ツーリング日和(第35話)エピローグ

「なんか思い出さない」
「大神殿が出来た頃やな」

 大神殿建設計画はアングマール戦の前からあってんけど、ユッキーは大城壁を作る方を選んだんよな。山ほど反対はあったけど、あれが無かったら、エレギオンは滅んどったし、コトリもユッキーも魔王のエロ処刑の餌食になっとった。

 アングマール戦後の復興もなんとか軌道に乗ったとこで、大神殿の建設を始めたんや。それが出来上がってからは第二の黄金期みたいな時代は来た、

「あれこれ問題はあったけどね」

 その頃にユッキーと二人で遊びに出かけた事があったんよ。馬にキャンプ道具積んで、適当に走ってキャンプや。

「三座の女神が後で怒ってたよね」
「無断外出やったからな」

 当時のキャンプやから今と比べ物にならんけど、

「バイクはあの頃の馬代わりか」
「かもね。でも、旅館はなかったけどね」

 とにかく公式の女神やっとったから、政治も祭祀も大忙しやってんよね。ユッキーは鬼のように祭祀に熱心やったけど、ああやってコトリと息抜きに出かけとってんよ。

「アングマール戦の途中からかな。祭祀を頑張る意味に疑問を持っちゃって」
「だったら、あんだけ鬼のようにやらんでも良かったやんか」

 アングマール戦の最中は祭祀は簡略化になっとってんよ。そりゃ、忙しくてやっとるヒマなかったからな。結局、祭祀を熱心にやってもアングマールは攻めて来たし、祭祀の手を抜いても勝つには勝った。

「あれを勝ったと言うのならね」
「そやな生き残っただけやもんな」

 なんとか復興させたエレギオンも寿命が尽きるように滅び、

「シラクサに移住したエレギオン人も最後は何人いたんだろう」
「火炙りの前でエレギオン語を話せるのは、もうおらんかったもんな」

 始まりから終わりまで全部見てもたからな。古代エレギオンを滅ぼしよったローマ帝国もや。

「それを言ったら江戸幕府もよ」

 どんだけまだ見んとあかんのかな。

「コトリ、思うんだけど。民族にも寿命があるよね」
「ああ、そうや。時代に応じた民族性ぐらいで説明してるのもおるけど、なんかちゃうよな」

 なんちゅうかな、活力が落ちて行くんよね。古代エレギオンもそうやったから、ユッキーとなんとか盛り上げようとしたけど、落ちる時って何してもアカンかった。

「だから声かけたんでしょ」
「そうや。やっぱり、若いもんが突き上げてこそ活力は生まれるからな」

 石鎚スカイラインでレースしたんもそうや。ああいう連中は一つ間違うとヤクザとかあぶれ者になってまうけど、それを抑え込んだだけやったらアカンねよ。あのパワーを導いたらなアカンねんよ。

 ユーチューバーか。あれはエエで。下から声を上げられるんが活力や。上の者はどうしても抑えたがる。押さえつけて型に嵌めて、固めるのが大好きや。

「それだけじゃないよ。型に嵌らないのは切り捨てちゃうんだよ」
「やっとったもんな」
「そうしたくなるのよね」

 バイク一つもそうや。実用性だけ考えたらカブとスクーターで十分や。クルマがそうなってもたけど、バイクもそうなってもたらアカンねん。全体から見たら小さそうな事やけど、そこを軽く見たらアカンねん。

 若者は夢持たなあかん。夢持つためには心が自由やのうたらあかんねん。年寄りから見たらアホらしい事に情熱を燃やすのが必要や。時代は変わるし、変わればそれに対応できるのはそういう若者だけや。

「バイクも心を自由にするツールだよ」
「そうやと思う」

 あいつらわかってくれたかな。コトリとユッキーが作ったバイクはアホみたいなもんや。走りにくいし、非常識どころやないカネ注ぎこんどる。これを金持ちの道楽ととらえるかもしれんが、そうやないんよ。非常識な事に熱中して楽しめる心がわかって欲しかったんよ。

 そりゃ、ゼニ持ってるから出来る遊びやけど、そこやないんよ。どうやって遊び心に情熱を傾けられるかやねん。ゼニがないから出来へんやのうて、ゼニが無かったらどう工夫するかを見つけていくのがキモやねん。

「伝わったはずよ」
「そやったら嬉しいけどな」

 もっとも今さら政治に関わる気は毛頭あらへん。社会運動なんかする気もあらへん。単なる気まぐれやけどな。

「それがイイんじゃない。そうできる時代がやっと来たんじゃない」
「そやな。指導者で旗振ってもアカン時はアカンし」

 ユッキーもコトリもテンコモリの経験こそあるけど、元は普通の娘や。別に国の命運を背負う運命もあらへんかったし、その気もあらへんかった。そやけど、やらなしゃ~ない運命に放り込まれてもたんよ。

