アングマール戦記2:ユッキーの視察

    「コトリ、留守番お願い。今回は自分で見てくる」
    「かまへんけど、珍しいね」
    「気分転換よ」
 ユッキーはまずイスヘデ砦に行き、ここの整備を命じとった。高原都市争奪戦となると後方支援拠点として重要になるぐらいかな。本当はハマにしたいんやけど、気色悪がって誰も近づかんようになってるもんな。

 具体的には軍団兵の休養施設にもするつもりみたいで、さらに大規模な倉庫群、武器の修理施設も作る予定としてた。この調子やったら、ハマは廃都市になってイスヘテが都市に成長するかもしれへん。

 するかもしれへんというか、ユッキーはそうするつもりでエエみたいや。イスヘテ整備の資材はハマから解体して運び込む指示出しとったから。イスヘテで必要な指示を出し終わったユッキーはエルルの案内でシャウスの道を登り坑道にも入ってた。

 ユッキーが後で言うとったけど、エルルの推測通り、かなりの量の塩がありそうやった。坑道はシャウス攻撃用に掘ったものやけど、これを塩採掘用に整備する指示と、整備のための資材は、塩がある場所から奥の坑道の資材を解体して使うように指示してた。解体は危険やねんけど、新たな木材の調達が難しくなってるから、やむを得んやろ。ユッキーは初めて坑道に入るから興味深そうに見てたそうやけど、

    「エルル、これね」
    「はい、鉱脈は奥に続いていると推測されます」
 塩の採掘指示を済ませたユッキーは第三広場に戻り、第一・第二広場を経てシャウスに入ったの。真っ先にやったのが城壁の視察で、
    「パリフ、城壁のかさ上げを急いで。資材はシャウスの街で使えるものは使いなさい。それと、第二広場前の土嚢も運び上げて利用しなさい」
    「高さは」
    「最終的に二十メートルぐらいは欲しいけど、とりあえず十メートル必要」
 シャウスの城壁は五メートルしかないのよね、これを二倍にするには土台からの大工事が必要ってところやけど、必要やとコトリも思た。
    「工作部隊も派遣できるように訓練中。使えるようになったら送る」
    「わかりました」
    「それと残っている巨大投石機と巨大石弓を運び込みなさい」
    「エレギオンには・・・」
    「こっちが今は大事」
 夜は威力偵察から戻ってきたシャラック将軍の報告を聞き、
    「農園は?」
    「かなり荒れております」
    「人は」
    「老人ばかりで子どもさえ殆ど見かけていません」
 足腰の立つ男はエレギオン戦に投入されて消耗してんのがようわかった。
    「女は?」
    「老婆ばかり」
    「全部老婆だった?」
    「いえ」
 魔王のエロ処刑は高原全体に及んでいると見て良さそうや、
    「アングマール王の所在は」
    「今はマウサルムで良いかと」
    「敵軍は?」
    「おそらくマウサルムに二個から三個軍団、ザラスに一個から二個軍団は確認できています」
    「直属軍?」
    「ほとんどがそうかと」
 アングマール軍もハマの損害をキッチリ穴埋めしてると考えて良さそう。やはりあそこで潰しといて正解やったと思うわ。
    「年齢構成は?」
    「シャウスを落とした時ぐらいしかわかりませんが、一部に少年兵の姿もありました。また、これまで見たことの無いような高齢の兵も混じっていました」
 アングマールも兵力供給源にしとるのは、おそらく従属五都市。そろそろ人が尽きて来る頃のはず。これはエレギオン側も似たような状況になりつつあって、七個軍団より増やすのが無理になってる。

 シャウスの道突破からシャウス奪回までで失った兵力は、延べ一個軍団程度になったけど、これを補充するのが精いっぱい状態。この先で大きな損害が起ると軍団数削減に追い込まれそうな状態なのよね。

    「動きそうか」
    「現時点では何とも言えませんが、動くのなら早いかと。ただし・・・」
    「ただし、どうした」
    「アングマールに動く塔なりを作れる木材が調達できるかどうかになります」
    「森は根こそぎか」
    「はい、見える範囲で木は残っていませんでした」
 これはコトリもユッキーもスパイ部隊からの情報である程度知ってたけど、ユッキーも実際に見て、かなりショックだったみたい。アングマールはエルグ平原で木材の調達が困難であるのがわかると、キボン川に木材を流しとったけど、まずハムノン高原の木を片っ端から切り倒したで良さそう。
    「そうなるとマウサルムだな」
    「だから魔王もいるかと」
 アングマールの木材調達は高原の北部、いや山岳部からになってると見られてるのよね。木材を流すのはキボン川かペラト川になるけど、その合流点にあるのがマウサルム。
    「陸路は」
    「人手不足ではないかと」
 視察から帰ってきたユッキーと話とってんけど、アングマール戦は全面戦争やけど、同時に消耗戦だって。木材もそうだし、人だってそう。ついでに言えば軍資金もだけど、これの削りあいだって。削られて、削られて、それでも最後まで立っている方が勝つんだろうって。
    「負けたら地獄やけど、勝ってもなんにも手に入らへんなぁ」
    「そうねぇ、生き延びるために戦ってるようなものだわ」
    「生き延びるか・・・エレギオンが生き延びるために、どれだけ死ななアカンか考えただけでもイヤになるわ」
 それでも戦いは続くし、人も死ぬ。
    「ハマの農園復旧はどないしたん」
    「人手不足でどうしようもないね。仕方がないから麻畑にするように指示しといたわ」
 足らんもんばっかりで二人は暗うなってた。
    「でも負けられない」
    「なんか、何もかも放り出して逃げたい気分や」
    「それが出来ればね。でも逃げられないわ」