるものの宿命と思ってる」
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「神って、まだまだいるのかな」
「それはわからない。魔王が最後かもしれないし、魔王以上の神がいるかもしれない」
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「コトリは前に言ってたよね。アングマール戦は国と国との戦いでもあるけど、神と神との対決でもあると。神と戦えるのは神だけであり、神と戦うためには、神に従ってる人の軍隊を滅ぼさないとならないって。今の戦いは、その通りに進んでるよ」
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「コトリ、わたしは最後まで戦い抜くつもり。でもね、コトリが逃げたいなら、わたしも逃げる。一人じゃ魔王に勝てないから。だからコトリが決めた方に従うわ」
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「女神に平穏はないの」
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「あるよ、他の神が死に絶え、わたしとコトリが生き残った時」
「いつの話よ」
「ずっと先、でもかすかに見える気がする」
「えっ、見えるって事は魔王に勝てるの」
「そう思いたい」