アングマール戦記2:メッサ橋の戦い

 打ち合わせ通り、シャラックはザラスにコトリはマウサルムに渡るメッサ橋を目指した。出来得ればマウサルムからの援軍が来る前にメッサ橋にいると見られる一個軍団を少しでも叩き潰しておきたかったの。

 メッサ橋に向かいながら、アングマール軍の動きを考えてた。考えられるのは二つで、一つは橋の前で陣を敷いて待ち受ける。もう一つは、橋を渡ってマウサルム側で待ち受ける。手前で待っていてくれたらそのまま決戦に雪崩れ込めるけど、橋の向こうならどうするかなの。

 安全策なら橋の向こうで待ち受けるはずだけど、こちら側で待ってる可能性も高いとは読んでる。これはメッサ橋に攻め寄せるエレギオン軍の数の問題になって来るけど、シャウスに留守部隊を置いていると考えてもらうと、ザラスにも軍勢が必要だから、メッサ橋に押し寄せるのは二個から三個軍団と読んでくれるかもしれない。

 アングマール軍は強いけど、とくに強いのは野外決戦で良いと思う。アングマール側から見ればハマで二個軍団以上を失い、シャウスを失落させられたようなものだから、得意の野戦に持ち込んで一挙に態勢挽回を狙ってもおかしくないと思ってる。エレギオン軍が倍ぐらいでも撃破出来るぐらいの自信を持ってるものね。

 メッサ橋に来てみると橋のこちら側に戦列を敷いて待ち受けていた。それにしてもアングマール軍早いわ。もうマウサルムから援軍も来てる。まあ、エレギオン軍が動くのはみえみえだもんね。でも、どう見ても二個軍団程度。コトリも手早く陣を敷かせた。エレギオン軍も手際よくなったもんだ。そこに真っ黒な馬に乗った魔王が陣頭に姿を現したの。

    「女神は来ておるか、おれば姿を見せい。我こそはアングマール王のゲランである」
 コトリが答えてやった。
    「主女神の命を受けたる次座の女神が答えて進ぜよう」
    「おお、これは使者の時に会って以来じゃな。ちゃんと体は清めて来たか」
    「まだ生きておるとは祝勝なこと、今日こそゲラスの恨みを雪いでくれるわ」
 アングマール王は戦列に吸い込まれるように消え、散兵部隊が展開してきた。その時だった、
    『ズシッ』
 いきなり来やがった。
    「ユッキー、頼むわよ」
    『グニュ』
 これはユッキーと苦心惨憺の末に編み出した新技。魔王の心理攻撃を跳ね返せないのはエレギオン包囲戦の時に体験させられたから、これを受け流すというか、逸らす技。全部は逸らせないけど、それなりに逸らせるはず。もちろんコトリもやってた。
    「騎馬隊、前へ」
 騎馬隊がやったのは前にマハム将軍にやられた暴れ馬の計。騎馬隊で散兵部隊を蹴散らし、敵の重装歩兵部隊に暴れ馬を突っ込ませる作戦。暴れ馬は豪快に暴れこんでくれたけど、さすがはアングマール軍、馬に蹴られて負傷したものがさっと退いて、歩兵戦列は崩さなかったの。
    「重装歩兵隊前に」
 ガッチリぶつかった。数は三個軍団のエレギオン軍が優位だけど、心理攻撃の影響とアングマール軍の強さでまずは互角ってところ。そこにコトリのこの決戦に対しての秘策が到着してくれた、
    「第六・第七軍団は直ちに前進。敵の側面から背後に回り込め」
 この日、コトリが連れて来ていたのは五個軍団。シャウスを空にして決戦に挑んだの。それもあえて、二個軍団は少し到着が遅れるようにしておいた。つまり魔王が見たのは最初に連れて来ていた三個軍団。

 魔王は二個軍団VS三個軍団なら戦えると踏んだようだけど、舐めたらアカンで五個軍団やねん。それも重装歩兵隊がガッチリ組み合った時点で、その両翼に散兵部隊やなく、重装歩兵隊を進めたってんよ。魔王も必死になったみたいで、第三列を張りだして食い止めようとしてた。その上で、

