女神の休日:地上へ

 ぶっ倒れたナルメルを見下ろしながら、どうするかは途方に暮れる思いなのよ。そりゃ、あんな野郎の愛人になるなんて真っ平ゴメンだけど、その代償の冥界暮らしもウンザリしそう。それに暮らすたって、どうやって暮らすんだろこんなとこ。

 とにかくなんにもないところ。冥界は真っ暗じゃないけど、夕暮れ時の薄暗さ。それが全然変わらないから、時間の経過の感覚はとっくに麻痺してる。入口から七つの門とその付属施設、宮殿はあったけど。他はなんにもないのよこれが。

 売店や食堂どころか、家一軒見かけなかった。それどころか鳥とか犬とか猫もまったくいないし、虫一匹いないのよ。草や木だって第三の門にあっただけ。あれだってあの時の食べ物同様にミサキを騙すためだけにあった気がする。あれって何食わされたんだろ。気色悪いけど、食べちゃったからあんまり考えようにしとこ。

 冥界って、食う事や眠る事さえ不要の退屈地獄にも見える。オシッコさえ出ないもの。そこで唯一やれるのが何故かアレ。アレしかやる事ないから究極まで煮詰まって暴走の果てかな。世の中煮詰まり過ぎるとロクなことにならない見本にも思える。

 第三の門はガチレズ集団だったけど、第四の門の建物の中に踏み込んだら、鎖で吊るされてるのや、変な椅子に縛られてるのがいて、なんかの罰でも受けてるのかの思っていたけど、ここまで来ればもうわかる。

 第三の門はガチレズ集団だったけど、第四の門はSM集団だ。第五の門は男だけしかいなかったからガチホモ集団やろ。ガチホモ、ガチレズ、SM以外は特定できないけど、女が男を襲うとか、両刀使いの乱交とかあったのかもしれない。

 おそらく各門はそれぞれの性的指向で別れてて、冥界の神は自分の性的指向にあったところに居着き、中には巡回するのもいたかもしれない。そんな冥界でのミサキの価値はガチホモ集団を除いて、

    『ウブ』
 子どもが二人もいて、実年齢で五十歳にもなるミサキがウブってするのも変だけど、あくまでも比較の問題。あっちは何千年もこれだけに熱中してる超がいくつ付くかわからないベテランだから、極限まで練り上げられた熟練のテクニックで、ウブ同然のミサキをヒィーヒィーいわせて泣かせるのが楽しみぐらい。

 だからかもしれないけど、戦うと言うより、捕まえにきてた気がしてる。殺しちゃったら意味ないからね。泡になって殺されるんだって、神なら飽きるほど生きてるから、文字通り命より大事ってところで良さそうな気がする。

 でもイナンナってどんな目に遭わされたんだろう。叙事詩も読み方だけど、ひょっとしたらガチホモ門は除いてフル・コースだったとか。もしそうだったら、絶対に他人に話さないだろうな。社長も副社長にも冥界下りの話をするのを嫌がったのはわかる気がする。


 そんな事ばっかり考えててもしょうがないんだけど、とにかくこれからどうするかよね。宮殿前の乱闘で脱がされた靴はなんとか見つけたけど、服はもうどうしようもないのよこれが。ナムメルの前で脱ぐ時に裂けちゃってもうボロ布同然。

 宮殿の中も見て回ったけど、とにかく服が一着も見つからないどころか布きれ一枚見当たらないのよ。冥界の神を溶かした時に服も一緒に溶けてから、冥界の服ってのも神が自分で生み出したものかもしれない。

 こんな何にもない宮殿にいたところで仕方がないから、とりあえず第三の門まで戻ることにした。あそこは冥界の中で一番地上に近い感じがしたもの。冥界は暑くもなく、寒くもなく、昼も夜もないから裸でもなんとかなるけど、なんか落ち着かない。

 そりゃ、そうよね、素っ裸で歩くなんて露出狂でもなきゃ普通はしないもの。突破してきた七つの門だけど、帰りに見るとボロボロ。まさに廃虚みたいになってた。それもミサキが見てる間にも廃虚化が進んでいた。

