ツーリング日和6(第14話)日本三秘湯

 悲劇の舞台を訪ねたら、

「ロープーウェイ!」

 これ上がらんと八甲田山に来た意味あらへんやろ。さすがの展望やな、陸奥湾まで一望やんか。

「トレッキングに行くで」
「レッツ・ゴー」

 ゴードラインていうらしいけど、八の字型にコースがそうなっとるかららしい。まずは陸奥湾展望台か。道もよう整備されとるし木が低いから気分よく歩けるで。こっちに行ったっら湿原展望台か。

「これすごいね」

 これが田茂萢湿原か、予想しとったよりエエやんか。コースは田茂萢湿原を回って行くんやが、木の道になっとるのが嬉しいわ。ほんでここが高原植物展望台やな。ここから登りやな、なるほど湿原展望所の向かいに見えとった丘やな。

「ここも綺麗。向うに見えるのは陸奥湾じゃない」

 かなり壮大やな。八甲田山の雄大な景色を堪能したら十和田ゴールドラインや。この道は青森から八甲田山の西側から南側を回って十和田湖に行く道やねん。ロープーウェイから酸ケ湯温泉の地獄沼、さらにまんじゅうふかしや。

「まんじゅうふかしは来たかったんだ」

 ここは入浴するんやのうて、服着たまま木のベンチに座って温泉の蒸気を楽しむとこやねん。ついでに睡蓮沼も立ち寄って、

「ついに来たよ日本三秘湯」

 ちなみに残りの二つは北海道のニセコ薬師温泉、徳島の祖谷温泉やそうやけど、理由は知らん。そう自称するならそれでエエぐらいや。この辺やったら酸ケ湯温泉が有名やねんけど、ユッキーがそっちを蹴って谷地温泉にしよった。ユッキーが望むんやったらそれでヨシや。

 宿は秘湯らしく林道の奥や。建物は気合入っとるな、山小屋風と言ってもコテージみたいなオシャレな感じやのうて、富士山とかアルプスにある山小屋風や。まさか中までと思たけど、さすがにちゃうか。部屋はこんなもんやろ。

 風呂は上の湯が女風呂で、下の湯が男風呂か。珍しいな。こういうとこやったら逆になりそうなもんやのに、

「入れ替え制だよ。五時半から八時半が下の湯が女風呂になるよ」

 なるほど下の湯の方が霊泉として有難がられてるんか。それやったら夕方は下の湯入って、朝は上の湯に入ればエエんか。二つの湯の違いは、下の湯の方は床から温泉が湧いて来るらしい。そろそろ五時半やから下の湯に行くで、

「今日も当たりだ」

 ユッキー好みの木の床の木製湯船、段差無しやもんな。ヒバ作りになってるんか。湯は白濁しとるか硫黄泉やな。ちょっとぬる目やけど疲れを癒すのにちょうどエエ感じや。夕食はお食事処で岩魚づくしや。

「宿の前に生簀があったものね」

 岩魚の塩焼き、岩魚の天ぷら、岩魚のフライ、そして、

「岩魚の骨酒お代わりください」

 今日は完全に山の幸やな。青森で日本酒言うたら田酒がまず思いつくけど、陸奥八仙もあるし、豊杯もあるな。

「コトリ、今回のツーリングおかしいと思わない」
「どこがや」
「順調すぎるよ」

 ほとんどノン・トラブルやから、ほぼ予定通り回れてるもんな。ロング・ツーリングでこんなに平穏なんは初めてちゃうかな。

「だから変よ」
「そんなんもあっても悪ないやん」

 そしたらユッキーが悪戯っぽく笑って、

「美女と野獣の美女を思い出した」
「誰やねん」
「華仙流の孫娘」

 それって瑠璃堂香凛のことか。言われて見れば似とるわ。着物姿しか見たことがあらへんかったから、なかなか結び付かんかった。そやけどなんで秋田までツーリング、それもソロツーで来てるんよ。

「それを考えるのが楽しいんじゃない」

 華仙流は華道や。華道いうたら池坊とか、草月流とか、小原流が有名やけど、流派だけやったら三百ぐらいあるとされてる。華仙流は新興で香凛の祖父の大拙が開いたものや。大拙も池坊や草月流を学んだんやが、

「お花の才能もあったけど、同じぐらいビジネスの才能がある人よね」

 マスコミに上手いこと入り込んで、新たな華道の旗手みたいにもてはやされて、今や華仙流は華道界の一方の雄みたいに大成長を遂げてるぐらいやからな。

「スタンスとしては小原流のさらにモダン・バージョンかな」

 小原流も文明開化によって入って来た西洋の花に対応しようとした流儀で、盛花を確立したぐらいが有名かな。生け花やったら必須の道具の剣山を普及させたんも小原流やとなっとるねん。華仙流はさらに西洋流のフラワーアレンジメントを大胆に取り入れたぐらいでエエと思うわ。

「反発する人も多かったけど、若い子にとくに受けたよね」

 そんな感じや。華道の改革者なんて評価もあったぐらいやもんな。ちなみにコトリは池坊、ユッキーは嵯峨御流や。

「あの頃はそれぐらいしかなかったし」

 そやったな。なんとか流言うより、生け花を習ったぐらいの感覚やもんな。とにかく華仙流は今のトレンドに乗っとる大流儀になっとるわ。

「そやけどなんでやねん」
「単純にはバイク好きでツーリング好きになるけど・・・」

 それで説明出来たら苦労せんわ。華仙流は新興やけど三大流派に肩を並べるぐらいの隆盛を誇ってるねん。それにやっとるのが華道やからとにかく香凛のイメージはお淑やかなお嬢様や。コトリかって見たことあるのは着物姿だけやもんな。

 そんな香凛がバイクに乗っとるなんて想像も出来へんぐらいや。普段の香凛なんて知らへんし、香凛かって年がら年中、着物着てるわけやないとは思うけど、さすがにバイク、それも秋田までフェリーで来てソロツーはさすがに想像を絶するわ。

「そうよね。香凛は事実上の後継者だものね」

 大拙の後継者は息子の講平やし、腕も悪ないらしい。まあ大拙みたいなカリスマの後継なんか誰がやっても苦労するやろうけど、

「講平には華が乏しいかな」

 そないに簡単に大拙みたいな華が出来るかいな。そやけど、

「でも香凛の評価は大拙さえ越えてるよ」
「それは言える」