    『ズシッ』
 二発目が来た。こっちだって、
    『グニュ』
 アングマール軍も良く支えていたけど、魔王の心理攻撃でエレギオン軍の戦意が削がれてる分を差し引いても数の圧力は強力。さらに両翼のアングマール軍は第三列の一枚だから、そうそう支えきれるものじゃないってところ。魔王は散兵部隊をさらに横に展開させる動きを見せたので、
    「騎馬隊、両翼に突撃」
 魔王も騎馬隊を繰り出そうとしてたけど、クラナリスに出した分は痛かったと思う。全部で五百騎程度やった。エレギオン騎兵は増やしに増やして二千。ついにアングマール軍の両翼が崩れかけてくれたの。その時やった、敵に援軍が現れたんや。魔王の奴、クラナリスに向かわせていた重装歩兵隊を呼び返してやがったんだ。

 この援軍が両翼を支えたから、あと一歩で崩しきれんへんのよ。そう思ってたら、アングマール騎馬兵がメッサ橋を退いて行くの。なにするんだと思ったら、今度は馬の一群が現れ両翼を暴走して通り抜けるの、

    「あれは、まさか」
 魔王の野郎、牝馬の計まで用意してやがったんだ。なんちゅう姑息な野郎や。人のマネばっかりしやがって、あの陰険猿まね野郎が、こうなりゃ、
    「石弓部隊、火炎弾を使え」
 敵の両翼の重装歩兵隊に小型の壺による油攻撃を仕掛けたの。
    「弓隊、火矢を」
 そしたら向こうも火炎弾攻撃をやり返しやがった。やられたのは中央戦列。火炎弾攻撃いうても殆ど楯に当たるから、楯が燃えるだけなんだけど、楯が燃えると楯を手放さなアカンし、楯がないと重装歩兵と戦えなくなるのよね。

 また燃え上がった楯は投げ捨てられるんだけど、当たり前だけで戦列の前に投げるから、戦列の前が燃え上がる感じになっちゃうの。楯が燃えるのは最前列だけじゃなくて後列も燃えるから、戦列も混乱するし、煙ももうもうと立ち込めるし、えらい状態になってもたんや。

 ここで突撃喰らったらヤバイと思たけど、アングマール軍も燃える楯を踏み越えての突撃までしてくる気配はなかったの。この状況をどうするか考えていたら、魔王はメッサ橋を渡ってやがるんだ。アングマール軍の退却は悔しいけど見事やわ。それこそ汐が退くように退却した上で、メッサ橋を火の海にしやがった。

 魔王が中央戦列に火炎弾攻撃を仕掛けたのは退却するためで良かったみたい。火の海のためにエレギオン軍は追撃できず、その隙に退きやがったのよ腹が立つ。そしたら橋の向こうにまた姿を現して、

    「次座の女神、戦も少しは上手になったようだ。ベッドはもっと上手かな。期待しておる。また会おう」
 クソッ腹立ったから、
    「石弓部隊、撃ちまくれ」
 でも当たらんかった。悔しい、なんで当たらへんのよ。矢が当たっても人としての魔王が死ぬだけで神は殺せへんけど、一発ぐらい当たってくれんと腹の虫がおさまらへんわ。チイとは痛い思いぐらいしやがれ。

 しっかし、これだけ絶対有利な態勢に持ち込んだのに勝ちきれへんかったとは残念無念。あのクソエロ魔王、なんであないに手回しがエエねんよ。コトリが地団駄踏んでるところにユッキーが来て、

    「危なかったね」
 ユッキーは冷静や、よう見てるわ。
    「たしかに。ほとんど魔王の掌の上で踊らされたようなものやった」
 魔王は必勝の計算で来ていたに違いない。クラナリスの奇襲の意図を読み切り、計算づくで派遣軍を送っていたはず。その餌に食いついたのはコトリの方で、まんまと誘われて決戦に持ち込まれたのがホンマのとこやと思う。

 魔王が狙った戦術は二個軍団しかいないと思わせといて決戦に誘い込み、劣勢の騎馬隊は牝馬の計で追い払い。エレギオン軍が疲れた頃に、クラナリスに向かったと思わせといた重装歩兵部隊が加わって、エレギオン軍を粉砕するつもりやったんや。