 期待していた第三の門も同様。あれだけ瀟洒だった屋敷も門も見る影もなく、服のカケラさえ見つからなかった。なんなんだこれは、さすがにガッカリしちゃった。理由は推測するしかないけど、あの門や建物さえ、神の力で維持していたとか。その冥界の神が滅んだら、建物も滅ぶってことで良いみたい。

 ナルメルには冥界の女王になるっていったけど、女王も何もミサキ一人しか残っていない感じ。いや、神が死んだナルメルが宮殿にいるか。どうしよう、宮殿に戻って人になったナルメルに相談するのもあるけど、神が去ったナルメルじゃ役に立たないだろうな。ましてや、結果的に男と女が一人ずつ残ったからって一緒に暮らすのも気が乗らない。そうなると入り口だったところに戻るしか今は考えられないわ。


 問題なのは殆ど出れた神はいない事なのよね。すっごく強大だったはずのニンフルサグやエンキドゥだって出れなかったんだ。出れなかったが故にナルメルに屈してしまったともいえる。

 出れたのはイナンナがやった身代わり方式かエンキドゥのバイパス方式。エンキドゥ方式は無理そうだからイナンナ方式に期待するしかないんだけど、今のところ身代わりはいそうにないのよねぇ。

 でも身代わりはいないけど、イナンナ方式は再考の余地はありそう。イナンナの時はフル・コースでやられまくったとすると、門の機能は健在じゃん。あの身代わりって、門を逆に戻る時の通行料ぐらいに見たらどうだろう。代わりに行ったのはドゥムジだからガチホモ地獄に・・・それはもうイイか。

 ミサキの場合は門どころか冥界の神まで皆殺し状態にしてるから、帰りもフリー・パス。イナンナもエレシュキガルの軛にかかっていないから、ミサキも表口から出られれば地上界に無事戻れる可能性はあるかも。

 ミサキはひたすら陰鬱な道を戻ります。第二の門、第一の門の廃虚を通り過ぎて、洞窟はやがて行き止まりに。えっと、えっと、この辺のはず。なんとなく見覚えがあるし、空気だって入った時にはゲッて感じのところだったけど、冥界の神殿とかに較べると遥かにマシな感じがするもの。きっとここは地上界に一番近いところのはずよ。

 入って来た扉はやっぱりないけど、あれはきっと中からは開けられないというか、ナルメルしか開けられない細工が施されているでイイ気がする。さてどうしよう。押したぐらいじゃビクともしないし。ここを突破できないと帰れないじゃない。

 ダイナマイトでもあれば吹き飛ばせると思うけど、そんなものが冥界にあるとは思えないし、女神の力で突破するには・・・シノブ専務の一撃よね。あれは物凄い威力だった。見たのはデイオルタス事件で監禁された船室からのものだけだけど、船室の天井をぶち破っただけじゃなく、ブリッジまで貫いて操船不能にしちゃったもの。

 でも一撃ってどうやって放つのだろ。やっぱり教えてもらっとけば良かった。たしか、とにかく集中してパワーを一点に絞って押し出すらしいのだけど、ヒントはそれだけしかないし。ぶつぶつボヤいて悩んでても仕方ないか。とにかくやってみよう。

    「集中、集中」
 ミサキは呪文のように唱えながら、とにかく右手の指先にパワーが集まるように念じまくった。最初はなんにも起らなかったけど、やっているうちに体内のエネルギーの流れを感じて来たの。そうなの、この流れ方、流し方は癒しのパワーを送る時のものに近い感じじゃない。だったらミサキにも出来るはず、ひたすら念じ、パワーを指先に集めるように、あれこれやってるうちに、指先にパワーがドンドン集まる感じがしてきた。なにか痛いぐらいに集まったと思った瞬間に、
    『ドッカ~ン』

 なんか出たけど物凄い爆風にミサキも薙ぎ倒されちゃった。もうもうたる煙が立ち込めたんだけど、薄れゆく意識の中で、

    「よくやったわ。ミサキちゃん」
    「ルナのところにビールも冷やしてあるで」
 これだけ聞こえて意識を失いました。助かったのかも・・・しれない。