アングマール戦記2:マハム将軍対策

 ユッキーは忙しい。食糧輸入の手配、農園再生、産業振興、軍団再建と席を温めるヒマもないぐらい。マハム将軍のセラの野への侵入に対応するのはコトリが担当せにゃ、しょうがない。籠城して見守る手もあるけど、再生の端緒に付いたばかりの農園を荒らし放題、荒らされるのも困るのよね。

 とはいえ決戦はやりたくない。対陣したままで追い返したいけど、対陣して突撃されたら決戦に雪崩こんじゃうのよね。そこでコトリは考えた。決戦をしにくい布陣で待ち構えたらどうだろうって。

 まずコトリは全軍団を出撃させることにした。とりあえず数であきらめてくれたらラッキーぐらい。ただ前にセラの野でマハム将軍と対決した時には、三倍のコトリが押しまくられて、コトリの男のメイスまで失っているから無理やろな。

 そこで軍団兵には丸太を担いで出撃させた。そうして陣の前方に柵を作ってみた。たいした思い付きじゃないけど、重装歩兵は隊列を組んで動くのよね。柵があれば登るか、壊すかしないんだけど、その時に隊列が崩れるじゃない。回り込むって手もあるけど。かなり複雑な戦列操作が必要になるのよ。

 マハム将軍は柵を見て積極的には動かなかったの。両翼の散兵戦や、騎馬戦を少し仕掛けたけど、そこは準備してたからしっかり防いだ。そしたらハマに退いてくれた。コトリは正直なところ助かったって思ったよ。

 それからエレギオンに帰ってから考えとってんけど、まずマハム将軍の戦略目標を再検討したの。まず一番重要なのはエルグ平原進出の橋頭保であるハマの確保のはず。これが魔王から受けた一番重い指示でイイと思う。

 この一番重い指示の次に来るのが、エレギオンの農園再生の妨害だと。これも『出来る範囲』ぐらいじゃないかって。たとえばやけど、農園再生妨害に深入りしすぎて罠にはまって軍団を消耗させたり、挙句の果てにハマを失ったりは論外みたいな感じかな。

 次はマハム将軍の手腕だけど、野戦はとにかく手強い。ただ攻城戦は苦手じゃなかろうかって。ハムノン高原制圧戦の時にマハム将軍はペラト川南岸都市の制圧を担当してた。あの時にラウレリアから出撃したマハム将軍はパライアこそあっさり陥落させたものの、レッサウでは苦労してた。

 セラの野でコトリの柵見ただけで退却しちゃったのは、まず『なにか罠がある』と疑ったのだと思うけど、ひょっとして柵見ただけで嫌になった可能性があるとコトリは見たの。これをユッキーに相談したんだけど、

    「見方として面白いけど、具体的にはどうするの」
    「セラの野に砦を作るのはどうやろ」
 ユッキーも他にイイ手がある訳じゃなかったから、とりあえずやってみることにした。セラの野の比較的高い丘を選んで、周囲に空堀を設け、掘った土で土塁を作り、その上に柵を巡らしてみた。チャチな砦だけど、そこに一個軍団を貼り付けることにしたの。指揮はマシュダ将軍に命じた。

 砦があっても迂回するのは可能だけど、背後に一個軍団が残る形はイヤだと思うの。それを避けるためには、砦を落とさないといけないけど、それをマハム将軍が嫌がってくれないかって期待。

 コトリのマハム将軍の観察が合っていたのか、魔王の指示が変わったのかは確認しようがないけど、それからはマハム将軍が大規模な軍事行動を起こさなくなってくれた。代わりにやられたのが、小規模部隊の潜入による農園荒らし。これはこれで厄介だったけど、騎馬隊を中心とした遊撃部隊でそれなりに対応できた。

 エレギオンの穀倉地帯は大きく分けて二つで、一つは旧ズオン王国の農園。ここにハマから襲撃部隊を出そうとすれば、リューオン、ベラテを通り抜けないと行けないので、行きもそうだし、帰りに待ち受けられるリスクが高くなるのよね。

 もう一つはビソン川流域の農園だけど、ここはセラの野を横切れば襲撃可能やねんけど、セラの砦が機能してくれたので、旧ズオン王国の農園襲撃に匹敵するリスクになってくれたのよ。ビソン川流域の農園を襲撃するのにもセラの砦、エレギオンを通り抜ける必要があるからね。

 ハマからの農園襲撃部隊の出撃は断続的にあったけど、やがてエレギオンの農園は襲わないようになってきた。エレギオン側の防備体制が整って来て、アングマール軍の損害もバカに出来なくなって来たからだと見てる。とくにビソン川の農園を襲った五個大隊ほどのアングマール軍の帰路を待ち受けて全滅させたのは大きかった気がしてる。

 あの時のアングマール軍はセラの砦を迂回するためにセトロンの断崖沿いを東に進み、ビソン川中流地域の農園を襲撃したのだけど、この時は騎馬隊による遊撃部隊だけではなく、軍団まで出撃させて包囲網を敷いたのよ。もちろんリスクはあって、距離と時間から出撃させたのはセラの砦のマシュダ将軍率いる第二軍団。