「よく頑張ったと思うよ」
「まあな」

 そろそろ本来の人生に戻りたいけど、五千年は長すぎるわ。そのうえ女神やんか。

「それを受け止めて生きるのも人生じゃない。そこでどうやって生きて、どうやって楽しむかを試されてるのよ」
「どっちにしても生きてくからな」

 ところでやけど、今回は女神の仕事がなかったな。

「あったじゃない」
「ユッキーが睨んだだけやないか」

 あれだけか。まあエエか。女神の能力なんか使わん方が平和や。

「ところでコトリはなに乗ってたの」
「わかるか」
「わかるわよ」

 コトリもバイク女子やった時代もあったんよ。暴走族やないで、ローリング族や。

「Z2に乗ってたの」
「乗せてもうただけや」

 あの頃の大型バイクと言えば七五〇CCでナナハン言うとったけど、あれも事情があって排気量の上限規制があったんよな。Z1は九〇〇CCで北米輸出モデルやってんけど、Z2は国内向けに七五〇CCにスケールダウンしたもんや。

 とにかくコトリには重たくて、センスタかけるのも大仕事やった。走りは直線こそすごかったけど、コーナーはホンマに曲がらんかった。だから買わんかった。

「理由はそれだけじゃないよね」
「限定解除は難関なんてものやなかったからな」

 今の大型二輪が当時の限定解除やが、暴走族抑制対策のために、一発試験しかなかったんよね。あっちも通す気がないから、合格率は二%も無かったんちゃうかな。コトリの体格やったら、引き起こしとか、八の字引き回しでアウトやわ。

「そうだったものね。大型バイクに乗る若者はイコールで暴走族にされてた」

 それでも中型は教習所で取れた。今の普通二輪免許と同じで四〇〇CCが乗れる免許や。

「だったら四百」
「クォーターにした」

 四〇〇CCでもまだ重かったし、車検があるのもメンドウやった。

「NSR?」
「いやガンマや」

 あれも今から思たら化物みたいなバイクや。ガチガチのレーサーレプリカで、二五〇CCやのに四十五馬力もあった。上はなんぼでも伸びるけど、低速トルクはガタガタや。とにかくパワーバンドに入ると飛んでいくけど、外れたらヨタヨタやった。

「タコ・メーターも変わってたらしいね」

 ああそうや。三千回転から始まるタコ・メーターなんて市販車でガンマだけちゃうか。

「おもしろかった?」
「オモロかったけど、バイクはあれでやめた」

 峠をガンガン攻めとってんけど、ある峠でウサギとカメやって、ウサギのコトリがブラインドを度胸一発飛び込んだら、対向車が来やがった。そのまま谷に一直線や。

「よく死ななかったね」
「幸い怪我は骨折った程度やったけど、バイクはオシャカになった」

 そやから今はツーリングやし、カーブも安全運転や。

「ユッキーは?」
「ラッタッタ」

 ロードパルとは懐かしい。あれこそバイクの原型に近いと思うで。始動もおもろかった。

「よく覚えてるね。ゼンマイ巻いてブルルだったものね」
「なんで素直にキックにせえへんかってんやろ」

 たぶんロードパルしか採用されてないと思うわ。

「あれは、あれで怖かったのよ」

 ロードパルでも五十キロぐらいは出たそうやけど、道路にちょっとでもギャップがあったりしたら、

「バイクごと吹っ飛びそうだった。だって婦人用自転車で五十キロ出しているようなものじゃない」

 そりゃ怖いで。スクーターに負けてもたんはわかるな。それでもオモロイ時代やった。

「あの頃の空気は、あの二人には永遠にわからないと思うけど、今なら今の熱気を作り出してくれたらイイね」

 そやな。あんなムチャしたら命がナンボあっても足りんけど、ムチャする活気が欲しいんよな。全員がムチャしたら、社会がムチャクチャになるけんど、ムチャするやつの中から次の時代を創るやつが出てくるんのもよう知っとる。

「ところでさ、もしOKしたら、どっちだった」
「ユッキーはどっちやってんん」

 あんだけ酔うとったら無理やろけど、

「やるならタッグマッチやな」
「女神の力もフル回転。死ぬまで忘れられない夜にしてあげた」

 あははは、女神の仕事をしそこねたか。ほいでも、経験せんほうが良かったかもしれん。下手に知ってまうと人相手が味けのうなるかもしれんからな。

「明日は?」
「丹後半島をこのままグルっと回って・・・」

 ユッキーがおってホンマに良かった。喧嘩も山ほどしたけど、ユッキーおらんかったら気が狂てたかもしれん。

「わたしもよ」

 生きるのは厭てるけど、ユッキーがおるんやったら生きててもエエと思とる。バイクも谷に落ちてから気が乗らんとこもあったけど、ユッキーがやりたいのなら付き合ったようなもんや。乗ったらオモロかったけど。

「遊びはずっとコトリに教えてもらったようなものね」
「ほいでも大神官家時代はコトリが教えてもうたで」
「あれだけじゃない」

 どっちにしてもユッキーとまだまだ一緒や。色んな世の中見て行かなアカン。ま、それも楽しみか。

「ところでさ」
「それだけはNGや」

 これで迫られんかったら言う事とないんやけど。なんでコトリだけターゲットにするねん。