アングマール戦記2:第三広場奪取

 シャラックがシャウスの道の第五広場を、巨大投石機による火炎弾で落としたのは鮮やかやった。そうよ戦いに手間ヒマを惜しんではいけないの。シャラックは第四広場も小型破城槌を使って占領したわ。

 しかし快進撃もここまで、第三広場では苦戦してる。予定通り楯車を投入したんだけど、アングマール軍の対応も早かった。第四から第三広場に向かう頃にはかなり急になるの。それも計算して楯車を作ったのだけど、やはり押すとなれば重かったみたい。

 楯車を先頭に進むと、次から次へと大きな岩を転がしてきたの。これがぶつかる衝撃を支えきれずに、楯車は後退。というか、坂道を転げ落ちてしまい、崖から落ちちゃった。アングマール軍の狙いは楯車の撃破もあったけど、大きな岩を道に転がすことによって、楯車の通行を阻害するのも目的だったの。

 シャラックも対策をすぐに立てたわ。エレギオンに改良型の楯車の要請が来た時に感心したもの。コトリと三座の女神が考えて作った楯車は相手に対して平行にしてたけど。シャラックの改良要求はこれを左斜めにすることだったの。これによって、岩を落とされても楯車の前で留まることなく崖に落ちるだろうし、岩が当たる衝撃も緩和すると思ったもの。

 シャラックの改良型の狙いはそれだけでなく、楯車で道に転がる岩を排除するのも狙いもあったみたい。さらに改良型はブレーキ機能が強化されてた。どうもシャラックはジワジワ攻め上がるのを狙ったとみたの。

 改良型は威力を発揮したにはした。道に転がってる岩を崖に落としながら前進し、アングマール軍が岩を落としかけると、しっかりブレーキをかけて踏ん張って待つ感じかな。そして岩攻撃がやんだらまたジワジワ進むって感じ。シャラックも手ごたえを感じていたんじゃないな。

 ところが、かなり近づいた時点で、アングマール軍は新兵器を投入してきたの。まず大型石弓で楯車の左側に何本も大きな矢を撃ちこんで来たの。アングマールの大型石弓が出て来たので、シャラックは中型石弓の設置を急がせたみたい。狙いは相手の大型石弓の破壊だったんけど、ここでアングマール軍が火炎弾を使ってきたの。

 シャラックもその時点で気づいたみたいだけど、手の施しようが無くなってたと言ってた。アングマール軍が油壷を何個か落としたんだけど、これが楯に引っかかるのよね。そうなの、大型石弓で楯車の左側に集中して巨大な矢を撃ちこんだのは油壷が崖に落ちないようにするためだったわけ。

 油壷は柵との距離が近かったから割れなかったけど、三個ほど楯車に引っかかった時点で、アングマール軍は大型石弓で壺を破壊し、火矢を浴びせて来たのよ。濡らした皮革ぐらいの防火対策じゃ対抗しようもなく楯車は炎上、撃退されちゃった。

    「コトリ、第三広場ぐらいまでは、なんとか攻め取れると思ってたのだけどね」
    「アングマール軍も対応早いわ」
    「シャラックはどうするだろ」
 シャラックはシャウスの道で苦悩してた。改良型楯車が撃退されてしまっただけではなく、相手に火炎弾攻撃があるので、前線をジワジワ進める手も封じられたようなもの。近づけば火炎弾攻撃で必ず燃やされるのは見えてるものね。
    「コトリ、見て来てやって。このままじゃ、壊滅するよ」
    「わかったわ」
 さっそく、コトリはシャウスの道の第四広場のシャラックのところにお忍びで督戦に出かけた。行って見ると大変なことになってた、イスヘテ砦も第五広場も死体の山。第四広場に着くと憔悴しきったシャラックがいた。
    「シャラック、どうやったの」
 シャラックは焦ってた。事前の作戦でも第三広場ぐらいまでなら、それなりに奪取できるとされていたのよねぇ。課題とされていたのは奪取できるかどうかより、いかに損害を少なくするかだったぐらい。

 それが楯車作戦が行き詰り、膠着状態に持ち込まれちゃったの。シャラックにすれば過ぎていく時間が耐え切れなかったと思ってる。『このままじゃ』の思いが強襲作戦を選択させてた。

 強襲作戦にも改良型楯車は投入されてた。ジワジワと押し上げて行って第三広場の柵にかなり近づいた時点で敵は前回同様に楯車を燃やしちゃったの。そうされるのを予想していたシャラックは、炎上する楯車を谷に投げ捨て、後続の重装歩兵に突撃させた。

