アングマール戦記2:塩と麻

    「ユッキー、エルルが面白いもの見つけて来たよ」
    「な~に」
 コトリは皮袋に入っているものをテーブルにサラサラと、
    「これはなに?」
    「舐めてみいな」
 舐めたユッキーは顔色を変えるぐらいビックリしてた。
    「これって、塩じゃない」
    「そうよ、坑道を掘ってる時に見つけたみたい」
    「やったぁ!」
 あの当時の塩は貴重品やってん。塩なんか海になんぼでもあるんやけど、これを塊にするのが大変やってん。エレギオンでも海水から塩作ってたけど、それこそ鍋で煮詰めて濃度をあげて、それを最後に天日で乾燥させて作ってた。手間もかかるし、アングマール戦が始まってからは薪の不足もあったから困っててん。

 だからエレギオンでも普段は塩が欲しければ海水を直接使うとか、少し煮詰めて濃い目にしたものを使ってた。今や固形にした塩は前線の軍団専用に回してたぐらい。固形の塩はそれでも足りなくてアカイオイから輸入していたぐらい。

 塩は買っても高いけど、使用量も多いのよねぇ。食糧の保存に塩漬けは基本やねんけど、塩漬け作るだけでテンコモリ必要なの。でも、塩漬け作っとかへんかったら、冬場に食い物なくなるし、前線の軍団食にも塩漬けは必需品なのよ。それだけ貴重な塩が山から見つかったから、ユッキーでさえあれだけ喜ぶわけ。

    「たくさんありそう?」
    「エルルもちょっと掘っただけみたいやから確証はないと言ってたけど、相当ありそうな感じがするって」
    「コトリ、これで塩漬け量産できるね」
    「それだけやない、売れるかも」
 塩は売れるねん。塩は海水からも取れるけど、山から掘りだすのに比べると高いのよ。だから塩山もってる国は基幹産業にしてるところもあるぐらい。戦争は軍団と軍団、兵士と兵士の戦いの他に金庫と金庫の戦いもあるねんよ。とにかく戦争するにはカネいるねん。戦争も侵略戦争なら、勝って奪った国からの略奪とか、そこからの農産物の収穫とかでペイすることもあるけど、アングマール戦は持ち出しばっかりやねん。

 ユッキーもコトリも財政のやりくりにヒーヒー言うてるんやけど、一番儲かるのは交易。交易もこっちが売り物持ってないと話にならないんやけど、塩持ってるのはそれだけで有利になるんよ。

 アイカオイが交易の相手やけど、今の交易状態はエレギオンが奢侈品売って、アカイオイから生活必需品買うって関係やねん。一見、儲かりそうな関係やねんけど、どっちが交易関係で強いかといえば、アカイオイが強くなってるねん。

 アカイオイの連中も商売上手いと思たけど、まずエレギオンの状態は隠しようがないので知れてもとるやんか。そうやねん、エレギオンが欲しいものは買わなきゃ国が滅びるもんやねん。奢侈品は買わなくても済むけど、エレギオンは生活必需品を買わなきゃ死ぬのよね。

 そんな関係やから足元見よるねん。エレギオンが交易で立場を強くするには、生活必需品の購入量を減らす事と、逆に相手に生活必需品の購買量を増やしてやるのが一つのポイントやねんよ。そう、塩が売れるとそれだけエレギオンが強くなれるってこと。

 アカイオイも海から塩作ってるねんよ。その塩を買ってたんだけど、自前で取れるようになればまず買わんですむやんか。アカイオイでも塩は貴重品やけど、海から作るより山から掘った方が安いのよ。つまりはアカイオイに塩を売れるようになるし、上手いことやったらアカイオイはエレギオンの塩に頼るように持って行けると思うねん。

    「コトリ、麻はどうなってる」
    「ボチボチやけど、もっと増やさんと話にならへん」
 エレギオンが栽培しているのは大麻と亜麻。どっちも布にして使うんだけど、大麻はロープや麻袋、亜麻は衣料品に主に使ってる。コトリの普段着も亜麻布製。亜麻の生産量は足りてるんだけど、問題は大麻の方。パリフが行った土嚢作戦で需要がうなぎ上り。

