「支部は」
「東京と大阪を大きな拠点として、全国に十ヵ所ぐらいです」
規模としては新興宗教にしたらそれなりに成功してるぐらいかな。
「東京支部と大阪支部は大きいのか」
「五階建てのビルです」
内装とかは豪華みたいだけど、そこら辺は新興宗教だから、どこもコケ脅しにそうするのは横並び程度。
「宗教活動は」
「まともで良いと思います」
新興宗教も阿漕なところは阿漕。高いお布施や奉納金や、トンデモな祈祷料を取るところはいくらでもあるし、それ以外にも高額セミナーとか、合宿、霊感商法みたいなことをやってるところはいくらでもあるもの。さらにとなれば、もろマルチ商法みたいなことをやっているところも珍しくもない。
月集殿だって奉納金とか、祈祷料、セミナーをやってるけど、金額的には良心的だよ。見ようだけど、カモから搾り取るより、薄く広く集金してる感じ。それを悪いと言ったら、宗教ビジネス自体が成り立たないものね。
「まあそうやな。ホイでも月集殿は本物の御利益を期待できるで」
「どうしてですか」
「当たり前や。教祖が本物の神やからや」
そりゃ本物の神だけど、その神の御業が男から女への一方通行の性転換で、神の所業がマゾ奴隷の養成管理じゃない。そんなものが御利益として嬉しい人は限られてるよ。
「経営は」
「堅実です」
大儲けをしてるわけじゃないけど、毎年確実に利益を上げてるぐらいで良いと思う。ゲシュテインアンナの経営手腕だったら、もうちょっと派手に儲けてそうなものだけど、とにかく堅実としか評価のしようがない。
「完全に隠れ蓑にしてるな」
そうなのよね。ユッキー副社長ですら、熊倉レポートの出元が月集殿だと聞いて驚いたぐらい。イメージとしては、派手に目立つことがない地味な新興宗教なのよね。シノブもあのバカ固いセキュリティ・システムがなかったら、調査する気も起らなかったぐらいだもの。それこそ開けてビックリ玉手箱って感じだよ。
「本部が出来たのは?」
「運用が始まったのが十年前です」
コトリ社長はしばらく考えてから、
「月集殿が始まったのは五十年ぐらい前やろ。その二年前ぐらいにナルメル事件や。あの時のエレキシュガルの冥界の崩壊でゲシュテインアンナが冥界から出てきたと考えると合うな」
「でもマドカさん事件は二十二年前です」
「そやけどゲシュテインアンナは姿を現してへん」
だったら最初からマドカさんをさらう気はなかったとか。
「アホ言うな。せっかくのドゥムジの献上品やで、見に来たけどあきらめたに決まっとる」
別に決まってないと思うけど、結果は現れなかったのは事実だよね。
「ではドゥムジはなぜゲシュティンアンナと合流を」
「行くとこに困ったんちゃうか」
おいおい神だぞって言いたいんだけど、北田財閥及び南武グループの盛衰はゲシュティンアンナの手腕によるところが大きいとコトリ社長はしてるのよ。戦前にあれほど大きくなれたのも、戦後に財閥解体を乗り越えて南武グループとして再結集できたのも、すべてゲシュティンアンナの経営手腕と言えるかも。
「今の南武グループは青息吐息で、実質的に小野寺グループの傘下で建て直し中やんか。円城寺家かて破産したわけやないけど、経営から離れてるし、収入も小さなったから、優雅に住み込みの執事を置ける状況やないと思うで」
ドゥムジが神として強大なのはコトリ社長は自分の目で見て確認してるけど、経営手腕は無能で良いみたい。円城寺家にドゥムジがいる時代は、戦後は財閥解体で切り売り状態、今だって小野寺グループに吸収されてるもの。
「無能かどうかしらんけど、ドゥムジがやってるのは執事やから経営にタッチできへんし」
ドゥムジの方がより趣味に生きるのはそうみたい。どこかに寄生して自分の趣味に勤しむタイプで良さそう。趣味と言ってもマゾだけど。コトリ社長はそこから、またもう少し考えられて、
「熊倉レポートの御主人様って優男となってるけど、歳はわからんよな」
「印象として老人ではありませんが、青年って感じでもなさそうです」
