今年は葬式続きや、まずはミツル。認知症で苦しんどったらしいけど享年八十八やから、大往生でエエやろ。そんなミツルとシノブちゃんを結びつけたのが小島知江時代のコトリ。もう六十年ぐらい前やもんな。
続いてマルコになったのは驚いた。歳取っても瞬間湯沸かし器は健在やってんけど、怒って、転んで、骨折って、入院して。検査したら癌が見つかって、そのままになるとは夢にも思わんかった。
お見舞いにも行ったけど、マルコの日本語は進歩どころか退歩しとったな。でもそんなマルコをミサキちゃんにくっ付けたのも小島知江時代のコトリ。葬式は悲しいと思うけど、エエ時間過ごせたやろ。別れを乗り越えていくのも女神の宿命やねん。ここが会場やな、
-
『故マルコ・タンブロニ・アルマロリ・コウサカ氏告別式場』
そういう訳でもないけど、シノブちゃんに続いてミサキちゃんも休職になってもた。このまま宿主代わりやろな。そやからコトリも三十階に引っ越すことにした。ついでにエレギオンHDに就職。とりあえずユッキーの秘書。そりゃ、ユッキー一人じゃ可哀想すぎるやろ。
-
「コトリ、お帰り」
「おっ、ただいま」
そりゃ、コトリより古代エレギオンを知ってるのはユッキーぐらいしかおらへんからな。ユウタ教授じゃ話にもならへんし。そやから、会計士の資格を取って、ついでに司法試験に通っといた。司法研修所に行くのは気が乗らへんかったから、エレギオンHDの法務で実務やれば七年ぐらいで弁護士免許がもらえる寸法。前にユッキーがやった方法やねん。
-
「とりあえずビールにしようか」
「あれでイイ」
「そやな」
ユッキーが苦労して作り上げた古代エレギオン時代のビールがだいぶ残ってる。あれはさすがに現代人の口に合わへんし、やっぱりユッキーと飲むのが最高。
-
『カンパ~イ』
立花小鳥時代もユウタには心が動いたけど、後はやめたんもそれがあるんや。コトリが結婚して、ここを出て行ったりしたら、ユッキーが独りになるやんか。そやからユッキーが結婚してからにしようと思ててん。そいでも結局ユッキーが結婚せんかったから、立花小鳥も独身で終ってもた。
-
「そういやユッキーは結婚したことあるんやな」
「古代エレギオン時代のこと?」
「あれは女神の男であって結婚やあらへん。もっとちゃんとした普通のやつ」
「ああ大聖歓喜天院家時代ね。でもあの時は、満足する思いが出来ないの呪縛があったから、不感症でつまんなかった」
「でも子どもを産んでどうだった」
「そりゃ、可愛かったわよ。今でもたまに夢に出てくることがあるよ」
コトリの未体験ゾーンで、これからも永遠の未体験ゾーンになりそう。
-
「でもなんでこんな呪縛をイナンナ、いやアラッタの主女神は残したんやろ」
「そうよね。コトリの寿命もそうだと思うんだけど」
これを聞くにはシオリちゃんに宿るイナンナの記憶を呼び覚まさないと無理やけど、それはいくらコトリやユッキーでも怖すぎるし、そもそも出来そうにないから見果てぬ夢ってところ。
-
「それにしてもアラッタの神殿にあった秘術の間ってなんのために作ったんやろ」
「アラッタの主女神に聞いたことあるけど・・・」
神の能力によって差があるから出来る出来ないがもちろんある。これも理由は不明やけど、ユッキーはジャンプも、神の取り込みも受け渡しも出来るし、ほぼほぼコトリの出来る事は、コトリより上手い。でも、神の分身だけは作れないんよね。これもようわからん。
こういう秘術が一番盛んに研究されたのが天の神アンの支配時代だって言われてるんや。平和だったんもあるけど、そこは神だから打倒アンのために研究しとったんかもしれへん。とは言うものの名前の通り秘術やから、他人に教えるものやないんよね。そういう術があるのは知ってても、どうやってやるかはわからんのが多かったってこと。
-
「天の神アンの支配の絶頂時代にそういう秘術を集めた時期があったそうよ」
アンは秘術を身に付けるようになってさらに強大になったぐらいかな。ちなみにその記録管理をやったのがエレシュキガルらしい。ただエレシュキガルは、その記録を抱えて冥界に籠っちゃったんよね。
-
「エレシュキガルが冥界を作って引っ込んじゃったのは、アンに秘術の独占を許さないためもあったのかしら」
「今となっては知ってる神もおらんやろ。エレシュキガルもいなくなったし、ユダも知ってても教えてくれへんやろし」