 この麻袋の需要やけど、今後はもっと増えるねん。塩は売るにも麻袋に詰めて売らなあかんやんか。そもそも山から運び出すのにも麻袋がいるからね。それだけやないねん。とにかく木材不足が深刻やから、軍事用に木柵作るのにも不足しているぐらい。そこで木柵の代用に土嚢使う方針にしてるんやけど、そりゃ、いっぱいいるわ。

    「大麻の栽培って難しいの」
    「難しないんやけど、大きく育てるのが大変なのよ」
 大麻自体は雑草みたいなものやから、その点は手間いらずやねんけど、ほっといたらあんまり伸びなくて三十センチぐらいしかならへんのよ。
    「そうだったわね。結構肥料がいるのよね」
 これは栽培中にわかったことやけど、肥料やったらドンドン伸びるのよ。四か月足らずで二・五メートルの化物サイズになっちゃった。麻の量産に良かったんやけど、
    「肥料の確保がまたネックってところね」
    「イワシは肥料にもするけど、冬場の貯蔵食品としても大事やし」
    「でも麻袋も輸入したくないものね」
    「アングマールは金に困ってないんやろか」
 アングマール財政については断片的しかわからへんねんけど、ごっつい乱暴でシンプルみたいやねん。たとえば兵士。エレギオンでは士官はもちろんやけど、兵にも給料払ってるねん。そやけどアングマールはだいぶ違うみたい。
給料の代わりに都市もらうみたいやねん。将軍クラスやったら都市ごと、士官やったら都市の中の一部分てな感じで、そこから取り立てた税金みたいなものが給料になるぐらい。この方式自体は変やなくて、むしろエレギオンの士官から将軍までの完全給料制の方が特異かもしれへん。

 兵は武装やメシは出るけど、給料はないみたい。兵になるのは国民の義務っちゅうか税金みたいなものぐらいで良さそう。まあ、エレギオンでも似たような勤労奉仕制度があるから、これが軍役になってるぐらいで良いかもしれへん。

 そこまではエエねんけど、アングマールには従属国と隷属国があるやんか。聞いた話やったら将軍とか士官の私領になるのは隷属国やけど、なんと従属国は軍役以外は無税やそうなんや。

 ほんじゃあ、アングマールの財源ってどこになるかやけど、隷属国からの収奪。これも乱暴なシステムで、先に必要な財源が決まって、それが単純に割り振られて、容赦なく持って行かれるぐらいで良さそう。追加で必要になったら、さらに奪っていくみたいな。それも将軍たちの私領部分でも同じだから、私領部分は将軍たちに奪われて、さらにアングマールにも奪われることになるみたい。

 これもわかったような、わからんような話やったけど、隷属国には軍役はないのよね。ほんじゃあ、エレギオン包囲戦に大量動員された高原隷属都市兵はなんじゃらになるんだけど、あれは税金滞納者への罰やそうやねん。

    「コトリ、思うんだけどアングマールのやり方って、負けることを想定してない気がするの」
    「うん、たしかに。負けるというか、防衛戦を考えてない気がしてる。ひたすら侵略しまくって、新たな占領都市から搾り上げる感じかな。搾りつくしたら、次の都市をまだ占領するみたいな」
    「武神って、そんな感じのタイプが多いらしいけど、魔王の野郎はその極端な感じがするわ。あれでよく部下が反乱せえへんもんや」
    「したら皆殺しの恐怖政治での統制してるみたいだけど、直属軍にはなにか甘いことやってるんでしょうね」 「イナゴの襲来みたいなもんやな」
    「そうね、エレギオンでもあったけど、あのイナゴは食い尽くした後にどうなるのでしょうね」
    「そこまで心配せんでもエエと思うで。そっちよりイナゴに取りつかれたエレギオンを心配せんと」