 重装歩兵は柵までたどり着いたものの、柵を登りかけると敵に次々に刺し殺されちゃったのよね。アングマール軍はこうなることも予想して、長い槍を用意してた。道幅も柵の幅も三メートルぐらいしかないから、十分に対応されちゃったのよこれが。

 そこで柵にロープをかけて引き倒そうとしたみたいだけど、柵は頑丈だし、引っ張ってるところに矢が雨あられと注がれて次々にやれていったみたい。シャラックは損害をかえりみずに押しまくったみたいだけど、そこに岩攻撃。
敵の柵は二階建て構造になってるのよ。二階には巨大石弓が備えられているんだけど、そこから大きな岩を落としてきたの。柵まで迫っていたエレギオン軍も次々に落とされる岩に耐え切れず後退。そこに火炎弾が見舞われちゃったの。

    「それだけじゃ、そこまでの損害は出ないでしょ」
 シャラックは二回目の強襲も行わせてた。今度は夜襲なんだけど、展開は似たようなものになったで良さそう。
    「バレてたの」
    「はい」
 シャラックの二回目の強襲の要は第三広場の横の崖を攀じ登っての強襲作戦。道からの攻撃は側面攻撃の注意を逸らすためだって良さそう。さらにシャラックは側面攻撃にかなりの兵力を投入してた。もし気が付かれても数の力で登ってしまおうぐらいに意図と見て良さそう。

 アングマール軍は察知してたで良さそう。十分の高さまで登らせておいて、油攻撃をかけてきた。それも十分に熱した油だったもので、エレギオン軍兵士は次ぎ次に崖から落下。さらにこれに火矢が加わって火達磨になる兵士が続出したみたい。アングマール軍はかなり大量の油を用意してたみたいで、崖が火に包まれるぐらいになったみたい。

 エレギオン軍兵士は焼き殺されるか、落ちて死ぬか、さらに落石攻撃や、矢によって討ち取られていき大損害を喫して作戦の中止を余儀なくされたみたい。

    「損害は?」
    「第三広場の作戦が始まってから延べ十五個大隊を上回ります」
 コトリは前線まで出て状況を確認したけど、こんな狭いところを数でゴリ押ししたら、どれだけの損害が出るかわからないぐらいだったの。いや、損害を出しても果たして攻略できるかも怪しい所としても良さそう。
    「強襲じゃ無理ね」
    「でも楯車も通用しません」
 エレギオン軍の前線は第三広場の柵から百メートルぐらい下の地点に設けてあったの。そこが曲がり角になってるから。ただこの百メートルの登りはかなりキツイから、重装歩兵が一挙に駆け上がるのは困難なの。そのうえ敵から丸見え。幅は三メートルないぐらい。

 アングマール軍は道を塞ぐように柵を作ってる。この第三広場は山側が凹んだ形になってるから、柵の長さも三メートルぐらい。アングマール軍も攻撃できるところは狭いけど、攻めるエレギオン軍も横に四人も並べば一杯ってところかな。左側崖だし、落ちれば終りだし。それといくら重装歩兵の鎧だって、あまりに近づけば矢も防ぎきれないところがあるの。矢って強力だから、鉄の鎧だって近けりゃ貫いちゃうのよね。もちろん投槍でもね。

 それより何より石や岩の攻撃は効果的だもんね。楯で防ごうにも大きな岩なら吹っ飛ばされるし、密集で登ったりしたら、岩一つで被害多数になるというか、なっちゃってる。

    「シャラック、エレギオンからビール持ってきたから、ちょっと一杯やろう」
    「こんな時に・・・」
    「陣中見舞いに酒は付き物だよ」
 幕僚たちも集めて、ささやかだけど酒宴にした。みんな疲れていた。この疲れは肉体的な疲労と言うより、精神的なもの。焦りと、強襲策の失敗とその損害でゲッソリって感じだった。
    「シャラック、次のプランを聞かせて」
    「それが・・・」
    「他のものは?」
    「・・・」
 こりゃアカン、暗すぎる。コトリがやらんとホンマに壊滅するわ。
    「シャラック、ちょっと指揮を執ってもイイかしら」
    「はぁ」 「そんな暗い顔してたら、兵だけ殺すよ。要塞攻略戦は知恵と努力なのよ」
 アングマール軍の柵を見てコトリは思いついたことがあるの。
    「エルル三席士官。これからハマに行って壺を集めてきて」
    「大型の壺ですか」
    「うんにゃ、小さいの。千個は欲しい。もっとあれば嬉しい」
 それからエレギオンに急使を送って必要なものを集めさせた。準備に二週間ぐらいかかったけど、
    「次座の女神様、これは・・・」
    「そう、シャラックが第五広場でやったのの焼き直しよ。他の準備も整った?」
    「出来ております」
 コトリは前線で指揮を執ったわ。
    「石弓部隊、攻撃開始」
 コトリの作戦は焼き討ち。ハマの廃虚で集めさせた小型の壺に油を詰めて石弓で敵の柵にぶつけさせたの。石弓の欠点は射撃間隔が長くなることだけど、三人ずつ撃たせて、次々に交替させた。

