氷姫の恋:ある日のクレイエール

 コトリの記憶封印も剥がれかけたみたいで、三年後にカズ君のマンションで再会。この時はビックリしたけど四座の女神を宿らせた結崎忍だけではなく、三座の女神を宿らせた香坂岬まで一緒だったよね。シオリに宿らせてた主女神と合わせて四百年ぶりの五女神そろい踏み。

 あの時はシラクサ脱出以来のわだかまりもあって、コトリと力比べをすることになっちゃった。やっぱりコトリがフル・パワーで来たら強いわ。でもそれを契機にコトリの記憶の封印も一気に剥げちゃったものね。

 後は因縁の魔王戦、恨み深きデイオルタス戦と共闘、相本准教授に宿って行った第一次エレギオン発掘調査は感動的だった。あの地に再び立てるとは思いもしなかったものね。宿らせてもらったお礼に相本准教授を綺麗にしたのだけど、気が高ぶり過ぎてやり過ぎた。まあ、綺麗になり過ぎて悪いことは少ないでしょ。

 そんなコトリの小島知江時代も終わり、やがて立花小鳥時代に。コトリの宿主代わりはいつもハラハラさせられんだけど、今回もやってくれてたみたい。まったく、一緒にいなくて良かったよ。

 コトリの記憶の封印が解けて笑ったのは宿主代わりの不安定期まで復活してたこと。その頃には二人の友情は復活してたから、恒例のように助けてあげることにした。

    「コトリ、あの子?」
    「そうや。メグちゃんならコトリの秘書だし、係累も少ないんや」
    「でも、趣味じゃない」
    「趣味に合わせたらエエやんか」

 十七年間棲んでいたカズ君を離れ小山恵のところに移ってコトリの秘書でございです。不安定期のコトリのコントロールは三座の女神でも苦戦してたけど、過去の記憶がないからしかたがない。あっても難しいかな、でもわたしなら出来る。

 そうやって秘書としてコトリと組んでいきなり起ったのが最後の魔王戦。あの時は三座の女神が危機一髪状態だったけど、なんとか救い出し、ついに魔王にトドメを刺せた。それだけじゃないわ、コトリとのコンビが完全復活した感じ。復活した感想? そうね、落ち着くところに落ち着いた感じかな。

    「おはようございます、立花専務」
    「やめてやユッキー、皮肉言われてるみたいやんか」
    「ここは社内でございます。どうか小山とお呼びください」
    「参ったな。世界一優秀かもしれへんけど、世界一扱いにくい秘書やで」

 コトリが勤めているのはアパレル・メーカー。ヒマ潰しに会社を成長させてみた。

    「ユッキー、そこそこでエエやん」
    「でも退屈じゃない」
    「そうやねんけど」

 コトリの能力はわたしとほぼ互角。やる気になれば、なんでも出来るけど、フル・パワーで働かないのが趣味みたいなところがある。

    「今でも専務やから、食うに困らへんし」
    「わたしが退屈なの!」

 コトリを焚きつけてもう一度エレギオン発掘調査にも行かせたよ。この調査をテコにクレイエールを世界的企業に発展させてあげた。もっともコトリは、

    「だから言わんこっちゃない、海外出張が増えちゃったじゃない」

 コトリの持病に時差ボケがあったのは、久しぶりの新発見。四百年前は時差なんて感じようがなかったものね。もちろん尻叩いて行かせたけど。

    「ユッキー、今月の予定もムチャやで」
    「専務、御心配なく。すべて綾瀬社長の承認を頂いております」
    「それ承認やなくて、コトリの抗議を受け付けさせない根回しやんか」
    「いえいえ、高野副社長にもしっかりと」
    「あのなぁ」

 文句言いながらもコトリはいざとなれば、ちゃんとやるのは知ってる。綾瀬社長も、

    「この件は立花専務に任せる」
    「社長、少しお待ちください。今抱えてる案件の上にこれも担当するのは無理が生じます」
    「専務、心配しなくともよいぞ。これぐらいは問題ないと小山君が太鼓判を押してくれた」
    「それって順番が逆では」

 帰って来たコトリは、

    「ユッキー、ちょっとは手伝ってくれてもエエやんか」
    「はい専務、秘書としてサポートに勤めさせて頂きます」
    「じゃ、なくてこの抱えてる仕事の方」
    「わたしは単なる秘書でございます」
    「もう、そればっかり」

 手伝ってあげたいけど、ここは人の組織だよ。コトリは専務でわたしは係長。そりゃ、出来る事が違うからね。

    『カランカラン』

 バーで二人で飲みながら、

    「ユッキー、今でもエレギオン復活を夢見てるん」
    「まあね」
    「宗教でまた?」
    「あれはダメ。他の形がイイと思ってる」

 エレギオン人によるエレギオン王国の復活はあきらめてる。だって、エレギオン人がいないもの。

    「コトリ、女神のためのエレギオンは必要だと思うの」
    「なるほどね。幸い四女神が奇跡的にそろってるもんな」
    「でもさぁ、そこまでするかどうかなのよねぇ」
    「たしかに」

 わたしもコトリも記憶の継承が復活しちゃったから、この件は時々話してるのよね。

    「そうなったらユッキーが据え付けのトップやな」
    「ダメよ、今度はコトリがトップよ」
    「どっちがしてもエエようなもんやけど、ユッキーの方が落ち着きがエエで」
    「ざんね~ん。いくら頑張ってもコトリは専務、わたしは係長だから、今度はコトリよ」

 部下でいるのも気楽でイイし。

    「今度は守りたいな」
    「そうよ、二度とあんな事にさせてはいけない。もし次があって、同じような事態になっても人を巻き込んではいけないわ」
    「そや、神の問題は神だけで解決せなあかん。それで死ねるなら本望やんか」
    「というか、死ねるのが本望なんだけどね」

 ここでコトリがふと真剣な顔になり、

    「ユッキー、ちょっと気が変わって来てるねん。もうちょっと生きてもイイかなって」
    「あらコトリも。わたしもちょっとね。記憶の中断を挟んでリフレッシュしたのかなぁ」
    「そんな気がするんよ。ユッキーも気が付いてるやろ。お互いをなんて呼んでるって」
    「そうなのよね。この調子なら次の五千年はコトリって呼びそう」
    「コトリもやねん。ユッキー以外に呼びたくないんよね」

 兵庫津にたどり着いた時のすべてに絶望したのは全然違う。

    「もうユッキーにいうてもエエと思う。コトリもエレギオン復活計画持ってるねん」
    「へぇ、コトリが」
    「そうや。おおかた完成してる」

 あら、いつの間に。さすがは知恵の女神か。

    「楽しみね」
    「どんなんか聞かへんの?」
    「知恵の女神の計略に口を挟むような野暮なことはしないよ。首座の女神は安心して任せるのみ」

 コトリが微笑んでる。

    「またコンビや」
    「任せとき。このユッキー様がおるさかい、心配御無用」
 知恵の女神があそこまで言うのなら、エレギオンは必ず復活する。これは楽しみかな。