アングマール戦記2:シャウス防衛戦

 シャウスはエルグ平原から攻め上ると難攻不落の要塞みたいなものだけど、ハムノン高原側から攻めたら普通の都市並みの防御力しかもってないの。普通と言っても、ユッキーが大改修したエルグ平原都市に較べたらお笑いレベルで、アングマール戦以前の規模。

 だからどうするかは、シャウス奪還後の問題としてあれこれ検討されてた。この辺はシャウス進出後の戦略問題に関わってくるのだけど、基本は高原都市争奪戦になると見てるの。そうは単純じゃないけど、あくまでも基本ね。

 そりゃ、大決戦やってアングマール軍を木端微塵に吹き飛ばしてしまえれば話は簡単だけど、あの第三次包囲戦でコトリが魔王に一撃食らわしてからでも十七年が経ってるの。そう、魔王は確実に回復していると考えられるし、魔王と決戦やっても容易に勝てると思えないのよ。

 そこでって訳じゃないけど、まずは高原の拠点としてシャウスの防備を固める事にしたの。これはユッキーが視察に行った時に決めたことだけど、城壁のかさ上げをしようって。ただなんだけど、人手と資材不足は深刻なのよね。

 エレギオンの大城壁を築いた時には、それこそ同盟国の人々が総出で来て作ったとして良いぐらい。しかしシャウスは今や無人の都市、さらにハマも廃墟と化しちゃってる。エルグ平原都市もアングマール戦での損害でどこも人手不足。仕方がないから軍団兵を送り込んでるぐらい。これだって、

    「コトリ、やっぱり五個軍団必要?」
    「人手と速度は比例するし」
 なんの話かだけど、戦争で失った人は、人が産まないと補充できないってところなの。実質的に若くて頑健な男は根こそぎ軍団兵に動員しているようなものだから、彼らがエレギオンに戻ってベッドで頑張ってくれないと人口の回復に支障を来しちゃうのよね。

 資材不足、とくに木材不足も深刻。シャウスの城壁のかさ上げも、以前にマシュダ将軍がやったように木材を多用すれば、応急処置的なものは早く出来あがるんだけど、それの調達も難しくなってるぐらい。

 ちょっとだけラッキーだったのは、シャラックがシャウスを落とした時に、木材集積所が手つかずで残っていたこと。シャラックは燃やす予定だったんだけど、結局見つからず、燃やしたのは兵舎一つだけ。それでも十分には程遠いんだけど。

 マシュダ将軍はどうするのかと思ってたけど、土嚢の積極使用を行ってた。これはこれで調達に難儀するのだけど、麻栽培がそれなりに順調だったので、なんとか対応できた。ギリギリだったけど。

 コトリも見に行ったんだけど、マシュダ将軍のプランはなかなかのものだったわ。城壁のかさ上げのためには土台の拡大が必要なの。だから城壁の内側に土塁を作り上げる必要があるのだけど、そのための土を確保するために内堀を作ってた。

    「なるほど、これなら手近に土が集められるね」 「ええ、それだけじゃなく、敵の坑道作戦に対するものにもなります」
 シャウスに対する坑道作戦を行った時にわかったんだけど、シャウスは地下十メートルぐらいのところで岩盤になってるの。岩盤だって掘れない事はないけど、坑道作戦やるなら土の部分を掘るだろうから、そこまでの深さの内堀があれば、攻められても対応できるだろうだった。

 土を掘りだして城壁に沿って固め、土台部分を拡大したら、城壁のかさ上げになるのだけど、ここも問題。単に土嚢を積んだだけなら登れる斜面になっちゃうんだ。どうするのだろうと思ってたたら、何段か土嚢を積んだら前に石垣組んでた。

 石垣積むのも難しいんだけど、これについては工作部隊に四座の女神が叩き込んでくれた。石についてはシャウスの街にそれなりにあるから、どんどん引っぺがして積んでた。

    「首座の女神様がお望みの二十メートルは無理でございますが、十メートルぐらいなら、なんとかなりそうです」
 なんとか城壁工事が出来上がった頃にアングマール軍はシャウスを囲んだの。
    「コトリ、動く塔も破城槌も出て来ないみたいよ」
    「アングマールも木材調達に困ってるのかな」
アングマール軍が行ったのはシャウスを取り囲むような土塁づくり。
    「ハマの時のマネ」
    「違うと思うよ。シャウスは裏口が空いてるから兵糧攻めは出来ないよ」
    「じゃあ、カモフラージュ」
 アングマール軍は梯子攻撃を仕掛けて来たの。マシュダ将軍も城壁に兵士を配して懸命の防戦になった様子。とにかく直属軍だからアングマール軍も強い、強い。そこに遂に来たのよ、
    『ズシッ』
 魔王の心理攻撃。かなり強烈だったようで城壁の上のエレギオン兵士が一遍に崩れそうになったとなってるわ。同時に内堀にアングマール軍兵士が雪崩れ込んで来たの。城壁の一部でもエレギオン軍が突破されて乱入しはじめてた。そこでマシュダ将軍は、
    「このオレを見よ、一歩たりとも退きはせん」
 魔王の心理攻撃は強烈で、誰もがやる気を失ってしまうのよ。兵士なら戦意を喪失し、逃げ腰になるってところ。エレギオン包囲戦では、三座の女神まで動員して女神の力でこれに対抗してたの。

 対抗と言っても、女神の力でさえ目に見える範囲にしか及ばず、女神の力で回復させても、しばらくするとまたもや戦意喪失状態になってしまう蟻地獄状態。アングマール軍の攻撃は城壁の各所に及んだから、四女神は駆けずり回って対抗してた。ただマシュダ将軍の受け持ち部署に行くと。