 飛んでいった油壷は敵の柵に当たれば砕けて油まみれになるから、百発ぐらい撃たせた時点で火矢を放ったら、火が付いてくれた。その後も油壷を何十個と撃ちこんだから、敵の二階建ての柵は火に包まれてくれたの。

    「石弓隊、山なりに撃ちこめ」
 ここまでは柵に当たるように水平射撃させたけど、今度は天に向かってドンドン撃たせたの。命中率は落ちるけど、狙いは第三広場の中を油まみれにすること。山なり射撃だから、広い範囲に落ちるのだけど、そのうちに燃え上がる柵から引火して、広場が火に包まれてくれた。
    「シャラック、後は任せたわよ」
 シャラックが重装歩兵部隊を率いて登った頃には、アングマール軍は第二広場に撤退してた。そりゃ、火には勝てないものね。シャラックは火が収まるのを待って第三広場を確保した。
    「シャラック、第三広場攻略の手柄はあなたのものよ」
    「違います次座の女神様のものです」
    「わたしはイイの。わたしが来たのはお忍びにしてある。シャラックは第五広場から第三広場を占領したのをもってエレギオンに帰国とする」
    「更迭ですか」
    「違うわよ、凱旋よ。よくやったご苦労さん。もうすぐパリフが来るから交代してね」
 シャラックがシャウスの道の攻略に取りかかって五年。軍団は定期的に交代させてたけど、幕僚は同じやったの。第三広場奪取の苦戦は、彼らの視野を狭くし、余裕を失くさせてるのは良くわかったのよね。

 シャラックの凱旋は華やかな演出で行わせた。民衆は熱狂してた。難攻不落とされた第三広場を機略で以て落とした名将として称えられた。いや、そうするように工作しまくった。シャラックの凱旋は、祭りとして民衆に娯楽を与え、それを戦意高揚に利用し、さらに民衆にヒーローの幻想をもたせるためのもの・

    「次座の女神様、これは事実と違います。たしかに第五・第四広場は私の手で落としましたが、第三広場では失敗を重ね、多大の損害を出しております。私に相応しいのは譴責であり、凱旋ではありません」
    「シャラック、セカもそう言ってた。でも首座の女神の信用は微塵も揺るがず、やがてテベスの勝利を導いてくれた。出発する前に言ったでしょ、あなたに足りないのは経験だと。それをシャラックは得たのよ。まあ、派手な凱旋は政治だけど、そんなもの、次の戦いで本当の勝利を挙げてもらえば済む話」
 ユッキーも、
    「そうよ、シャラック。わたしも次座の女神も評価は高いのよ。この経験は次に必ず活きるわ。さ、久しぶりでしょ。三座の女神が待ってるよ。思いっきり燃えてらっしゃい」
 そしたら三座の女神が、
    「首座の女神様までなんてことを」
    「あら、どうしたの、私信に『熱い夜を楽しみにしてる』って書いてたじゃない」
    「いつのまにそれを」
    「悪いと思ったけど、戦時体制下だから、秘密はないの。すべて検閲してるの。たとえ三座の女神の私信であってもね」
    「えっ」
    「たしか『あなたの胸の中で燃え尽きさせて』もあったよね」
    「ちょっと」
    「他で覚えてるのだったら、えっと、えっと・・・」
    「やめてください」
    「思い出した、『三日三晩は寝かさない』だっけ」
    「ユッキー、それは三座の女神じゃなくてシャラックの方だよ」
 三座の女神とシャラックは真っ赤になりながら帰りましたとさ。でも燃えるんだろうなぁ、五年ぶりだもんね。三座の女神は猥談嫌いだし、アレに淡白な態度してるけど、やりだせば女神の経験値がタンマリあるから凄いのよね。
    「コトリもバドと燃えてらっしゃいよ」
    「そうだね、でもユッキーは当分寂しくなるから可愛そう」
    「だから燃えるの自粛する?」
    「イイや、燃えられる時には燃えまくるのが女神だよ」