アングマール戦記2:果てしなき消耗戦

 エレギオン軍の前線はザラスに進み、ここに四個軍団を置きシャラックに指揮させた。またシャウスにも一個軍団をおき後詰にした。シャウスは常識的にはザラスを落とさないと進めないんだけど、レッサウ方面からキボン川の渡河攻撃の危険があるからね。アングマールにとってクラナリスが喉首なら、エレギオンはシャウスがそうだから油断は禁物ってところ。

 メッサ橋の一戦で魔王指揮の直属軍を撃退したから、ゼロンなりマウサルムに進みたいところやけど、派手な決戦やったもんで補充に大わらわってところなの。決戦準備もアングマール戦の初期の頃から見ると大がかりになってる。

 コトリがゲラスで魔王に粉砕された頃は、投槍だって兵が自前で調達してたから、三本ぐらいやったし。弓隊だって矢は自前だったから三十本ぐらいしか持ってなかったのよ。それを投げつくして、撃ち尽くしたら散兵部隊の飛び道具はオシマイって感じ。アングマールも似たようなもんやった。

 これもコトリがベッサスで、大量に運び込む戦術を導入したもんやから、アングマールもすぐに真似してきた。お蔭で合戦やってる間中、投槍も矢もビュンビュン飛び交う状況になっちゃってる。

 火炎弾を初めて使ったのはハマ奪還戦だけど、シャウスの道の攻防戦ではアングマールも大々的に導入してきた。メッサ橋の時にはまさかアングマールは持ってきていないと思ったら甘かった。あの猿まね魔王の野郎はしっかり撃ち返して来やがった。これからの野外決戦でも欠かすことは出来へんようになったと思たもの。

 投槍や矢も作るとなると木材要るんやけど、この調達にも難儀し始めてる。そやからメッサ橋の後では、撃った矢を可能な限り拾わせて回収してる。これはアングマールも同じらしくて、メッサ橋を挟んで両軍が投槍や矢の回収をやってるのは妙な風景やった。そうやって回収しても、足りる訳じゃないし、その修理も必要やねん。

 火炎弾も調達するのは大変。エレギオンではイワシから取った魚油をメインに使ってたけど、一回戦えば大量使用やから、エレギオンの夜の明かりはめっきり乏しくなってるねん。軍事用にゴッソリ持って行かれた残りが市場に回るんやけど、そりゃ高いもんだから、今じゃエレギオンでは日が暮れたら寝るって習慣になってる。

 火炎弾は油の調達も大変やねんけど、壺の調達も大変。シャウスの道の頃はハマの廃虚から集めたりもしてたけど、火炎弾の油壷って一回使ったら割れてしまいやから、作って調達せにゃならんのよ。

 壺を作るには粘土を固めて乾燥させて焼くんやけど、焼く時に薪がいるのよね。それもかなりいるのよこれが。そやから、アカイオイからも輸入せざるを得なくなってる。質は低くてもエエんやけど、戦いになったら数要るから調達に難儀してる。でも、無しってわけにいかへんようになってる。

    「ユッキー、木はどうなってる」
    「薪がボチボチ拾える程度」
ユッキーも頑張って植林やってくれてるけど、森林の再生には時間がかかるわ。十七年経ってもこの程度やねん。
    「コトリ、次はいつ動ける」
    「目途たたへんわ。投槍も矢も十分とは言えへんし、弓や石弓の補充も大変なんよ。火炎弾なんてそりゃ」
    「楯もそうよねぇ」
 つくづく思てんけど、新兵器による新戦術は効果的やねん。ただ両方ともすぐマネできるやんか。マネしてもたら、新兵器をもつ有利さがなくなって、持たへん不利さが出てまうのよ。そうなると調達せんと負けることになるから、必死になって作るんやけど、とにかくやってるのが戦争やから、使たらしまいで減ってくだけの気しかせえへんねん。

 エレギオンの街でさえ、若い男が減って来てるんよね。軍団兵に高原移住者をあて、エレギオン人は産業従事の方針やってんけど、兵が足りへんのよ。そやからエレギオン人も兵にかなり動員せざるを得なくなってる。若い男はみんな戦場に駆り出されてる感じ。

    「ユッキー、アングマール戦が始まって何年になったっけ?」
    「えっと、セカの時だけで三十年でしょ。そこからズダン要塞時代まで十年あって、リメラの乱で突破されるまで三十年だから魔王がハムノン高原に侵入して来るまでだけで七十年ってとこね」
    「そこからゲラスでコトリが惨敗して、魔王の宿主代わりがあって再侵攻までが五年で、第一次エレギオン包囲戦までが三年やったよな」
    「三次に渡る包囲戦が五年で、和平条約を結ぶまでも五年。そこから五年間の休戦状態があって、ハマ奪還に二年、シャウス奪還に十年だから、今年を入れて百四年じゃない」
    「ざっと百年か、コトリやユッキーにしても長いね」
    「そうねぇ、そのうえにまだまだ終わりそうにないものね」
 ユッキーがため息をつきながら、
    「わたしは平和な国を作りたかったのよ」
    「通商同盟時代みたいな?」
    「そう、あのときに夢が叶ったと思ったぐらい。通商同盟作るまでも血はたくさん流したけど、やっとつかんだ平和と繁栄と思ったし、絶対に守る自信もあったの」
    「コトリもあの頃の夢を見る事あるよ。良い時代った。戦略や戦術を考えるんじゃなくて、春秋の大祭のプロデュースを考えるのが一年の大仕事だったもの」
    「中止になった最後の秋の大祭のコンテストの対象商品を覚えてる?」
    「忘れるもんかいな。審査のためにどれだけビール飲んだことか」
 そこでしばらく沈黙が続き、
    「ユッキーさぁ、神が死に絶えて戦いが無くなる日が見えたって言ってたやん」
    「うん、ボンヤリだし、かすかだけどね」
    「どれぐらい先?」
    「それが見当も付かないの。なんか変な格好してるのよ」
    「で、なにしてる」
    「女神の喧嘩」
    「そんな先でもやってるんだ」
 二人で大笑いして、
    「そうとしか見えないもの。でも、他はサッパリだし途中も見えないの」
    「でもコトリも、ユッキーも生き残ってるってことだよね」
    「そうなる」
    「ユッキーさえいれば安心」
    「コトリが見えたから安心した」
    「今日は戦争忘れて飲もうよ」
    「コトリがそうしたければ、そうしましょ」