ツーリング日和9(第16話)情報検討

 肇さん十一時ニ十分の東九フェリーに乗るからそれを見送って、

「昼は徳島ラーメンだ!」

 行くのは王王軒。徳島ラーメンもバラエティが広がってるけど、王道は濃厚こってりスープの茶系だと思うの。白系や黄系も美味しいけど、一杯だけなら茶系のこってり濃厚が食べたいかな。言ってるうちに来た来た、

「この肉がまたエエねん」

 徳島ラーメンの特徴の一つだけけどチャーシューじゃないのよね。薄切りの豚バラ肉を醤油や砂糖、みりん、酒ベースで甘辛く煮付けたものだけど、ここにも店のこだわりが詰め込まれてる。牛肉を使ってるところもあるけど、食べたいのはやはり王道だ。

「生卵も欠かせんとこや」

 後は高松港にひた走り。十四時の便に乗り遅れたら次は十六時半になっちゃうし、十六時半なんかに乗ったら神戸に帰って来るのが二十一時になっちゃうもの。なんとか間に合って四時間四十分の船旅。


 家に帰って夕食を食べながらコトリと相談。さすがはシノブちゃんだ。頼んでおいた調査はかなり出来上がってるで良さそう。まずは肇さんだけど、へぇ、これはさすがの経歴ね。高卒で皇宮警察に入り二年で巡査部長に昇進とはノンキャリアとして最短じゃない。

「それだけやないで、そこから三年で警部補に昇進してるやないか。二十代でノンキャリアの警部補はそうはおらんはずや」

 国家公務員は採用時の試験のレベルでスタートも扱いも違うのよ。最初から幹部が約束されているキャリアと下っ端採用のノンキャリア。キャリア組ならスタートが巡査部長でわりと簡単に警部補になり、さらに上への昇進の道が開くんだよ。

「そうや、逆にノンキャリアやったら、巡査がスタートで警部補か頑張っても警部ぐらいが目いっぱいになる」

 もちろんノンキャリア組から幹部に昇進する事もあるけど、それは稀にありうるぐらいの話ぐらい。だから肇さんはノンキャリア組としては最速の昇進をしているぐらいと見てよいはず。

 侍衛官は御側に付く人が付く人だから、華道や茶道、さらに歌道までの教養も求められるけど、へぇ、肇さんは華仙流の茶道と華道なんだ。

「香凛の評価も高いやんか」

 香凛とは華仙流の創始者瑠璃堂大拙の孫娘だけどまさに華道の天才。その香凛がこれだけ評価してるのは素直に信じて良いと思うし、華仙流の茶道を担当する直樹もここまで褒めるとはね。

 香凛と直樹はわたしとコトリが仲を取り持ったような夫婦だけど、芸には厳しいのよ。創始者の大拙にはケレン的な部分が多々あるけど、あの二人は求道者的なところが強いから、そうは簡単に褒めないはずだもの。

「馬術は全日本まで行ってるやんか」

 侍衛官には馬術まで求められるのだけど、馬場馬術で全日本十一位は皇宮警察でも随一かもしれないよ。

「もちろん武道も申し分があらへん」

 柔道三段、空手二段、剣道二段なのか。これも侍衛官では最強クラスじゃないかしら。洞川で絡んで来た連中も命拾いしたかもね。まともにやりあったら瞬殺レベルだよ。これだけの経歴があったら陛下や皇太子殿下の警衛になってもおかしくないはずだけど、ノンキャリアの叩き上げだから甘橿宮家の回されているのかも。

 これだけの経歴があって、爽やかイケメンだし、性格は真面目でさらに恋愛は純情そのもの。わたしも欲しいし、コトリだって欲しかったはず。

「喬子様が信用して、恋心を抱くのはようわかるわ」

 喬子様の漢を奪うのは控えるけど、旅の仲間として認めるし全力で助けてあげるよ。さてその作戦だけど、コトリのことだからもう出来上がってると思うけど、

「ああ、シノブちゃんに頑張ってもうてる。そっちについては常套手段で十分やろ」

 わたしもそう思う。でもさぁ、常套戦術だけじゃ、つまらないよ。

「もちろんや。それには細工と準備がいるねん。菊のカーテンの向こうの人やからな」

 わたしもそうだけど、とくにコトリは堅苦しいパーティとか親睦会の類は好きじゃないのよね。だから皇室主催の園遊会や宮中晩餐会に何度も呼ばれたけど、全部断ってるぐらい。別に皇室とつながりが無くても生活にも、仕事にも支障ないものね。だけど今回の話となると少々不便だな。

「あのなぁ、別に園遊会や晩餐会に行ったからって、皇室に遊びに行けるわけやないから変わらへん」

 まあそうだ。とにかく皇居への出入りは特殊で、正面から行けばエレギオンHDの社長と言えども門前払いを喰らってしまう。これは当然と言えば当然で、あっちから見ればタダの一般人だもの。

