謎のレポート(第22話)監禁場所

「熊倉の監禁場所の推測は」
「月集殿の本部と仮定すれば符合する部分はあります」

 月集殿の本部はこじんまりした盆地の中にある。だから熊倉が見た森や山の描写はあてはまるんだよ。でもそれだけじゃ、日本でも他にありそうだけど、少なくとも反していない。

 宗教系の本部と言えば、人目を驚かすような壮大なものが多いけど、月集殿本部はあえて言えば西洋風城館。城と言うより御殿かな。造りは三階建で寄棟の屋根。だから三階の上に屋根裏部屋があり、さらに建物の両端が突き出てるんだ。

 これは熊倉レポートにある館の描写と合致する部分は多いんだよね。熊倉が食堂で見た女は十人。さらに部屋は廊下を挟んで南北に並んでるとなってる。そうなると南北に五室ずつになるはずだけど、左右の突き出し間の窓は五つなんだよ。

 熊倉は南側の部屋にいた可能性が高いと思うけど、そうなれば左側の突き出し部分に浴室があり、右側の出っ張り部分に食堂があったとしたら話が合うのよね。さらに言えば左右の突き出しの一階部分は出入口になっているから、熊倉が食堂を通って階段を下りて庭に出た話とも合致するんだよ。突き出し部分は階段室で良さそう。

「窓の配置なんかピッタリやし、左右の浴室や食堂も出入り口もそうや」
「でもこれなら三階から二階のテラスに飛び降りれそうだし、窓も嵌め殺しじゃないし、鉄格子もないじゃない」

 月集殿本部は部外者立ち入り禁止。それも半端じゃない厳重さで、調査員を派遣するにしてもCIAのスパイ並みの潜入調査が必要なぐらい。だか月集殿本部の画像は教団パンフにあるもののみ。

 教団パンフの画像だって実物じゃなく完成予想図なんだよね。建物全体がおおよそこの規模なのはグーグル・アースで確認できるけど、窓やテラスがどうなっているかの側面部分の確認は無理だった。

「未だに実物画像じゃなくて、完成予想図のままなのは、見せられないものがあるからでしょうね。熊倉の監禁場所としてまず間違いないね」

 シノブもそう思う。本部への接近の厳しさと合わせてもそのはず。予定していた二階のテラスが無いのはともかく、鉄格子付きの窓は宗教施設に似つかわしくないものね。

「月集殿はゲシュティンアンナと読めん事ないな」
「でもアンナがないじゃない」
「女っぽいから省略したんやろ」

 この辺はアンナまでつけると、長くなりすぎるし、漢字に置き換えるのに無理もあった気がする。

「宗教系に入り込むのは神のシノギとしてポピュラーだものね」
「ああ一番多いかもしれん」

 ユッキー副社長も明治時代から昭和まで教祖様やってたし、浦島夫妻も亀縁起やってるもの。ナルメルが作った共益同盟も宗教系に近いし、他にも占い師とかもいたものね。

「ユダもローマで枢機卿やってるよ」
「ゲシュティンアンナが新興宗教やってもアリやもんな」

 細かい事情は省略するけど、ゲシュテインアンナは旧華族の円城寺家に入り込み北田財閥を乗っ取り、戦後は北田財閥を再結集して南武グループの総帥をしている。

「円城寺家に戻らなかったのは」
「命が惜しかったんやろ」

 エレギオンの女神がゲシュティンアンナと関わったのはマドカさん事件の時。あの時はゲシュティンアンナは姿は現さなかったけど、

「マドカさんの師匠は主女神のシオリだよ。シオリに喧嘩なんか売ったら、わたしもコトリも全面加担するのは目に見えてるじゃない。それ以前にシオリ一人見ただけでも尻尾巻いて逃げるよ」

 神は出会ってしまうと、どちらかが死ぬって言われるぐらい仲が悪い。だからデイオルタスも、魔王も、ナルメルも、天の神アンも死んでるんだ。だから殆ど生き残っていないのだけど、生き残ってる神は無謀な喧嘩は売らないタイプだとユッキー副社長も、コトリ社長もしてたものね。

