アングマール戦記2:坑道作戦

 パリフも苦戦してた。コトリが編み出した焼き討ち戦術も使ってたけど、アングマールもあれこれ防火対策やってたみたい。火炎弾はコトリがハマの時に導入したんだけど、今やアングマール軍も当たり前のように駆使するから、シャウスの道のような狭い所の攻防戦になると、双方とも燃やし合いの様相になってる。

 火炎弾による火攻め合戦でも、エレギオン側は苦戦してる。やはり上から下に打ち下ろす方が有利なのよね。アングマールは第二広場に投石器を持ちこんだみたいで、メクラ撃ちだけど第三広場にも撃ちこんで来てる。もちろん火炎弾だけでなく石も放り込んで来るから大変。

 この第二広場だけど第三広場から割と近いのよ。近いと言うのは直線距離で、道自体はクネクネ曲がって結構距離があるんだけど、直線距離が近いものだから投石器で撃ちこまれちゃうのよね。

 その第二広場の入口だけど、最後のところだけど二百メートルぐらいは見渡せちゃうの。道はクネッてるから全部じゃないけどそれぐらいは見えちゃう感じ。さらに広場への入口は土塁になってるし、広場の入口までにも二ヶ所の土塁を築いてやがる。

 パリフは土塁攻撃やってるけど、まさに奪ったり奪われたり状態。火炎弾がこの狭い道にバカスカ使われるから、土塁を奪っても背後に火炎弾を火の海にされて、奪い返されちゃう感じ。損害も確実に出てる。土塁を高くしたいところだけど、道幅は二メートルぐらいしかないし、左側は断崖。もちろん木柵なんか作れば火炎弾の餌食。とにかく火炎弾の応酬が激しいものだから、