    『ここはマシュダがいる限り突破されません。女神様方は他の部署の督励を』
 マシュダ将軍は城壁の戦闘に立って指揮してた。そりゃ、ビュンビュンと敵の矢が飛んでくるし、時にマシュダ将軍の鎧に突き刺さったりしたけど、一歩も退かずに立ち続け、
    『首座の女神様が建てたもう、この聖なる城壁を、悪しきアングマールの輩に越えさせるな。我らには恵み深き主女神の守護があるのだ』
 そうやって守り切っちゃったの。これは、
    『ヤカン親父の仁王立ち』
 そうやって畏怖されてた。これはコトリも感心した。マシュダ将軍は人だよ。神であるコトリでさえ、魔王の心理攻撃の重圧に喘いでいたのに、マシュダ将軍は魔王の心理攻撃を人の精神で抑え込んでしまったのよ。もっとも後で聞くと。
    『それほどの事ではござらん。先頭に立ったら、下がる気力さえ奪われてしまい、開き直って怒鳴っていただけでございます。あははは』
 これをシャウスでもやったのよ。これに奮い立ったエレギオン軍はなんとか持ちこたえ、押し返し始めたの。アングマール軍も内堀には乱入したものの、内堀を登るための梯子は持っておらず、さらに坑道を抜けるために楯も持参しておらず、内堀の上からのエレギオン軍の矢で次々に倒されちゃった。

 城壁を越えたアングマール軍も、城内奥深くに突入するには内堀を越えなければならず、また落ちたら這い上がれそうになく、奮闘はしたものの結局全滅。アングマール軍もこの時点で退却になったみたい。そりゃ、シャウスの内堀に沿ってエレギオン軍が戦列を組んで待ち構えてるんだもの。

 その代わりマシュダ将軍もタダでは済まなかった。エレギオンの大城壁に較べると低いから、

    『アイツを射落とせばシャウスは落ちる』
ターゲットにされて次から次に矢が刺さったのよ。マシュダ将軍はそれを引き抜き引き抜きしながら、
    『こんなヘッポコ矢で、このマシュダを仕留められるものか』
 こう傲然と言い放ったみたいだけど、
    「急使、アングマール軍はシャウスを総攻撃、なんとか撃退しましたが、マシュダ将軍は重傷」
 コトリはシャラックと三座の女神にシャウスへの急行を命じ、コトリもシャウスに突っ走って行った。ベラテまで来た時点で馬が潰れたので乗り換え、さらにイスヘテ砦で乗り換え、シャウスの道を一気に駆け上がらせた。シャウスに着いた時には、この馬も潰れちゃったけど、一昼夜で到着した。
    「マシュダ将軍・・・」
    「はははは、このマシュダにも年貢の納め時が参りましたようです」
    「傷は浅いよ、三座の女神も間もなく来るし。すぐに良くなるわ」
    「私如きに三座の女神様の治療は過ぎたるもの。どうか他の兵士の治療に向かわせて下され」
 コトリはマシュダ将軍の手を取って治療に当たったの。
    「次座の女神様、なんともったいない。私のようなものの手を取るとは畏れ多すぎます」
    「なにを言うの。マシュダ将軍はエレギオンに取って大事な人。ここで死なせるわけにはいかないもの」
 でもコトリはわかっちゃった。マシュダ将軍が助からないことを。
    「次座の女神様、ベルに伝言があれば承ります」
    「なにを言うの、気をしっかりもって」
    「もう行かせて下され。お恥しいですが、次座の女神様は必ず来られると信じてました。ですから、一目見るまで頑張っていた次第です。このうえ手まで取ってもらえるとは望外の幸せ」
    「ではベルに伝えといて、マシュダもまた立派な女神の男になったと」
    「御意」
 この言葉が最後だった。また一人、コトリの大事な人が逝っちゃった。シャラックが駆けつけた時には既に亡くなった後だった。シャラックにシャウスの指揮を執らせ、三座の女神に負傷者の治療に当たらせ、コトリはマシュダ将軍の遺体とともにエレギオンに帰ったの。

 葬儀は軍団葬の格式で行われた。国家の柱石と呼べるマシュダ将軍の死は悲しみをもって迎えられた。コトリは気持ちだけは女神の男、コトリの男を送る気構えで出来得る限り毅然として見送ったわ。葬儀の後に、

    「ユッキー、何人死んだら終りが来るの」
 ユッキーの顔も辛そうだった。
    「何人も、何人もよ。わたしとコトリだって生き残れるかどうかがわからない」
    「そんな勝利に意味があるの」
    「あると思わないと戦えないわ」
    「もう逃げ出したい」
    「わかるけど・・・」
 ユッキーは黙ってコトリの手を取り、街に連れ出した。エレギオンの街もすっかり軍事色に染まってるけど、
    「コトリ、あれを見てごらん」
 そこには子どもたちの遊ぶ姿が、
    「負ければ皆殺しなのよ。それだけでも戦う意味はあると思ってる」
 コトリもユッキーも子どもが産めないから、子どもは可愛くて仕方がないところがあるの。孤児対策にあれだけ力を入れてるのも、きっとそういうところもあると思ってる。
    「他人の子どもだって、あれだけ可愛いのよ。自分の子どもならなおさらのはず。エレギオンの兵士たちは、これを守るために命を懸けてると思ってる」
    「ユッキー、ごめん」
    「イイのよ。わたしだって辛いの、投げ出したいの。でも、今は投げ出さないのが正解と思ってる。パドと燃えてらっしゃい。こんな時は男にしっかり愛してもらうのが一番イイと思うわ」