アングマール戦記2:シャウスの道

 シャウスの道はハムノン高原とエルグ平原を結ぶ唯一に近い連絡路。とはいえ甘い道じゃないのよこれが。もとは、たぶんだけど、セトロンの断崖が崩れたところとも言われてる。コトリは崩れたというよりヒビが入ってるぐらいにも思ってる。

 イスヘテから狭い谷間に入る感じになるのだけど、谷間の東側に道は付けられてるの。つまりエルグ平原から登って行くと左手が崖になる感じ。これがクネクネしてて、登るにつれて崖は深くなり、段々狭くなる感じかな。

 とくに最後のところが狭くて急で、シジスの坂とも呼ばれてる。ここは左右が崖になってて、シャウスの城壁はシジスの急坂も囲むように作られてるの。攻め寄せれば左右の城壁から雨あられってことになっちゃうのよ。天険を利用した不落の要塞って感じがする。

 シャウスの道の特徴は途中に五ヶ所の広場があるのよ。広場と言ってもたいした広さじゃないけど、平和な時代には茶店が出来てた。ちょっと一休みってところかな。ただ戦時となると防御施設が作られるのよね。

 つまりシャウスを攻略するには、シャウスの道の五ヶ所の砦を順番に突破し、最後にシャウの城門に挑むってことになっちゃうの。広場と広場をつなぐ道は狭いし、左手は崖だから、シャウスの道の砦を一つ落とすだけでも大変ってところなの。これも高原側からなら上から下への攻撃になるからまだしもなんだけど、平原側からになると登らにゃあかんし、上から物を落とされるわで苦戦は必至ってところ。

 こんなややこしいところを突破したくないから、迂回したいところだけど、これがないのよねぇ。シャラックも改めて調べてたけど、シャウスの道以外となると、ロープを使ってのロック。クライミング状態になっちゃうから、スパイや偵察部隊程度を送り込むことは出来ても、軍団規模での突破となると無理がアリアリすぎるのよ。

 それとアングマール軍もガッチリ守ってくると思うの。ハマの戦いでマハム将軍の二個軍団が全滅しただけやなく、イスヘデの野で援軍をかなり叩いたから、大雑把に言って二個半ぐらいの規模の損害を出してるはずなのよ。それを補うのはアングマールも時間が欲しいはずなの。

 このガッチリ守ってくるのも厄介な点で、攻めて来てくれれば、そこに駆け引きの余地が生じるんだけど、防御壁に貼り付きで守られたら、ひたすらゴリ押しする以外に手がなくなっちゃうのよ。

 情報作戦本部はシャラックが出陣するから、四座の女神が再び担当してるけど、ちょっと相談してた。

    「ゴリ押しで落ちる?」
    「はい、次座の女神様。第三広場ぐらいまでなら可能かと」
 広場は高原側から第一~第五広場って名付けてるけど、平原側から三つ目ぐらいまでは左手の崖からの迂回攻撃も利用できるから、まだ攻略は可能としてた。
    「第三広場までの損害見積もりは?」
    「一個軍団程度は覚悟する必要が」
    「いるやろな」
    「第二や第一広場は?」
    「それぞれに一個軍団ぐらいは必要かもしれません」
 う~ん、シャウスの道の五つの砦を突破するのにエレギオン軍の四割の損害が必要なのは被害が大きすぎるわ。とはいうものの、あの狭い逃げ場のない道をゴリ押しすれば、上から狙い撃ちされるだけだから、四座の女神の試算は大げさとは言えないのよね。ここは戦術というか兵器が必要になるのだけど、
    「試作はどう?」
    「見に行かれますか」
 作らせてるのは小型の破城槌。というか箱車と破城槌を一体化させたもの。おそらくだけど、各広場の防御施設と言っても、木柵プラスアルファ程度だと思ってるの。だったら破城槌で突き破ってしまえばどうかって。
    「ありゃ、可愛いサイズだね」
    「ええ、道の狭さを考えると、これぐらいが精いっぱいです」
 破城槌と言っても、屋根から大木をぶら下げるタイプじゃなくて、車ごとぶつけるタイプ。車は人力で押すのだけど、そこが狙い撃ちされるから、箱で覆ってしまう構想なの。
    「テストは」
    「やはり重いです」
 通常の城門攻撃では平地で使わるからエエのやけど、シャウスの道では登り坂を押し上げないといけないから、これが大変なの。押す力を増やすには押す人数を増やすしかないのやけど、道が狭いしクネクネ曲がってるから、長くしたり幅を広げたりは限界があるのよね。
    「それと敵が巨大石弓を備えられると、さらに装甲を強化する必要があり、そうなると押し切れません」
 アングマールの軍事技術の水準は高いの。エレギオン包囲戦の時には不可能と考えてた三十メートル級の動く塔も作ったし、エレギオン側が巨大投石機や巨大石弓を作ったら、すぐに真似して作り上げよった。シャウスの道に箱車的なものをエレギオンが投入するのは予想されるし、対抗策として巨大石弓が備えてるぐらいは十分にあるものね。
    「この破城槌は第四広場の攻略に使うぐらいが精いっぱいね」
    「御意、第四広場までの道は割と広いですし、傾斜もまだ緩やかですから、装甲強化型にしても使えるかと」
    「そうだね、ついでにもう少し幅も広げて、押す人数を増やすタイプを試作してくれる」
    「かしこまりました」
 う~ん、小型破城槌も第三広場には無理か。兵器を使うにも登り道と道幅はネックだわ。兵器は装甲強化すれば大型化して重くなるし、重くなれば押し切れないのよね。巨大石弓を狭い道に据えられて撃ちこまれる前提で作ると厳しいのよね。

