アングマール戦記2:決行

 シャウスへの乗り込み作戦は軍団の交代期合わせて行われたの。シャウスの道も当初は二個軍団配置してたけど、土嚢作戦が始まってから一個軍団に減らしてた。あんな狭いところに何千人も投入したって無駄だものね。

 シャラックの率いた軍勢は特別編成だったの。乗り込み後は白兵戦になる可能性が高いし、乗り込んでから何が起るかわからないから、六個軍団から選り抜きの兵士で編成してる。

 決行日は新月の日。事実上、土地勘がないようなところだったから、有利か不利か微妙だったけど、シャラックはこの日を選んだわ。

    「シャラック将軍、御案内します」
 ボクも何度か下見に来てるけど、とにかく狭い。構造として梯子を登って行くのですが、狭い登り道を抜けると気持ち広めの横穴があって、そこから再び登るって感じです。照明も横穴部分にはありますが、竪穴部分にはありません。
    「暗いですが我慢して下さい。火事対策で照明は必要部分だけに限定してあります」
 何度も登った末に、少し広めの横穴に到着しました。
    「この上がシャウスです」
 横穴の一番奥には掘りかけの竪穴があり、ここを掘り抜くとシャウスに出るとなっています。横穴の大きさからすると、一個小隊程度が入るのがやっとぐらいです。
    「では、頼む」
    「かしこまりました」
 ガリガリと土を削る作業が一時間ばかり続き、
    「空きます、照明を消してください」
 ボクは梯子をかけて周囲の様子を窺いました。とりあえず池の底でなくて良かったです。もしそうだったら、ボクもそうですが、ここまで登って来ている軍団兵に大損害が出るところでした。幸いなことに人の気配もなく地上に出てみました。ボクに続いて兵士たちも出てきます。
    「ライム下士官、どこだと思う」
    「これだけではなんとも」
 とくに最初の小隊はシャウス出身者を集めています。かつてのシャウスの街の地図は頭に叩き込んでいますが、まず今の場所が特定しないと動きにくいところがあります。
    「これは一般住居で良さそうです」
 なんとラッキーな。シャウスはアングマール軍に攻められた時に全住民がエルグ平原に避難しています。その多くはハマで亡くなってはいますが、あれ以来、シャウスは都市でなく要塞としてアングマール軍に使われているはずです。つまりは一般人の住居は無人のはずです。