あの秘術の間は、その時にイナンナが失われた秘術の再発見のために作られたものでエエ気がする。それに秘術もあった。パリの時に使った冥界の扉を開くやつ。人として読んだ時には意味あるものはなかったけど、ひょっとしたら他にもあったかもしれん。
-
「ユッキー、もう残ってないやろな」
「さすがにね」
アラッタから脱出した時には置いて行ったからな。つうかあんな粘土板抱えて行けるわけないし。あれから五千年、残ってるわけないよな。
-
「でもコトリ、ひょっとしたら覚えている神はいるかもしれないよ」
「おるか、そんな奴」
「たとえばナルメル」
パリでミサキちゃんが倒したナルメルは冥界に入るための秘術を知ってたんよね。でもナルメルもいなくなってるやんか。
-
「たとえばさ、エレシュキガルの書記だった神なら覚えてるかも」
「それってゲシュティンアンナのことか」
イナンナは順番に回っていくんだけど、誰もがイナンナの死を悲しみ、喪に服していたので指名することは出来なかったのよ。ところが夫であるドゥムジだけは喪に服さず、着飾って出迎えるんよね。怒ったイナンナはドゥムジを指名するのよ。
ドゥムジは逃げ回り、最後は姉のゲシュティンアンナに匿われるのだけど、そこも見つかり、姉とともに冥界に連れ去られてしまうんよ。ただし、二人で半年交代にしてもらって、一年の半分ずつは地上で暮らせるようになったってお話。
-
「でもさぁ、エレシュキガルの冥界も冥界の神々もミサキちゃんが掃除しちゃったやんか」
ユッキーは少し考えたけど、
-
「まずアンは殺されずに脱出してるよね」
「あれは特殊例ちゃうか。ミサキちゃんの目に触れる範囲におらんかったはずやし」
「ミサキちゃんでドゥムジやゲシュティンアンナに勝てるかな」
ユッキーの見方やねんけど、冥界の神々でもドゥムジやゲシュティンアンナは違うんじゃないかと。
-
「まずイナンナの冥界下りは叙事詩とは事実が異なるし、イナンナの夫はドゥムジでもない。さらにゲシュティンアンナはドゥムジの姉でもないよ。古い伝承に天の神アンによってドゥムジは冥界の番人にされたって話もあるじゃない」
「そう言えばあったけど、あれホンマかいな」
「もしドゥムジが冥界の番人であれば、冥界の神を制圧できるだけの力があったはずなのよ。というか、地上でも冥界でも力は変わらなかったと見るべきじゃない。ゲシュティンアンナも同様の可能性があってもおかしくないし」
嫌な話やな。ミサキちゃんの話だったら、冥界で出会った神で最強だったのはナルメルだもんな。冥界でミサキちゃんが強かったのは反転世界だったからだけど、神の力自体が増えるわけじゃないから、ナルメルもその程度ってこと。ドゥムジやゲシュティンアンナとなるとクラスが違うもんな。
-
「それとミサキちゃんは七つの門の奥の冥界の宮殿まで行ってるけど、その奥は行ってないでしょ」
「そりゃ、ナルメル倒したら引き返すやろ」
これはコトリも知らんかったけど、冥界はエレシュキガルでなく天の神アンが神の牢獄として作ったって伝承があるそうなんや。ひょっとしたら、冥界の宮殿の奥にさらなる冥界が広がっていて、ドゥムジやゲシュティンアンナはそこにいたからミサキちゃんは出会わなかったんじゃないかって。
-
「それやったら場所ごと別の可能性もあるんか」
「それもありうるね」
まあ冥界があったところで出てこんかったらエエようなものやけど、
-
「結果としてミサキちゃんが天の神アンを地上に戻してしまい、さらにそのアンをシオリちゃんがフェレンツェで滅ぼしちゃったじゃない」
「どっちも必要やったんは必要やったけど、なんか嫌な呼び水になりそうやな」
また対神戦があるんやろか。それはそれでスリルがあって楽しいけど、こっちもミサキちゃんとシノブちゃんを欠いてるから、出て来るならもう少し先の方が嬉しいな。
-
「話は変わるけどシオリが結婚するわよ」
「やっとか。でも目出度いこっちゃ、相手はサトル?」
「もちろんよ」
お似合いやと思うで。サトルは間違いなくシオリちゃんを愛し抜いてくれるはずや。エエ男を見つける目はもってるんやけど、なぜか他のにさらわれてまうんよね。
-
「どこで」
「聖ルチア教会」
「見に行こか」
「ブーケトス狙いでしょ」