アングマール戦記2:戦術会議

 ハムノン高原は東北から南西にかけて北側にキボン川、南側にペラト川が流れ、マウサルムのあたりで合流してシャウスに向かいラウスの大瀑布に至るってなってる。シャウスはキボン川の北岸にあるんだけど、ここを起点に女神街道が伸びてる。

 女神街道は通商同盟が繁栄していた時代に女神の行幸のために整備されたんだけど、同時に交通路であり、通商路でもあり軍用道路でもあるの。今でも女神街道を基本に高原都市間は動く感じで良いと思う。

 シャウスからの女神街道はまずザラスに向かうの。そこで二つに分かれ、一つはキボン川の北岸をゼロンに進み、さらに北上してキボン川を渡りクラナリスに至るってところ。もう一本はザラスからキボン川を渡ってマウサルムに進む道。

 マウサルムからも二つに分かれ、一つは真っ直ぐにクラナリスに進む道、ちなみにこの途中にゲラスの野あるの。もう一本はマウサルムからペラト川を渡り、ペラト川南岸をレッサウに向かう道。レッサウからパライアを経てラウレリアに至るの。ラウレリアでも道は分かれ、東に進めイートス、西に向かえばペラト川を渡ってクラナリスに至るってところ。

 クラナリスからは山岳部に入るのだけど、カレムを経てモスランに着くわ。モスランからウノスに至る道が女神街道の終点だけど、女神街道とは別に北に向かえばズダン峠になるの。ウノスからイートスに抜けられる道もあるけどかなりの険路で、山岳都市と高原都市を結ぶ道はクラナリスとカレムをつなぐ女神街道だけとしてイイぐらい。

    「コトリ、シャウスから次に進むのはザラスになるんだけど、都市攻略戦は厄介ね」
    「そうやねん。攻城兵器の製作が出来へんようになってるから、梯子をかけての力攻めをやらなあかん。それにザラスに手をかけたらマウサルムのアングマール軍は必ず動くだろうし」
 ザラスのアングマール軍は二個軍団程度はおり、これを力攻めするだけでもどれだけの損害がでるかわからないし、それだけの損害を出しても落ちない可能性もあるのよね。
    「メッサ橋は健在なの」
    「そうなのよ」
 メッサ橋とはザラスとマウサルムを結ぶ女神街道がキボン川を越える時に使う橋。立派な石橋で幅だって二十メートルぐらいあるの。女神街道にもいくつか橋を架けたけど、その中でも一番立派な橋。これが、今でも健在なのよね。従ってマウサルムのアングマール軍はザラスが攻められると即座に援軍に来れちゃうの。
    「マウサルムから援軍が来たら、ザラスのアングマール軍だって打って出るかもね」
    「まあ大乱戦になるやろな」
 つまりって程じゃないけど、ザラスを攻めるとなるとハマの時のような持久戦による兵糧攻めは使えず、ザラス攻撃用部隊と、マウサルムから来る援軍の迎撃の二面作戦が必要になっちゃうの。そのうえ、兵力的には今で互角、エレギオンに残ってる二個軍団を投入しても、シャウスを空に出来ないから、エレギオン軍が少し多いぐらい。
    「レッサウに陽動部隊を展開するのは」
    「難しいな、キボン川渡るだけでも大変やで」
 シャウスからレッサウに進むにはキボン川を渡らないといけなんだけど、マウサルムでペラト川と合流したキボン川は川幅も広くなり、そのうえ流れが急になってる。もちろん橋はないから、船でも使わないと無理だけど、船でだってあの急流を横切るのは容易じゃないもの。
    「情報作戦本部はどうなの」
    「情勢分析だけしてお手上げ状態」
    「たとえばさぁ、橋を先手を打って抑えてしまうとか無理かしら」
    「もう読まれてるわ。シャウスの攻略を失敗した後は一個軍団ぐらい貼り付けてるみたいや」
    「やっぱり」
 アングマールによるシャウス奪還戦を阻止した後から、動くべきだの基本方針こそ決まったものの。具体的な戦術はこのありさま。ザラスに動いたら大火傷確実みたいな情勢に頭を悩ませてるの。
    「コトリ、ザラスをキッチリ囲んで封じ込んでからマウサルムの敵軍と決戦ってのは」
    「難しいわ。手早くキッチリ囲むのに木柵使われへんやんか。そうなると土塁やけど、あれは時間がかかるやん。ザラスの敵軍かって、マウサルムからすぐに援軍が駆けつけるってわかってるから、積極的に妨害作戦に出てくるで」
    「そんなところにマウサルムからの援軍じゃ」
    「そういうこと、工事中に挟み撃ち状態にされてまうんよ」
 ちなみに二人が話しているのはシャウス。エレギオンの留守は四座と三座の女神に任せてる。ザラス戦には魔王が出てくる可能性が高いので、せめて二人で対抗しようって算段。
    「コトリ、知恵を絞って。こういう時に知恵の女神の力が必要なのよ」
    「そんなもん、次から次に湧いてきたら苦労せえへんわ」
 ただユッキーの意図だけはわかるんよね。ここは話をシンプルにすると、シャウスは高原への扉みたいな都市だけど、シャウスはザラスに抑え込まれるような位置にあるのよね。アングマールもシャウスを失ったのは大きいと思うけど、ザラスを抑えている限り、エレギオン軍は高原に広く展開できないの。