「あれやろな。円城寺家におって、南武グループの総帥なんてやってたら、どこかでコトリやユッキーとガチンコ勝負に追い込まれるのを避けたんやと思うで」

 うちの二人も対神戦となると相当どころじゃない殺伐さなんだよ。正々堂々なんてクスリにしたくてもなくて、対魔王戦なんか陰険さの塊みたいな策略で仕留めちゃったし、対デイオルタス戦なんて完全な騙し撃ち。

「当たり前や。殺し合いやで。生き残った者が勝ちに決まってる」
「そうよ。手段じゃなくて結果よ。騙された方が悪いに決まってるじゃない。日本でも勝てば官軍と言うでしょ」

 とにかく普段も騙したり、ウソ吐くのに良心の呵責なんてゼロじゃないかと思うぐらいだものね。まあ、それが出来たから、こうやって五千年も生き残ってるともいえる。

「そやけど、熊倉レポートが本当やったら、ゲシュティンアンナとドゥムジが手を組んでる事になる」
「ドゥムジも好きだね」
「さすがにやってへんと思うけど」

 ゲシュティンアンナはガチガチのサディストで、ドゥムジはゴリゴリのマゾヒスト。凸凹コンビで良さそうなものだけど、あれを仲が良いと言うんだろうか。

「ああそやな。あの二人はサドとマゾの関係やけど、その関係で燃えたのは一万年前のエランで人やった時の話や。地球で神になってからはSMプレイはやってないでエエと思う」
「そうだと思うよ。正体はともかくドゥムジだって男の姿のゲシュティンアンナとSMしたくないはずだよ」

 仲が良かったと言うか、SMプレイを楽しんでいた時代があったのは間違いないから、今でも腐れ縁ぐらいの関係で共存協定を結んでるぐらいはあるか。前の時もドゥムジはマドカさんを、あれだけ手間をかけてゲシュティンアンナの献上品に仕立て上げていたものね。

「そっちの方が神の目的なら妥協ぐらいするわ」

 シノブも神だけど、昔からの神の発想は人とはかなり違う。いろいろ違うところはあるけど、とにかく不死みたいなものだから、安定して食っていける場所の確保が優先される面が確実にある。

 これもシノブも宿主代わりを経験したからわかる部分はあるもの。とにかく宿主代わりをすれば宿主が変わるから別人になるんだよ。名前も戸籍もそうだし、財産だって、家族だって縁が切れちゃうのよね。子どもや孫と縁が切れるのはさすがに悲しかったし、寂しかったもの。ミサキちゃんもそう言ってた。

 主女神を宿すシオリさんもそう。シオリさんはフォトグラファーなんだけど、加納志織から麻吹つばさになって何が困ったかって

「腕は同じでもネームバリューがゼロになる。こういう商売は名前が売れないと始まらないのだ。フォトグラファーなら弟子入りから始めないとならんことになる。無駄な時間だ」

 実際はあれこれあって、弟子入りしたはずの星野君の師匠になって、いきなりブイブイ言わせたのだけど、手順としてはそうなる可能性があったぐらいかな。

 コトリ社長やユッキー副社長になるとシノブの四座の女神だけじゃなく、宿主にしてる神が見えちゃうのよね。だからシノブもいきなりエレギオンHDの専務になれたんだ。もっとも、あの時はまだ十九歳だったから、そっちはそっちで苦労した。

 ユッキー副社長が前に言ってたけど、エレギオンHDを経営しているのは、宿主代わりをするエレギオンの女神の受け皿のためだって。こうやって帰るところがある有り難さは、シノブも実感したよ。

 もっとも、それにしてものエレギオン・グループの成長ぶりだけど、コトリ社長やユッキー副社長に言わせると、

「商売なんてボチボチで十分やんか」
「そうよ、そうよ、食べて行ければ何が不満なの」

 迎え入れてくれる場所と、食べれることが何より重視されるのが神の常識で良いみたい。だからドゥムジが食うためにゲシュティンアンナと手を組むのは当然ぐらいの判断になっちゃうと思う。