コトリ社長はうんうんと考えた末に、
「ゲシュティンアンナは五十二年前に復活して月集殿を始めたでエエと思う。そやけど、選んだ宿主が悪かったのか、二十年前ぐらいに宿主代わりなったはずや。宿主代わりの不調期に呼び寄せたのがドゥムジやろ」
コトリ社長の計算では、その時に二十歳ぐらいの宿主を選んでいれば、三十歳ぐらいの時に本部が完成し、今は四十歳ぐらいなり、御主人様と呼ばれた優男になるとしてた。そう男の神は歳をとるのよね。
「ゲシュティンアンナは女神やから宿主依存性かもしれん。カズ君もそうやった」
なるほどね。山本先生には首座の女神であるユッキー副社長が宿っていた時期があったけど、少しぐらいは若く見えたけど、ほぼ歳相応だったものね。
「なんのためにあの本部を」
「そんなもん趣味のために決まってるやろ」
やっぱり。趣味に勤しむのは悪いことではないけど、ゲシュティンアンナの趣味はマゾ奴隷の調教と管理なんだよね。それも性転換させた元男だよ。
「そこはちゃうと思うで。円城寺家時代のゲシュティンアンナは性転換させた息子だけやなく娘もマゾ奴隷にしとった」
「だったら、えっと、メインの趣味はマゾ奴隷の養成と管理だとか」
そうかもしれない。ゲシュティンナンナはいわば性同一障害者だけど、神の便利さで宿主を男にすることによって解消してるんだ。つまりは心も体も完全に男として良いはず。もうちょっと言えば恋愛対象は女だ。あれを恋愛対象と言えたらだけど。
だから女だって普通に抱くわけだ。マゾの楽しみは相手の心を折って服従させてしまう事だけど、性転換させるのは男の方が心をより折りにくいからぐらいだよね。そりゃ、いきなり女にされて犯されたら死に物狂いで抵抗するはずだもの。
とにかく趣味だから、獲物は手強い方が楽しみが増すってやつだ。だからと言ってホモじゃない。男に欲情は湧かないはず。
「だったら仮に本部にいるのがマゾ奴隷だったら、本物の女のマゾ奴隷だとか」
「信者から身寄りのないのを選び抜いたんちゃうか。神道系やから最上級の巫女扱いや」
巫女も神職だから信者から採用しても良いものね。本部の住み込み巫女がいても不自然じゃない。というか、あんな不便な所に通勤なんて出来ないもの。巫女として採用できるのが仏教系との差になるかも。
「もしかして本部への特別参拝は巫女の採用試験だとか」
「それも兼ねてる部分があると考えてる」
マゾ奴隷にされるのはともかく、熱心な信者ならば本部の教祖に近いところで巫女として採用されるのは名誉かもしれない。というか、そう言う風に布教してるんだろ。
「やっぱりメイド服ですか」
「ちゃうやろ」
支部にも採用されてる巫女はいるけど、あれはよくある巫女装束。本部も同じと考える方が自然だよね。だとすると、
「メイド服の連中は熊倉と同じや。女に変えられたマゾ奴隷や」
付け加えて、熊倉は巫女を一度も見ていないとして良いと思う。完全に隔離されて飼育されてるはずだよね。どうしてなんだろう。そしたらコトリ社長は、
「羨ましいこっちゃ」
「マゾ奴隷養成学校なんて経営したいのですか?」
「ちゃうちゃう、そうやって専念できる趣味を持ってることや」
これも神の発想で、とにかく時間だけは無限にあるから、退屈で退屈で、生きる事さえ遠の昔に倦み飽きてるんだよね。そんな生きなければいけない時間を活かす趣味があるのが、神としては羨ましくて仕方がみたいなんだよ。
「シオリちゃんなんかフォトグラファーにあれだけ入れ上げられるのが、羨ましいてしょうがないやん」
あのぉ、フォトグラファーとマゾ奴隷養成学校の経営を同列に並べて欲しくないけど、神から見たら同列に見えそう。シノブはまだ百年ぐらいしか記憶がないから、そんな感覚はないけど、
「心配せんでも、そのうちそうなる」
誰が心配するか! そうなってしまうのが心配なの。それは、ともかく、
「ああ、間違いないと思う」
「但馬にゲシュテインアンナはいますね」
「もうちょっと気合入れて月集殿探ってくれるか」