 そこからは訓練通りに進んでいきます。穴からは次々と兵士が上がり、無言で整列していきます。ライム下士官は周囲を探索し、敵の有無と現在の地点の特定を急ぎます。

    「将軍、ここはセイジャス通りで良いかと」
セイジャス通りなら、街の南東部。旧王宮に出るにはサリヤ筋に出て北上すれば良いはず。
    「敵は」
    「サリヤ筋を北に上がったところに篝火が見えます」
    「よし、伝言。ここはセイジャス通り、各部隊は予定の行動に移れ」
 新月の夜襲のメリットは身を隠すには良いですが、デメリットは周囲の様子を知るのに困ります。そこで部隊にはシャウスに出た地点によってどう行動するか決めてあります。ある程度多方面に出現して軍勢を多く見せ、敵をかく乱し動揺させようとするのが狙いです。穴から上がってきた兵士たちは無言で定められた地点に移動していきます。
ボクは一個大隊を率いて見えていた篝火地点を襲います。ここを叩いて敵の本営があると予想してる旧王宮を目指します。アングマールの寝ずの番の歩哨が三人ばかりいましたが一瞬で討ち取ります。
    「急げ」
 武装はあえて軽歩兵仕様にしています。重装歩兵では機動性に欠けるとの判断です。走るうちに大きな篝火を燃やしている旧王宮が見えてきます。やはり敵は旧王宮を使用していたで良さそうです。
    「突撃」
 玄関を駆け上がり、門を押し開けて王宮内に乱入です。警備兵もいましたが、次々に討ち取って奥に進んでいきます。旧王宮内からバラバラと敵が出てきますが、これも討ち取っていきます。その頃には二つ目の大隊も旧王宮内に乱入しています。
    「ラッパ手」
 ラッパ手が突撃のメロディーを吹き鳴らしますが、これは旧王宮襲撃の成功を知らせると同時に、エレギオン軍の襲撃が大規模なものであると思わせるためです。
    「将軍、奥の部屋に」
 駆けつけると二十人ばかりの敵兵が決死の形相で剣を構え、それに守られるように何人かの士官クラス以上の者が逃げようとしているのが見て取れます。
    「エレギオンの貴族にして将軍職を預かるシャラックである。アングマールの将軍とお見受けしたが、剣も交わさず逃げるとは寂しい限り」
    「貴公がエレギオンの将軍か、我こそはアングマール王より将軍を拝命したるラパシュムである。お相手したいがチト取り込み中でな。後日会うのを楽しみにしておく」
 どうもラパシュム将軍の親衛隊らしくさすがに手強い。全部討ち取った頃には見えなくなっています。
    「将軍、これを見て下さい」
    「おお、シャウスの配置図ではないか。おそらくカザン通りにある兵営方面に逃げたのであろう。追うぞ、ラッパ手」
 さっきとは違うメロディーを吹きならします。これもメロディーによって集結場所を決めてあります。集まってきた部隊は五個大隊になり、
    「ここが正念場、一気に蹴散らすぞ」
 カザン通りにある兵営を一挙に覆そうとしましたが、さすがはアングマール軍で、混乱しながらも踏みとどまって戦います。闇夜の乱戦状態に持ち込まれてしまいました。その頃にラパシュム将軍の声が聞こえます。
    「ここで追い散らされたらアングマールの名折れ、皆の者、揮え」
 さすがにアングマール兵は強い。ただエレギオン兵も精鋭部隊ですから、激戦が展開します。ただ時間が経つと押され気味になってきます。最初の頃のアングマール兵はそれこそ剣だけ持って戦っていましたが、後から出て来るのは重装歩兵の装備です。軽歩兵のエレギオン軍では分が悪いってところです。

 配置図には幾つか兵舎が記されていますが、カザン通りの兵舎は重装歩兵第二列のもので良さそうです。そうなると兵舎全体で千五百人はいるはずです。一方でエレギオン軍は全部合わせても十個大隊千人。敵に態勢を立て直されて反撃されたら壊滅させられます。

 さらに一気に覆さないと他の兵舎からの敵の援軍も集まって来ます。この状態で来られると奇襲は失敗になります。その時に駆けつける軍勢がありました、これがアングマール軍ならオシマイだったのですが、味方の三個大隊です。さらにこの部隊は焼き討ち部隊です。敵の薪の集積所を見つけて火をかける手はずだったのですが、結局見つからずこちらに合流してきたようです。

    「火をかけろ」
 敵の兵舎は木造だったので炎上してくれました。敵が動揺しているのがわかります。ここで一気に思ったところに敵の援軍が駆けつけて来ました。もう乱戦状態です。ボクも剣を揮って戦っていましたが、ふと見るとラパシュム将軍の姿が見えます。
    「ラパシュム将軍、良いところで巡りあった。いざ、雌雄を決さん」
    「エレギオンの将軍だったな。刃の錆にしてくれるわ」
 闇夜なのでアングマール軍もエレギオン軍の襲撃部隊の数を把握しきれていないようです。敵は数こそ優勢ですが、不意打ちからここまで受け身、受け身で戦い続け、やっと態勢を盛り返しかけたところだったので、ラパシュム将軍も逃げるのは拙いと判断したようです。

 一気に討ち取ってやろうと切りかかりましたが、ラパシュム将軍は手強い。逆に切り立てられそうな状況に追い込まれます。必死になって剣を揮いましたが、これまた劣勢と認めざるを得ません。

 エレギオン軍も奇襲による優位を徐々に押し返され、逆に包囲されそうな状況です。見る見る損害が増えているのがわかります。ひたすら乱戦ですから、損害は増えて行きますが、損害が増えるほど数で劣勢のエレギオン軍が追い込まれていく感じです。