 砦を留守にした隙を狙ってマハム将軍が動く危険性もあったけど、コトリはマハム将軍が動かない方に賭けての作戦だった。アングマール軍は退却中の後尾を遊撃部隊に食いつかれ、追い込まれ、追い込まれた先にマシュダ将軍が待ち構えていた完全包囲網で殲滅したってところ。

 この敗戦の後にマハム将軍は方針を変えたみたいで、農園襲撃をリューオンに向けちゃったの。これはどうしようもなかった。そりゃ、軍団規模の襲撃隊が出撃して来るし、ハマとリューオンはお隣同士だから、距離も近い。もちろんリューオンからの援軍要請はあったけどユッキーは、

    「リューオンは都市を守るだけで我慢してもらう」
 エレギオンはセラの砦に一個軍団貼り付けてるから、残りは二個軍団しかおらず、これをリューオンに派遣するのは無理やった。コトリと四座の女神が必死でやってる第四・第五軍団が使えるようになるまで打つ手がなかったのよねぇ。
    「ところでユッキー、アングマール軍の兵力はどれぐらいになってるんやろ。エレギオン包囲戦の時は五個軍団やんか、あれもベッサスで一個軍団潰しているから、本国に留守軍団を一つ置いてるとして七個軍団はいたはずやろ」
    「そうねぇ、エレギオン包囲戦で二個軍団ぐらいは消耗してるはずだから、今は四個軍団から五個軍団ぐらいかしら」
 アングマール軍はエレギオン包囲の時に五個軍団だけではなく、それ以上の規模の高原隷属都市の兵を動員しとった。エレギオン包囲戦で矢面に立ったのは高原隷属都市兵で、与えた損害もそちらの方がはるかに多いのよね。アングマール本国軍が大きな損害を出したのは、たぶん第一次包囲戦での総攻撃の二回目と三回目。
    「高原都市兵の動員はどうかなぁ」
    「難しくなってるんじゃない」
 高原隷属都市兵の動員は第二次・第三次包囲戦となるにつれて減ってた。
    「第一次包囲戦は凄まじかったし」
 第一次包囲戦の前半戦で焦点となったのは、動く塔の設置妨害戦、埋め立て車の破壊戦、さらに破城槌を巡るものやった。アングマール軍にしても敵前行動だし、エレギオンもそのために巨大石弓や巨大投石機を備えてとった。当然半端やない損害をアングマール軍は蒙ってたけど、ほとんどは高原隷属都市兵と見て良いと思う。

 それ以外にも無駄攻めはよくあった。強引に城壁を素手で攀じ登る攻撃。登る途中を投石と矢で壊滅させてたけど、あれも後で聞くと、アングマール軍の兵糧事情が厳しくなったための食い扶持減らしと、エレギオンの矢を一本でも消耗させる作戦と聞いてゾッとした。

    「第二次の坑道戦も担当していたはずじゃない」
 第二次包囲戦で焦点になったのが坑道によって城壁を潜る作戦。あれも後で調べたら、五本も掘ってた。距離も一キロメートルぐらいは余裕であったのよね。あれを防げたのはユッキーが大城壁を作る時に掘っていた内堀。あの大城壁は基礎が土塁やねんけど。その土は掘ったところが内堀。これもわざと狭く深く掘らせてた。

 魔王の作戦は五カ所の坑道を一斉に開通させた上に、城壁への総攻撃を行うものやってん。空堀を埋め切れてなかったから、これに梯子をかけて強引に渡り、さらに長大な巨大梯子をかけて城壁に殺到させてた。その地上戦の主力も高原隷属都市兵と見て良いもの。

    「五カ所の坑道は水没した損害も大きいし、城壁への梯子作戦も失敗したじゃない」
 第二次包囲戦はアングマール軍も巨大投石機を投入し、城の内外で激しい投石戦を行ってた。あれも相手を見ながら撃てるエレギオン軍が有利やったけど、壊しても、壊しても作っとった。エレギオン側もやってるうちに命中精度が上がっとったから、巨大投石機の周囲にいるだけでかなりの死傷者が出たはず。
    「あの巨大投石機の撃ちあいでの死傷者も殆ど高原都市兵でしょ」
 魔王がアングマール直属軍を大々的に投入したのは五年間に及ぶ包囲戦で、第一次の終盤に行った三回にわたる梯子攻撃の後半二回のみで良いと思う。後はひたすら高原隷属都市兵を前面に立たせてた。
    「だから第三次包囲戦はあれぐらいになったんじゃない」
 第三次包囲戦の時のアングマール軍は五個軍団ぐらいの規模やった。アングマール軍も消耗してたから、直属軍が三個軍団、高原隷属都市兵が二個軍団ぐらいでイイと思う。第一次包囲戦の時には高原隷属都市兵だけでも十個軍団ぐらいだったと見れるから、八個軍団分ぐらい減ったのかもしれへん。
    「アングマールも第一次包囲戦みたいな大動員は当分無理だと見てるわ」
    「高原都市はどうなってるのやろ」
    「ボチボチ情報が集まってるけど、かなりのものよ」