ツーリング日和(第3話)愛車

 ユッキーとカタログ見とったんは、ユッキーに合わせたバイクを選んどってん。あのサイズにしたんはユッキーの体格。なんせユッキーのお好みの体形は昔つうか、女神になる前の人時代からあれやねん。

「コトリも他人のこと言えないでしょ」

 そういうこっちゃ。もちろん、それだけやない。原付二種ならあれこれ規制が緩いのもある。問題起こしてもたら別やけど、バイク買って、軽自動車税さえ払とったら、どう改造しようが野放し状態ぐらいや。車検ないからな。

 一二五CCの弱点の一つがミサキちゃんも言うとった馬力や。平地やったら気にもならんけど坂道、とくに峠道になったら苦しくなる。べつに峠を攻める気はあらへんけど、それ以前のパワー不足や。とにかく走らへんでカメになる。

 神戸の場合、北にツーリング行きたかったら、どうでも六甲山を越えなあかんねん。そりゃ、新神戸トンネル使たら済む話やけど、出来たら六甲山トンネルぐらいは使いたいんよ。六甲山トンネル使えたら、北六甲有料道路で三田や篠山まですぐやんか。ほいでもって馬力あげるんやったらボア・アップがシンプルやねんけど、

「あれは失敗だったよね」
「コトリも反省しとる」

 ついやで、ホンマについやってんけど、科技研のライダーズ・クラブに相談してもたんや。あそこはツーリングもやってるけど、バイクのカスタムに血道を挙げてるのも多いんよ。それもまたバイク好きの王道の一つやからな。

 それはエエんやけど、やってるのが科技研やんか。そこにコトリとユッキーのバイクのパワーアップを相談したら、半端なことでは済まんようになってもたんよ。

「コトリが見栄張るから」
「ユッキーもノリノリやったやないか」

 あのバイクやけど普通に買うたら五十万円ぐらいやねん。カスタムに凝りまくってるやつでも総費用で三百万円ぐらいのはずやねん。そやから予算は青天井って言うてもてん。

「あそこまで青天井とはね」
「やりすぎもエエとこや」

 ライダース・クラブが持ち出して来たんはエンジンの換装やった。それが手っ取り早いのはわかるんやけど、

「やっぱりボア・アップで良かったんじゃない」
「コトリもそう思た。あれやったらスプロケ交換だけでも良かったかもしれへん」

 あいつら商売物を作っとるんやのうて趣味やからな。なんやあれこれいじって、とりあえず出来上がってんけど、

「あれ凄かったね」
「死ぬかと思た」

 とにかくトンデモない代物やった。なんじゃこれってぐらい低速トルクが無いんよ。発進しょうと思ても一苦労やった。つうかエンストしまくった。低回転でつなぐとエンストするから、ちょっとでも回転上げようとすると、

「あのエンジン、どこまで回るんだろう」
「とにかくアホみたいに回りよる」

 一瞬でタコメーター振り切るぐらいに回ってまうんよ。なんかジキルとハイドちゅうか、大昔のどっかんターボのもっと極端なやつというかや。なんとか走り出して、ちょっとアクセル開けたらいきなりウィリーしよったぐらいや。

 とにかくアクセル操作が微妙過ぎて、回転数が下がるとトルクも馬力もダダ下がり。そやのに、少しでも上がり過ぎるとバカみたいに出て来るねんよ。すぐに後輪が空回りするしウィリーまで行ってまう、とんでもないじゃじゃ馬やねん。あいつらのチューン感覚はどないなってるんやと思たわ。

「そうよね。低速で走るのはホントに苦手だったもの」

 レーシング・マシンやないでまったく。そこら辺はだいぶどころやないぐらい調整してもうた。今でもかなり名残はあるけど、最初に較べたらマシになってチイとは実用的になっとる。

「それと熱かった」
「欠陥もエエとこやった」

 わけわからんかったけど、エンジンが猛烈に熱うなるんよ。そんな表現じゃわからんやろな。下からから物凄い熱気が吹き上げてきて、火炙りにされるんかと思たほどや。そやから水冷にせえって言うたんやけど、

「さすが科技研と褒めとくところかしら」
「変態技術やろ」

 あれこれ手を加えて、なんとかやけど解決してもたんよ。それでも一時間も走ったら熱ダレ起こすから要注意なんは変わらん。夏場はどうしてくれるねんやでホンマ。ほいでもって走ってんけど、

「燃費が悪かったね」
「タンクに穴でも空いとるんかと思たで」

 そりゃ、燃料計の針が見る見る下がったからな。壊れとんかと思たけど、きっちりガス欠起こした。燃料計なんか最初は下がりにくくて、途中から早なって、最後は案外残ってるぐらいが多いやん。