    「死ね、シャラック」
 ラパシュム将軍の攻撃を辛うじて凌いだ時に、
    『ボゥ』
 兵舎の炎が一段と高くなります。これは後からわかったことですが、敵の火炎弾の集積所にもなっていたようで、これに火の手が回ったためだったようです。天高く昇る炎にラパシュム将軍も一瞬の動揺を見せたその時に、
    「エエィ」
 ボクの渾身の一撃が決まってくれました。
    「エレギオンの将軍シャラック、ラパシュム将軍を討ち取ったり」
 これを喉が裂けるほどの声で怒鳴り上げました。これが奇襲の成否を分けてくれました。さすがのアングマール軍も将軍を失うと崩れ始め、城門に向かって退却していきます。
    「追え、追え」
 これが分かれ目でした。奇襲を受けても良く踏みとどまって戦っていたアングマール軍がついに敗走に移ります。ボクは城門を閉じました。ここは追撃するより、シャウスの確保が優先されます。
    「将軍、シャウスの道の城門も抑えています」
    「よくやった、しっかり閉めておけ」
 激闘は三時間ぐらいだったでしょうか。東の空にはようやく明るみが出始めています。全部隊を一度旧王宮に集め、夜明けを待ちます。明るくなると大隊単位でシャウスに残っているアングマール兵を狩っていきます。

 勝ちました。なんとか勝ちました。それでもあれだけ優位な時点で奇襲を開始しながら、あそこまで盛り返したアングマール軍の底力に驚嘆しています。ボクがラパシュム将軍との一騎打ちで敗れていたら、奇襲部隊は全滅させられていたとしか思えませんでした。

    「第一広場のアングマール軍に降伏勧告」
 背後のシャウスを落とされたシャウスの道のアングマール軍は降伏、直ちにパリフ将軍が軍団を率いてシャウスに入城です。
    「急使、シャラック将軍はシャウスを陥落せしめたり。パリフ将軍は第二・第一広場を占領の上、シャウスに入城せり」
 シャラックやったね。ユッキーは、
    「マシュダ将軍、直ちに三個軍団を率いてシャウスに向かえ」
 エレギオンではエルルが指揮していた工作部隊を凱旋式で迎えた。ここで称えとかないといけないのが政治。ユッキーは、
    「エルルの功績は大なり、一爵を与え上席士官に任じる」
 エレギオンの貴族は爵位給制なんだけど、上から、最高爵、一爵、二爵、三爵、准爵ってなってるけど、最高爵はセカがなって以来いなくなってる。これも目覚めたる主女神時代は永代制だったけど、今は子の代で爵位給が半額になって打ち切りの二代制にコトリが改革してる。貴族なんて無駄飯食いがコトリの持論やってん。貴族改革はユッキーがさらにやって、爵位給を三分の一に減らしちゃってるの。その代り、
    『士官になった者は初代貴族として遇する』
 ユッキーは減らした爵位給を士官給に回しちゃったのよね。だからエレギオンでは、
    『貴族 = 士官』
 こうなっちゃってる。ほんじゃあ、貴族じゃないものが士官になったらどうなるかだけど、准爵並って扱いになるの。平たく言えば一代貴族。ただアングマール戦が長期化するし、とにかく士官の戦死率は高いから三席士官に昇進した時に准爵にしてる。士官の階級と爵位は連動している部分はあるの。世襲貴族の場合は元からの爵位があるけど、平民出身者は、
    見習士官・・・准爵並
    三席士官・・・准爵
    次席士官・・・三爵
    上席士官・・・二爵
    将軍・・・・・・・一爵
 おおよそこんな感じ。エルルは坑道作戦の功績で次席士官から上席士官に昇進したけど、爵位は将軍並みにしているってこと。もちろんそれだけの実績を評価してのものだけど、もう一つの側面にエルルがゼロンの平民出身の叩き上げって点があるの。つまり、高原移住者を重視しているってアピール。

 高原移住者の反乱はコトリが前は鎮圧したけど、やっぱり不満と不平は残ってるのよねぇ。そりゃ、軍団兵の主力は高原移住者だし、工作部隊も高原移住者。常に最前線に立つのは高原移住者であり、死傷率も必然的に高くなってる。

 アングマール戦争はアングマール対エレギオンなんだけど、見ようによっては前線で血を流しているのは高原都市住民ばかりと言えない事ないのよ。だからコトリもユッキーも、

    『高原都市を占領し、高原都市住民を殺しまくるアングマールを倒せ』
 こういう風に世論が流れるようにあれこれやってるの。だって、高原都市移住者が協力してくれなくなったら、アングマール戦は負け決定みたいなものじゃない。そんなこともやらなきゃいけないのが戦争。ヤダ、ヤダ。