 ここで仮にザラスを奪うと、ゼロンとマウサルムへの道が開けるだけの価値じゃないの。これはキボン川の流れの問題になるけど、ザラスから上流になるほど渡河点は増えるの。つまりザラスの代わりにゼロンに有力部隊を送り込んでも、キボン川を渡ってクラナリスを脅かされちゃうの。

 アングマール本国とハムノン高原を結ぶのはズダン峠だけど、この道は実質的にクラナリスにしか通じてないの。アングマール側から見ると、クラナリスをエレギオンに抑えられるってのは、退路も補給路も断たれてしまう事になるのよ。

 つまりエレギオンにザラスを取られると、クラナリスへの攻撃はいつでも可能になり、クラナリスに本拠を置いての作戦にならざるを得なくなるって感じかな。マウサルムも含めて高原南西部を放棄してもおかしくないぐらい。

    「全軍を呼び寄せての力攻めしかないの」
    「う~ん、基本はそうせざるを得ないだろうけど、何か一捻りしないと損害だけ出て終ってまうで」
    「でしょ、でしょ、だったら何か考えだしてよ」
 実は一つ案だけはあるんよ。ただリスクがムチャクチャ高いのと、この時点でそれを行うかどうかがあるのよね。でも出し惜しみしたって仕方がないし、
    「ユッキー、一つだけあるのはある」
    「さすが知恵の女神ね、で、どうするの」
    「クラナリスを脅かす。そうすればマウサルムのアングマール軍の一部はクラナリスに向かわざるを得なくなり、ザラスでの決戦兵力が減る」
    「そりゃ、クラナリスが脅かされたら、そうするだろうけど。どうやってクラナリスに軍勢を向かわせるの」
    「セトロンの崖を攀じ登る」
 コトリの希望的観測部分も多いんだけど、高原都市はアングマールの長年の暴政で疲弊し尽くしてると見て良いと思ってる。住民の数だって激減してるだろうし、生き残ってる人に反乱とか暴動を起こす気力もないぐらいに。そんな気力のあった連中はエレギオンの大城壁の前で死んだか、これまでの暴動で殺し尽くされてるはず。

 そんな都市群だから、アングマールもクラナリスなどにさしたる兵力は置いていないと見て良いわ。その傍証がザラスとマウサルムのアングマール軍の兵力。あれは前方に目一杯展開している代わりに後ろがお留守の布陣。小兵力でも送り込めば、クラナリス占領だって夢じゃない。

    「でもコトリ、たとえ思惑通り進んでも、クラナリスにアングマール軍が来たら支えきれないよ」
    「そこなんだけど、全滅するまで戦って、たとえ一日、二日でも持ちこたえてくれたらザラスの戦況は有利に展開するはず」
    「ちょっとコトリ、それじゃ完全な捨て石じゃない」
    「これは原案で、修正案はアングマール軍が北上してきたらトットと逃げる」
    「それじゃ、マウサルムに戻って来るじゃない」
    「いや戻らないと読みたい」
 ユッキーが『あっ』て顔してた。
    「そっか、一度脅かしたら、アングマールは有力な常駐軍を置くはずって読みね」
    「そういうこと、もし有力部隊を置かないようだったら、今度はイートスを脅かす」
    「なるほど! イートスからウノス、さらにはモスランへのルートの可能性を見せる訳ね」
 コトリの案を下に作戦は練られたの。まずはザラスの敵軍が暴れると厄介だから、これにはシャラックに指揮させて二個軍団を投入することにした。さらになけなしの木材を投入してザラス戦のために木柵も使うことにした。
    「シャラック、相手も二個軍団だけど、守りに徹してね。ザラスの二個軍団をどんな手を使っても封じ込めるのがあなたの仕事よ」
 続いてパルルを呼び寄せた。
    「パルル、とくにラウレリア、クラナリス方面の地理に詳しい者で選抜部隊を組んでちょうだい」
    「はい、どの程度の規模ですか」
    「二個大隊で良いわ」
 さらに崖登りの訓練もさせて、作戦の要諦を授けといた。
    「完全な奇襲で落としたいから、夜明けの開門と共に乱入して。敵軍を制圧したら、資材の集積所があるはずだから燃やしちゃって。燃えたらすぐに撤収よ。もたもたしてたら、皆殺しにされると覚悟なさい」