 あの道は百回以上は余裕で通ってるから良く知ってるけど、攻めるに難く、守りに易いのは間違いないの。なんかイイ知恵が浮かばんもんかいな。う~ん、う~ん、困った、困った。このままじゃ三座の女神の試算通りの大損害が出てまうやんか。

 順番に考え直そ。まずやけど、敵は坂の上から巨大石弓で撃ってくるやんか。これを防がないと大損害が出るのよね。他にも矢や、投槍、石も放り投げてくるのも確実。狭い道を攻め登ったら、狙い撃ちやもん。

 それを防ぐには盾が必要やねんけど、投槍を防ぐだけでもかなり大型の丈夫な楯が必要やんか。これはシャラックもあれこれ工夫はしてた。丈夫な大型の盾か、う~んと、う~んと何か思いつきそうなんだけど、

    「次座の女神様」
    「なに」
    「破城槌の試作ですが、重量の軽減化のために側面の防御は無しにしようと思いますが」
    「そうよねぇ、横からの攻撃はありえないし」
 閃いた! シャウスの道は登り道だけど、別に城壁攻めてる訳じゃないのよ。道の上からじゃ、横からだけでなく、上からも攻撃するのは無理やんか。巨大石弓なんて横にしか飛ばへんからなおさらやん。埋め立て車は城壁の上から石とか落とされるから屋根の強化も必要やけど、シャウスの道やったら前面だけ守ればエエんや。

 四座の女神に話したら、すぐに理解してくれた。要は壁みたいな大型の盾を台車に付けて押せばエエんやと。前面だけやったら、装甲をかなり強化しても十分に押せるはずやねん。

    「そういう構造でしたら、簡単な組み立て式に出来ますから、持ち運びもラクになります」
 そこから四座の女神と考えとってんけど、広場攻略のために、まず敵の巨大石弓を潰すのが効果的やないかで一致してん。巨大石弓は大きいし、作るのも大変やから、一度潰せば、すぐには代わりは出て来ないはずやと。
    「・・・だからね、巨大石弓も中型の組み立て式に改良して欲しいの。それでね、楯に穴を空けておいて、そこから敵の巨大石弓を撃ち壊しちゃうの」
    「かしこまりました」
 しばらくしてから試作品を見せてもらったけど、四座の女神は思い切った構造にしてた。車輪は前に大型のものだけの二輪式やった。
    「四輪にしなかったの」
    「ずり落ち防止のためです」
 車輪を大型にしたのは悪路対策で、後ろは杭を打って固定できるようにしてた。
    「前が重くなるけどバランスは?」
    「登り坂専用ですから」
 なるほど。基本的に人は乗らずに押すだけで、中型石弓もこの楯車を押し出して固定してから設置するとしていた。
    「最後の柵越えは?」
    「梯子作戦は如何かと」
 この楯車は敵の前に前進拠点を作る効果と見れば良いかもしれない。道が広ければ通用しないけど、狭いからこの楯車が前にあれば、そこまでは軍勢は進めれるってところなの。
    「火矢対策は?」
    「濡らした皮革でとりあえず」
 楯車のエエとこは一台で済むところ。量産の必要がないのよね。壊されたら作らないといけないけど、埋め立て車みたいに一遍に数がいるわけじゃないの。アングマール軍も対策するだろうけど、まずは準備完了ね。