打ち合わせ通り、シャラックはザラスにコトリはマウサルムに渡るメッサ橋を目指した。出来得ればマウサルムからの援軍が来る前にメッサ橋にいると見られる一個軍団を少しでも叩き潰しておきたかったの。
メッサ橋に向かいながら、アングマール軍の動きを考えてた。考えられるのは二つで、一つは橋の前で陣を敷いて待ち受ける。もう一つは、橋を渡ってマウサルム側で待ち受ける。手前で待っていてくれたらそのまま決戦に雪崩れ込めるけど、橋の向こうならどうするかなの。
安全策なら橋の向こうで待ち受けるはずだけど、こちら側で待ってる可能性も高いとは読んでる。これはメッサ橋に攻め寄せるエレギオン軍の数の問題になって来るけど、シャウスに留守部隊を置いていると考えてもらうと、ザラスにも軍勢が必要だから、メッサ橋に押し寄せるのは二個から三個軍団と読んでくれるかもしれない。
アングマール軍は強いけど、とくに強いのは野外決戦で良いと思う。アングマール側から見ればハマで二個軍団以上を失い、シャウスを失落させられたようなものだから、得意の野戦に持ち込んで一挙に態勢挽回を狙ってもおかしくないと思ってる。エレギオン軍が倍ぐらいでも撃破出来るぐらいの自信を持ってるものね。
メッサ橋に来てみると橋のこちら側に戦列を敷いて待ち受けていた。それにしてもアングマール軍早いわ。もうマウサルムから援軍も来てる。まあ、エレギオン軍が動くのはみえみえだもんね。でも、どう見ても二個軍団程度。コトリも手早く陣を敷かせた。エレギオン軍も手際よくなったもんだ。そこに真っ黒な馬に乗った魔王が陣頭に姿を現したの。
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「女神は来ておるか、おれば姿を見せい。我こそはアングマール王のゲランである」
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「主女神の命を受けたる次座の女神が答えて進ぜよう」
「おお、これは使者の時に会って以来じゃな。ちゃんと体は清めて来たか」
「まだ生きておるとは祝勝なこと、今日こそゲラスの恨みを雪いでくれるわ」
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『ズシッ』
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「ユッキー、頼むわよ」
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『グニュ』
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「騎馬隊、前へ」
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「重装歩兵隊前に」
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「第六・第七軍団は直ちに前進。敵の側面から背後に回り込め」
魔王は二個軍団VS三個軍団なら戦えると踏んだようだけど、舐めたらアカンで五個軍団やねん。それも重装歩兵隊がガッチリ組み合った時点で、その両翼に散兵部隊やなく、重装歩兵隊を進めたってんよ。魔王も必死になったみたいで、第三列を張りだして食い止めようとしてた。その上で、
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『ズシッ』
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『グニュ』
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「騎馬隊、両翼に突撃」
この援軍が両翼を支えたから、あと一歩で崩しきれんへんのよ。そう思ってたら、アングマール騎馬兵がメッサ橋を退いて行くの。なにするんだと思ったら、今度は馬の一群が現れ両翼を暴走して通り抜けるの、
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「あれは、まさか」
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「石弓部隊、火炎弾を使え」
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「弓隊、火矢を」
また燃え上がった楯は投げ捨てられるんだけど、当たり前だけで戦列の前に投げるから、戦列の前が燃え上がる感じになっちゃうの。楯が燃えるのは最前列だけじゃなくて後列も燃えるから、戦列も混乱するし、煙ももうもうと立ち込めるし、えらい状態になってもたんや。
ここで突撃喰らったらヤバイと思たけど、アングマール軍も燃える楯を踏み越えての突撃までしてくる気配はなかったの。この状況をどうするか考えていたら、魔王はメッサ橋を渡ってやがるんだ。アングマール軍の退却は悔しいけど見事やわ。それこそ汐が退くように退却した上で、メッサ橋を火の海にしやがった。
魔王が中央戦列に火炎弾攻撃を仕掛けたのは退却するためで良かったみたい。火の海のためにエレギオン軍は追撃できず、その隙に退きやがったのよ腹が立つ。そしたら橋の向こうにまた姿を現して、
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「次座の女神、戦も少しは上手になったようだ。ベッドはもっと上手かな。期待しておる。また会おう」
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「石弓部隊、撃ちまくれ」
しっかし、これだけ絶対有利な態勢に持ち込んだのに勝ちきれへんかったとは残念無念。あのクソエロ魔王、なんであないに手回しがエエねんよ。コトリが地団駄踏んでるところにユッキーが来て、
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「危なかったね」
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「たしかに。ほとんど魔王の掌の上で踊らされたようなものやった」
魔王が狙った戦術は二個軍団しかいないと思わせといて決戦に誘い込み、劣勢の騎馬隊は牝馬の計で追い払い。エレギオン軍が疲れた頃に、クラナリスに向かったと思わせといた重装歩兵部隊が加わって、エレギオン軍を粉砕するつもりやったんや。
そんなずる賢いこと魔王やなかったら絶対に思いつかへんと思うでホンマ。魔王でも王やねんから正々堂々と来んかい。小細工やずる賢い小知恵ばっかり使いやがって、陰険クソエロ魔王やで。
魔王の計算違いはただ一つ、コトリが留守部隊を置かずに全軍を動員した一点や。お蔭で余裕で凌げるはずが、押しまくられる結果になり、勝負を決めるはずの援軍も退却援護ぐらいになってもたぐらい。そんな事を考えてるところにバドが顔を出して、
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「どっちも知略を尽くした一戦でしたねぇ」
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「コトリがやったのは美しい女神の知略、魔王がやったのは陰険で狡猾な悪知恵。一緒にせんといて」
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「わたしはそう思わないわ。バドが言う通り、同じぐらいのレベルの陰険な知略合戦だったと思うもの。どっちも似たようなことやってるし」
「なにを」
「そうじゃないの」
「ユッキーでも許さへんで」
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「ホンマに相性悪い」
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「シャラック、燃やしてしまえ」
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「次座の女神様、北側の配置が手薄過ぎるように思いますが」
「まあ、見といて」
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「騎馬隊、直ちに追撃」
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「次座の女神様、やはり北側が破られました」
「そうよ、破らせたの。帰路を一点突破で目指す軍勢は手強いのよ。これに正面から立ち向かうと大きな損害が出るの。そういう時は後ろから崩すのが効果的なの」
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「シャラック将軍、少しお聞きしたいことがあります」
「敵の事か」
「いえ女神の事です」
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「ボクも三座の女神に聞いただけだけど、ちょくちょくあるらしい」
「でも、本営がグチャグチャになってましたが」
「ああ、その程度はじゃれあってる程度と言うことらしい」
「あれが、じゃれあってるですか?」
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「もう少し派手になれば、神殿が瓦礫の山に変わるそうだ。そうそうお二人の喧嘩が始まったら、大急ぎで逃げるのが心得だそうだ。どんなに激しい喧嘩であってもお二人が怪我されたのを見た者はいないそうだが、巻き添えを食ったら大怪我じゃ済まないよ」
「お二人が喧嘩されて、エレギオンはどうなってしまうのでしょう」
「心配ないらしいよ。三座の女神が言うには、何日かすればケロッとして一緒にビール飲んでるらしいから。心配するだけ損らしい」