 それがまあ、鬼のように正確で、エンプティ・ラインの上に来たら、きっちりガス欠になりよった。エンプティ・ランプぐらい付けろよな。二人でスタンドまで押していったわ。こんなもんじゃ役に立たんから、その対策もやってくれたけど、

「何したんだろうね」
「ようわからんけど、製作費だけ鰻上りになっていきよった」

 あれこれ説明は聞いたけど、

「あれってカスタムっていうのかな」
「あいつらに言葉の定義聞くだけ無駄やろ」

 そんだけ手を入れて燃費はだいぶマシにはなったけど、やっぱり良うないわ。それでも、満タンで二百キロぐらいやから実用的にはなんとか合格レベルやろ。そやけど、あんなもんミサキちゃんに、さすがのコトリでも経費の話を持ち出せんかったわ。どれだけ怒るか想像もつかんもんな。

「シャレにならないものね」

 これだけイジリ倒したけど見た目は、ほぼノーマルや。見た目で一番変わっとるんはオイル・クーラーが付いとるとこやな。ユッキーは反対してたけど、エンジンの過熱対策でどうしても必要やったみたいや。

 他は前輪がダブル・ディスクになっとること。馬力があがったから必要てな説明やった。他は小さい事やけどメーター類は指針式にしとる。これはコトリの好みや。どうもデジタルは好かん。デジタルいうより液晶が好かん。

 デジタルは好かんけど、ニュートラル・ランプとか、ウインカー・ランプぐらい付けろよな。ひつこいけどエンプティ・ランプもや。

「シフト・インジケーターとかハイ・ビーム・ランプはいらないけど、時計ぐらいはあっても良かったのにね」

 始動はキックや。オリジナルはセルやってんけど、

「バイクはキックでかけるもの。セルなんて邪道よ」

 邪道でもあらへんけどユッキーの好みやからな。コトリはセル併用になるかと思とってんけど、ユッキーはセルごと撤去させとった。

「でもガソリン仕様は気を遣うね」
「しゃ~ないねんけんど」

 電気自動車の普及は当たり前やけどガソリン・スタンドを減らしてもたんや。そやから、ツーリングに出かける時は、走行距離とガソリン・スタンドの位置を注意しとかんとアカンのや。その辺は便利なアプリもあって助かってるけどな。


 ちょっと馬力が欲しかったばっかりに、エライ目に遭うたけど、なんとか乗れるようになってきたから、だいぶ足を延ばせるようになってきたんや。ミサキちゃんがコトリたちが慎重に慣らしやっとるんに感心しとったけど、あんな乗りにくいもん練習せんと死んでまうわい。

「キャンプ・グッズ、ちゃんと売ってよ」
「わかっとる、わかっとる。バイク代を回収せんとミサキちゃんに睨まれるからな」

 ちいとバイク代がかかり過ぎたから帳尻だけは合わせとかなあかん。そうせんとミサキちゃんの怒りが大爆発してまうからな。

「ミサキちゃんはお堅いからね」
「そういうブレーキのためのキャラにしてるからな」

 ミサキちゃんは常識家やねんけど、ミサキちゃんという存在がおらんと女神はすぐに暴走するところはある。古代エレギオンでは生き残るために暴走する必要もあったけんど、現代やったらすぐに問題になるからありがたい存在やと思てる。

「お堅いミサキちゃんを揶揄うのは楽しいし」
「今回もそのうちバレるやろけど」
「対策はバッチリ」

 それでも、なんとかバイクもモノになってくれた。一時はどうなるかと思たけど、普通にも走れるバイクが手に入ったわ。コトリも、ユッキーもスピード狂やないけど、あんまり遅すぎると睨まれる事もあるねん。とくに見た目は若い二人連れの女のツーリングやから、

「コトリはともかく、わたしは見た目だけでなく若いの」

 ウルサイやっちゃな。それはともかくバイク乗り、とくにツーリングしてる連中はエエやつが多いんよ。まあ変なのがどうしても混じるのはどこの世界も一緒や。エエやつが多いんは、やっぱり長年の少数派の自覚やろな。

 どうしたってクルマに較べるとバイクは夏は暑いし、冬は寒いし、雨降ったらウンザリやし、疲れるんよね。それでもツーリングが楽しいからやってるし、少しでも仲間を増やしたいのが根っ子にあるんやと思う。

「でも自由じゃない。クルマは馬車みたいなものだけど、バイクは馬に乗ってるようなものだもの」

 さすがに例えは古すぎるけんど、コトリも同意や。だからユッキーが提案した時に賛成したもんな。クルマ転がすのは気が向かへんかったけど、バイクなら面白うそうだってな。しばらく楽しめそうや。