 もっとも妙なところに裏口はある。有名なのは御学友で、これは皇族の友だちになるから皇居だって訪れる事もあるそうだし、

「電話で陛下を怒鳴り倒した話も有名やんか」

 陛下の娘の御学友がいて、サークルかなにかの打ち合わせや連絡があって皇居に電話するのだけど、さすがに直通とはいかないのよね。まだ携帯も無い時代だったもの。だから電話をかけても何段も取り次ぎ、取り次ぎがあったそう。

 担当が代わる度に、自分が誰であり、誰と御学友で、どういう用事で電話したかを説明しないといけなかったそうで、これが電話をかける度に毎回繰り返されたんだって。お役所のタライ回しみたいなものかな。

 その日はとくに取り次ぎが手間取ったみたいで御学友のイライラも頂点に達したそう。まあ、前から文句を言ってやろうとも思っていたのもあったみたい。ああいう取り次ぎは順番に階層が上がっていくわけで、最後は御所の侍従になるはずなのよ。

 その御学友はたまりに溜まった鬱憤を侍従にぶちまけたそう。掛けてる方の名前や用件ぐらい、どうして伝達できないのかってね。ぶつけられた侍従もその剣幕に驚いたのか、低姿勢で宥めまくったとされてる。

「その侍従と思ってたのが、たまたま電話を取った陛下だったって話や」

 とは言え、わたしもコトリも間違っても御学友じゃない。なりたくとも学習院に通う気にならないし、わざわざ東京の大学に皇族の知り合いになるために通う気もない。そうなると友だちの友だちはトモダチ作戦ぐらいしかなくなってしまう。で、ユリはどうだった。

「東宮御所で会えるようにセッティングしてくれた」

 ユリは飛騨のツーリングの時に出会った旅の仲間。ピアニストのコウとの恋の橋渡しもしてやったものね。それだけなら皇室と関係無い人だけど、

「母親が北白川葵や」

 それは関係ないでしょ。母親の苗字の北白川はペンネームだし、職業は日本でも指折りのエロ小説家じゃない。

「コウの本名の北白川は本物やで」

 コウの本名は北白川紘有。古臭い名前だけど、これが元皇族の北白川宮の跡取り。でも、これだって今回の件では頼りに出来ないでしょうが!

「そんなコウと釣り合いが取れるようにした遺産や」

 遺産じゃないよ、まだユリはピンピンしてるどころか嫁入り前じゃない。長くなるから経緯は省略するけど、ひょんな事からヨーロッパの小国、エッセンドルフ公国の侯爵様になってるんだ。

 それも名誉職みたいなものじゃなく宮廷序列二位のバリバリの現役貴族。ついでに日本で大使もやっていて家は大使館になっている。

「あれもおもろいけど、タダのタワマンの一室やんか」

 中では母親がエロ小説の執筆に励んでるだけみたい。そんな事はどうでも良いのだけど、エッセンドルフにユリが行く前に宮内庁で礼儀作法を叩き込まれてるのよね。その過程で両陛下夫妻や、皇太子殿下とも知り合いになってるんだ。

「とくに綾乃妃殿下と仲がエエらしいわ」

 綾乃妃殿下とは皇太子妃殿下のこと。こんな伝手でも使わないと皇族に話どころか会う事も出来ないのよね。

「メシ出るんかな」

 会うのは午後の一時だよ、出るわけないじゃない。お茶菓子ぐらいは出るだろうけどね。

「待たされたらかなわんな」

 それはあるあるだよね。ああいうところでの謁見はとにかく待たされることが多いのよね。江戸城で将軍に会う時なんかそうだったみたいで、朝一番に登城してスタンバイして、謁見できたのは夜なんて話はゴロゴロ転がってるもの。

 待っている間だって、いつ呼ばれるかわからないし、殿中だから寝そべって待つわけにもいかない。お茶の一杯ぐらいは出るかもしれないけど、昼食がでるものじゃない。ひたすら正座して控えの間で待つしかなかったそう。

「冬は辛かったらしいもんな」

 夏だって辛いだろうけど、日本の御殿って寒いのよね。火事対策もあるんだろうけど、暖房はせいぜい火鉢程度だったらしいもの。それも、そういう謁見者にはあてがってもらえかったらしい。

「将軍かって、謁見の時は火鉢無しやったらしいで」

 武人だから、そういうひ弱さを見せてはならないとか、なんとか。待たせることによる権威付けは古代からあるし、わたしだって古代エレギオン王国時代はやってたものね。あれもやる方は良いけど、やられる方はたまったもんじゃないのよね。

「とりあえず一日仕事になりそうやな」

 仕方ないよね。実際には指定時刻通りに始まるかもしれないけど、いつ謁見が始まって、いつ終わるかが不明になるものね。だから、ああいう連中との付き合いは好きじゃないの。ビジネスなら考えられない時間のルーズさがあるんだもの。

「あっちが時間にルーズと言うより、あっちが時間を決めるからな。あっちかって忙しいんやろうけど、あっちの時間が何より最優先される世界やからしょうがあらへん」