アングマール戦記2:次の難関

 ハマ奪還戦の最後の後味こそ悪かったけど、成果としては十分なものやと思ってる。十年以上に渡ってエルグ平原の脅威だったマハム将軍率いるアングマール軍は完全に消滅させたし、前線をシャウスの道に押し戻すことが出来た。最後のイスヘテの戦いでアングマール直属軍に与えた損害も小さくないと思ってる。

 ハマを奪還したら次はシャウスなんだけど、ここは難関。情報作戦本部でも検討を重ねてるけど、イイ手など出ようもないってところだと思う。シャウスはシャウスの道を登り切ったところにある都市だけど、都市全体がハムノン高原とエルグ平原の関所みたいになってるの。

 シャウスの道を塞ぐように建設されてて、南側はセトロンの断崖だから、エルグ平原から攻めるとまさに難攻不落って感じ。それとセトロンの断崖は百五十メートルぐらいのところが多いのやけど、シャウスは二百五十メートルぐらいあるの。ハムノン高原の中でもさらに高地って感じかな。まあ、高原側から見ればダラダラっと高いぐらいだけど、エルグ平原から見ればかなりの高さ。

 シャウスもハムノン高原側から攻めると、ただの都市なんだけど、エルグ平原側からになると狭いシャウスの道を登り、最後に急坂があっての終点が城門って格好なのよ。最後のところがとくに狭い感じもする。

 都市攻撃はタダでも難しいのだけど、シャウスに関しては動く塔は使えないし、破城槌だって持って上がるだけで大変。軍勢だって道幅しか展開できないもの。またハマみたいな完全包囲による兵糧攻めも不可能なのよね。

    「次座の女神様、宜しいですか」
    「どうしたのシャラック」
    「シャウスなのですが・・・」
 シャラックが持ってきた案は、とりあえず城門まで詰める計画だった。シャウスの道の比較的広い場所を利用しながら、防御拠点を築きながら登って行き、シャウスの城門まで兵を進める作戦。
    「これは必要な作戦だけど、この次は?」
 情報作戦本部でも苦悩しているところやった。セトロンの断崖を攀じ登って奇襲部隊を送る案も検討していたみたいだけど、
    「何個軍団も敵に気づかれずに送り込むのは難しく、さらに補給の問題も付いて回ります。もちろん騎馬隊など送り込みようもありません」
 もっと小規模な軍勢を送り込んでハムノン高原側から攻め落としたいところだけど、シャウスも今は住民もいない要塞状態。つまり内応による手引きは期待しにくいのよ。シャウスのアングマール軍の規模もはっきりしないところがあるけど、二個大隊や三個大隊規模じゃ、送っただけ全滅させられるのは必至ってところ。でも奇襲部隊を送り込む案は使える気がした。でも送り込むにしてもチャンスは一回だからコトリの頭の中に置いとく事にする。
    「シャラック、この計画の準備は進めといてね。シャウス攻略の前段階として必要だから。それと指揮はシャラックが取って」
 ハマ奪還後にイルクウ将軍が病気になっちゃって施療院で治療中。三座の女神の報告では、これ以上戦陣に立つのは難しいかもしれないとしてた。イルクウ将軍もズダン要塞守備からの歴戦の将だけどさすがにお歳だもの。

 そこでパリフ上席士官を将軍にした。パリフのリューオン郊外戦で人の柵を指揮しきった功績を認めてのもの。ただ二人ともマシュダ将軍やイルクウ将軍に較べると経験が浅いのが気がかり。才能はシャラックやパリフの方が上と思うけど、幾多の激戦を潜り抜けた経験の差は小さくないのよね。

    「ユッキー、シャウスは難しいわ」
    「あら、知恵の女神が弱気ね」
    「とりあえずイルクウ将軍は引退してもらうわ」
    「シャウスの道でシャラックを鍛えるのね」
    「そういうこと。パリフもそのうち行かせるつもり」
 シャラックの持ってきたシャウスの道を攻めのぼる案だけど、
    「損害は出るでしょうけど、とにもかくにも城門まで詰めないと話にならないものね」
    「でも、そこまで詰めても城門の突破は難しいわ」
    「あれ考えてるんでしょ」
    「あれをやるにも城門まで詰めないと出来ないもの。それにかなり時間がかかるのよ」
    「かかるでしょうね。三年ぐらい?」
    「いや、下手すりゃ十年」
 それとあれは、あれだけでシャウスを落とすのは難しいところがあるのよね。同時に攻撃をかける必要があるのだけど、それをシャウスにするのがこれまた難しいのよね。
    「コトリ、なにか考えてるんでしょ」
    「まあ、ちょっとね。でも、上手くいくかどうかはわからないし、かなりの損害を覚悟しないといけないのよ。もう少し検討する時間が必要だわ」
 二人の懸念はシャウス突破もあるけど、魔王の復活も絶えず念頭にあるのよね。
    「ハマでは魔王は出て来なかったみたいだね」
    「でもキッチリ災厄の呪いは封じてたわ。それも前より力強い感じがする」
    「十年もかけたくないけど、かかれば、ますますになるね」
    「第一次エレギオン包囲戦の時みたいな凄いのが来ると野戦じゃ勝てないわ」
    「もしそうなれば、四女神がそろって戦場に立たないといけないかもね」
 それでも勝てないかもしれない。
    「ユッキー、木材はどう?」
    「厳しいねぇ。なんだかんだとハマ奪還に使ったから」
    「燃料の転換は?」
    「あれも量が十分とは言えないから厳しいところだわ」
 とにかくこの時代の火力と言えば薪か木炭。どっちも木なんだけど、これがエルグ平原ではなくなってて、復活には少なくとも五十年はいる状態。どんなに節約しても、いずれ炊事や暖房にも厳しくなるのよね。

 そこでコトリが提案したのが石炭の使用。銅精錬や、鉄精錬での木炭使用が限界に来た時に実用化したものやねん。これを家庭用の炊事や暖房に使えないかってところ。ただ質の悪い石炭は煤煙がひどくて使いにくいのと、石炭自体の産出も十分とはいえないのよねぇ。

    「木材輸入は」
    「薪の輸入はもうやってるけど、かさばるし、アカイオイもあんまり木材が豊富と言いにくいみたいなの」
    「代価もいるしね」
 どうしても暗い話になっちゃうんだけど、
    「ユッキー、提案があるんだけど」
    「な~に」
    「ビールの生産制限緩めたらどうかしら」
    「そうだねぇ」
 軍事体制下で国民に娯楽が少なくなっているのは致し方ないんやけど、締めるばっかりじゃもたいのよこれが。
    「ついでに春の大祭もやる?」
    「おとなしめにね」
    「あれ、コトリがおとなしめとは・・・これもその時にならないとわからないけど、ビールの方は生産量を増やすわ」
 ここでユッキーはため息をつきながら、
    「コトリ、イヤになってない」
    「なってるよ、とっくに」
    「でも守ろうね」
    「わかってる」
 ここまで盛り返したんだ、絶対勝ってやる。この戦争はどちらかがトドメを刺さないと終らないんだ。そして、生き残るのはエレギオンよ。