 そんなずる賢いこと魔王やなかったら絶対に思いつかへんと思うでホンマ。魔王でも王やねんから正々堂々と来んかい。小細工やずる賢い小知恵ばっかり使いやがって、陰険クソエロ魔王やで。

 魔王の計算違いはただ一つ、コトリが留守部隊を置かずに全軍を動員した一点や。お蔭で余裕で凌げるはずが、押しまくられる結果になり、勝負を決めるはずの援軍も退却援護ぐらいになってもたぐらい。そんな事を考えてるところにバドが顔を出して、

    「どっちも知略を尽くした一戦でしたねぇ」
 その言葉にコトリは逆上してしまい、
    「コトリがやったのは美しい女神の知略、魔王がやったのは陰険で狡猾な悪知恵。一緒にせんといて」
 そしたらユッキーが、
    「わたしはそう思わないわ。バドが言う通り、同じぐらいのレベルの陰険な知略合戦だったと思うもの。どっちも似たようなことやってるし」
    「なにを」
    「そうじゃないの」
    「ユッキーでも許さへんで」
 そのあと二人で大喧嘩。
    「ホンマに相性悪い」
 ユッキーはぷんぷん怒りながら二個軍団を率いてエレギオンに帰り、コトリはカッカしながらザラスに、
    「シャラック、燃やしてしまえ」
 ザラスはエレギオンの五個軍団に包囲され、援軍を待つ姿勢だったんだけど、バカスカ火炎弾を撃ちこんでやった。ザラスなんか五メートルしか城壁がないから、石弓で小型の火炎弾を雨あられ。シャラックが、
    「次座の女神様、北側の配置が手薄過ぎるように思いますが」
    「まあ、見といて」
 アングマール軍は夜になってゼロンへの強行突破を図りやがった。
    「騎馬隊、直ちに追撃」
 手薄なエレギオン陣地はアングマール軍に蹂躙されちゃったけど、その代わりゼロンまで騎兵隊に食いつかせて存分に取り戻したった。
    「次座の女神様、やはり北側が破られました」
    「そうよ、破らせたの。帰路を一点突破で目指す軍勢は手強いのよ。これに正面から立ち向かうと大きな損害が出るの。そういう時は後ろから崩すのが効果的なの」
 ザラスの城内もまた廃虚の様だった。住民もいたけど、まるで幽鬼のような状態で、恨めし気に眺められただけやった。収穫は退却するアングマール軍が処分しきれなかった木材ぐらいやったけど、今の状況なら貴重品かな。矢や弓、投槍作る木材も不足気味になってるからね。そんな時にバドとシャラックのヒソヒソ話が聞こえちゃった。
    「シャラック将軍、少しお聞きしたいことがあります」
    「敵の事か」
    「いえ女神の事です」
 バドはコトリとユッキーの喧嘩を見て腰を抜かしたらしい、
    「ボクも三座の女神に聞いただけだけど、ちょくちょくあるらしい」
    「でも、本営がグチャグチャになってましたが」
    「ああ、その程度はじゃれあってる程度と言うことらしい」
    「あれが、じゃれあってるですか?」
 そうなのよバド、じゃれあってるだけ。
    「もう少し派手になれば、神殿が瓦礫の山に変わるそうだ。そうそうお二人の喧嘩が始まったら、大急ぎで逃げるのが心得だそうだ。どんなに激しい喧嘩であってもお二人が怪我されたのを見た者はいないそうだが、巻き添えを食ったら大怪我じゃ済まないよ」
    「お二人が喧嘩されて、エレギオンはどうなってしまうのでしょう」
    「心配ないらしいよ。三座の女神が言うには、何日かすればケロッとして一緒にビール飲んでるらしいから。心配するだけ損らしい」
 バドは目をシロクロさせてました。ゴメンね、バド。しばらくなかったから見たことなかったもんね。ビックリしたと思うけど、大したことないのよ。能力が女神だから大げさに見えるだけなの。とりあえず、快勝劇とはいかなかったけど。優勢勝ちは間違いないし、目的のザラスは手に入ったからヨシとしよう。