    「ユッキー、油がまたいるよ」
    「アングマールはどうやって調達してるのでしょうね」
    「どうもラードみたいやけど」
 エレギオンが使っているのは主にイワシを茹でて出てきた魚油。幸い豊漁が続いてるから、なんとか間に合ってるけど、エレギオンの夜の照明はかなり規制してる。規制というか、照明用の油が高騰して自然にそうなってるとも言える。
    「パリフは根性で持って上がったわね」
    「でも、お蔭で油の消費量が・・・」
 第二広場からのアングマールの火炎弾攻撃に対抗するために、パリフは苦心惨憺して巨大投石機を第三広場に持って上がったのよ。それも出来るだけ上に向かって投げられるように改造して。完全なメクラ撃ちだったけど、大壺で火炎弾を撃ち返したの。でも、最初の一台はアングマールの火炎弾の直撃を三つも喰らって炎上しちゃい、今度は二台目を持ってあがろうとしている。
    「パリフはなにを考えてる?」
    「これはユッキーと相談せんとあかんねんけど」
 アングマール軍の防火対策はわからないけど、パリフは第三広場に横穴を掘らせたのよ。とにかく石でも当たれば死ぬし、火炎弾が直撃すれば大変なことになるから、避難所ってところかな。長いこと撃ちあいしてると、だんだんに命中精度があがるから、穴は段々と深くなって、今や最前線基地は洞窟暮らしって感じ。
    「敵の土塁の土も横穴の可能性はあるね」
 パリフは道沿いに攻め上がるのは無理と判断したみたい。コトリも何度か見に行ったけど、ありゃ無理としか言いようがあらへんかった。
    「次座の女神様、こちらへ」
 第三広場で案内されたのが横穴洞窟。ここも最初は浅かったけど、今じゃ結構な広さと奥行きになってる。パリフと話をしている間にも第二広場から断続的に、
    『ドスン、ドスン』
 石が降ってくる音が聞こえる大変なところ。そのために第三広場に登る道の途中から洞窟までのトンネルまで掘られてる。
    「巨大投石機を持って上がるのはあきらめたの」
    「あれはもう無理です」
 アングマール軍は第二広場からぶら下げるような形の偵察所を作り、そこからの情報で弾着修正やってるの。
    「巨大石弓で破壊できないの」
    「なにぶん距離が」
 下から上へ打ち上げるのはとにかく不利なのよね。それと狙うなら第三広場から撃たないといけないんだけど。
    『ドスン、ドスン』
 石の雨は降るし、巨大石弓なんか置こうものなら火炎弾も降って来るから壊されちゃうのが一つと。
    「壊しても距離感はつかんでしまってるようです」
 あるより無い方がマシだけど、壊すためには巨大石弓を分解して持って上がらないといいけないし、壊したって新たな偵察所を作られるのもありそう。こりゃ、どうしようもないとコトリでも思っちゃった。
    「なんか考えてる?」
    「はい、是非相談に乗ってもらいたいことが・・・」
 パリフが考えてるのは坑道作戦。道は火炎弾の応酬で膠着状態もエエとこやし、敵の投石器のお蔭で前進拠点の第三広場も使えなくなってるから、この洞窟をさらに掘り進めて第二広場につなげてしまおうという作戦やった。
    「坑道作戦は手間がかかりますが、直線距離にしたら五十メートルほどのはずです」
 この時にコトリは閃いたの。第三広場はだいたいで言えば高さにして百メートル越えたぐらいだから、シャウスまでだって直線距離にしたら百五十メートルぐらいじゃないのって。まっすぐって訳にはいかないから、二百メートルか三百メートルぐらい掘らなあかんかもしれへんけど、それでもそれぐらいでシャウスに到着可能じゃない。
    「パリフ、掘るんだったら、シャウスまで掘っちゃおう」
    「なるほど、でもそこまでになると準備がかなり必要になります」
    「本国で準備を整えさせるから・・・」
 エレギオンに帰って情報作戦本部に立案させた。ユッキーとの相談の場面に戻るんやけど、
    「コトリ、いきなりシャウスまで」
 シャウスへの坑道作戦はコトリも前から考えとったけど、第一広場まで登れてからにしようと思ってた。ほいでも第二広場の突破は容易じゃなさそうやんか。だからパリフも第二広場までの坑道作戦を思いついたんやけど。
    「いきなりシャウスやから効果があるんよ」
 アングマール戦は一度使った戦術は相手にすぐ対応されてまうのよ。こっちだって対応してるけどね。坑道作戦も一度使うと対策されてまうのよね。第一広場からの坑道作戦で悩んどったんは、坑道からシャウスに乗り込んだだけじゃ、撃退される可能性があるんよ。そりゃ、坑道から順番に飛び出したところで囲まれたら皆殺しやんか。
    「ユッキー、第三広場から掘って行ったら完全な奇襲になると思うねん」
    「なるほど。アングマールだっていきなりシャウスに乗り込まれるとは予想してないだろうしね」
    「そうなんよ、敵だってシャウスの道にしか注目してないと思うねんよ。そのためには・・・」
 情報作戦本部も同じ観点から作戦を考えとった。要はいかに穴を掘ってるのをバレないようにするかやってん。
    「でも、それだけの穴を掘るとなると大量の木材が必要になるわ」
    「それやねんけど、巨大投石機の土台と城壁の上に作っている屋根を解体して調達する」
 巨大投石機の土台って十五メートルぐらいあって、そこには大量の木材が使われてるのよね。さらにアングマールの三十メートル級の攻城塔に対抗するために、ユッキーが作らせた城壁の上の屋根にも大量の木材が使われてるの。あれも解体すればかなりの木材が調達されるはず。
    「コトリも思い切ったね」
    「どれかを見切らにゃ、しゃあないやん」
 情報作戦本部の案は資材の運び込みをいかに隠すか、さらに掘った土をいかにバレないように処理するかも検討してた。
    「だから第三広場の洞窟からここまでトンネル掘るのね」
    「コトリも見て来たけど、第三広場より下は、第二広場からはまず見えへんからね。これはパリフに掘らせ始めてる。そこから崖に捨てたら気づかれへんと思う」
 ここでコトリの最後の秘策をユッキーと相談してんよ。
    「穴掘りのプロを動員したいねん」
    「プロって銅や鉄、石炭掘ってる坑夫のこと」
    「そうやねん。軍団兵は陽動攻撃に使いたいから」
    「いいわよ」
 アングマール戦が始まってから、とくに軍需に必要な熟練職人は軍団兵には出来るだけしないようにしてるの。軍団兵の数欲しさに熟練職人を失っちゃったら、そっちの補充の方が余程大変になるからね。坑夫もその扱いやってんけど、シャウス攻略のためには動員せざるを得ないのよ。でもこれにはユッキーの許可が必要やってん。
    「でも全員はダメよ」
    「わかってるって。これは四座の女神とエルルに担当してもらう」
 コトリの構想は工作部隊を作ることやってん。これだけ戦争の技術レベルが上がってくると、坑道だけやなく、野戦築城とか、橋架けたりとか、都市の城壁整備に専門の部隊があった方がエエと思うのよ。
    「また高原移住者」
    「他におらへんし」
 四座の女神とエルルはベテラン坑夫を指導者にして穴掘り訓練させていた。さすがは四座の女神で半年ほどで、
    「とりあえず穴掘りなら役に立つレベルになってくれています」
 半年の間にパリフは第三広場から第四広場への途中までのトンネルを開通してくれたし、木材も少しづつイスヘテ砦からさらに第五・第四広場まで運びこんでた。

 そうそう、前線がシャウスの道に移ってから、世論工作はこまめに行ってる。現在の状況じゃ、高原移住者を前線に導入せざるを得ないから、彼らにいかに不満を抱かせないかも重要な仕事やねん。今回もエルルを使った理由もその一つ。

    「コトリ、エルルは工作部隊の指揮官だから次席士官に昇格ね」
    「ユッキー、そこやねんけど上席士官にしてもた方がエエんちゃうやろか」
    「わかるけど、ステップがいるし」
    「二階級特進には理由がいるもんな」
 これもその一環。士官は見習い士官から始まるんだけど、これが下士官相当、つまりは十人小隊長クラスやねん。三席士官となると百人大隊長クラスになり、次席士官となると戦列長相当になるねんよ。上席士官となると軍団長相当。

 戦列長は一戦列の十五個大隊を預かるぐらいのものやけど、弓隊や石弓隊、軽歩兵部隊、騎馬隊の指揮官も次席士官になるのよね。工作部隊の指揮官のエルルを上席士官にするか次席士官にするかは、工作部隊の格をどのあたりに位置づけるかのお話なの。

    「長期の全面戦争はキツイわ」
    「でも、それに耐え抜かなきゃ、わたしもコトリも魔王の御馳走よ。下手すりゃ、エレギオンの女すべてが魔王の餌食になっちゃうんだから」