ツーリング日和6(第24話)フェリーの夜

 今日はフェリーに乗るだけやから九時に出発。まずは日本海に出て、後はひたすらシーサイドロードを南下や。村上で塩引き鮭と鮭の酒びたしを買い込んで新潟で昼食、

「へぎそば食べなきゃ」
「わっぱ飯も外せんな」

 土産物屋で特産品をあれこれ買い込んで、

「白羽根警備の動きは?」
「秋田から動いとらんようや」

 まあそうするわな。コトリらがおらんかったら、直樹と香凛はノコノコ明日の朝に秋田フェリーターミナルに顔出す予定やったぐらいやからな。問題は秋田に姿を現さんかった時やけど、

「応援に来たのはランボー並みに強いだろうけど、二人か三人じゃない」

 そやろな。ランボーとコマンドーの夢の競演みたいな奴やろうけど、何十人もおらんわ。相手はいくらリアルなまはげみたいに強そうや言うても、しょせんは素人や。戦力的にはそれで十分やけど、ワン・セットしかおらんのがあいつらのネックや。

 それにあいつらだってアホやない。新潟の線かって読んでるはずや。問題は両方カバーするだけの戦力があらへんことや。そやけど、

「新潟では手を出さないしても、見張りを置いてる可能性はあるよね」

 新潟で乗り込むのを確認したら秋田の主力部隊は敦賀に急行や。新潟から敦賀までフェリーは十三時間ぐらいや。一方で秋田から敦賀は七百キロぐらいやが、ほとんど高速やから、白羽根警備の連中やったら十時間もあったら走りよるやろ。

「敦賀に先回り出来るよね」

 そういうこっちゃ。そもそも新潟で手を出したらまだ日も高いから人目が気になるやろ。敦賀やったら五時半着やから下船してくるのは六時頃や。秋田も八時半出航やけど、乗船手続きの関係で七時過ぎにはフェリー・ターミナルに行く必要がある。勝負賭けるんやったら、秋田か敦賀の方が都合がエエはずや。

「東京方面に動いてるくれる可能性は」

 そういう懸念はあいつらも念頭に置いてるやろうけど、すぐには動けんはずや。

「そっかそっか」

 白羽根警備の請負料は、青森やったら大儲け、秋田でなんとか黒字、敦賀やったら足が出るぐらいやと思う。請け負ったプライドもあるから敦賀までは動くとみる。そやけど埼玉とか東京に広がると底なしの大赤字になるはずやねん。

「マイの時はコスト度外視で追跡できたけど、今回はビジネスだものね」

 そういうこっちゃ。請負料の再交渉問題が出てくる。追加料金を了承させるか、請負失敗で料金をあきらめるかや。その再交渉の結果が出るまで東京方面には動かん。

「再交渉のタイミングはフェリーの線が消えてからになるよね」

 だから待つ戦術も有効やったんやが、こっちが待っとられへん。これがこっち側のネックや。東京に動くのもとりあえずの安全性は高いんやが、そんなもん下道で付き合わされたら神戸に帰るまで、これまた何日かかるんよ。

「そろそろフェリー乗り場に行こっか」
「おったら、おった時の事や」

 直樹も香凛もそんな不安そうな顔をするな。つうても無理か。

「コトリ、フェリーターミナルが見えて来たよ」

 どこも似たようなもんか。乗船手続きを済ませて、

「船室は?」

 デラックスAのツインを二部屋にしてもうた。直樹は四人部屋にこだわったけどステートBの二段ベッドはこっちが堪忍や。ほら、誰もおらへんやろ。コトリの読みはこんなもんや。

「よく外れるけど」
「ほっとけ」

 十六時半の出航やからまずメシや。

「日本海の夕日はさすがだね」

 ツーリングで見るのはしばらく見納めやな。腹も満たされたから、風呂に行ってやが、

「香凛と直樹は部屋のバスにするって」

 ちょっと解したらんとあいつらもたんで。こんな環境に置かれると誰かって不安と緊張になるけど、緊張ばっかりしとったら潰れてまう。

「あいつらの部屋行くで」

 ビールとおつまみ抱えて訪問や。部屋に入ったら二人とも蒼い顔や。それにしても律義やな。香凛がソファで、直樹がベッドやんか。ソファで肩並べて座ったっらエエのに。缶ビールを勧めておいて、

「敦賀までは行けるけど、その後はどうするんや」

 あの二人の懸念や。コトリとユッキーがおるねんさかい、敦賀港に海兵隊が一個師団で待ち構えとっても突破したるけど、問題はその後や。

「とりあえず大阪のボクのマンションに・・・」

 下の下策や。下策過ぎてその場は裏をかけるかもしれんが、その場しのぎもエエとこや。まず逃げ回る発想を捨てなあかん。逃げるのも時に必要やが、今の状況で逃げてばかりやったら、必ず行き詰る。なんか打開するプランはあるんか。

「そう言われましても・・・」

 世の中には絶望的に感じてしまう状況はあるけど、殆どの場合に活路はあるんよ。活路を見出すには今の状況をまず冷静に分析せなあかん。今の状況をもたらしとる最大の原因、根本は何かをまず直視するのが重要や。

「それは瑠璃堂さんの見合い問題です。帰れば強制的に見合いから結婚に進まされてしまいます」

 それは聞いたし、知っとる。知っとるけど、直樹の様子が変やぞ、まさかと思うけど、誰が相手か、どういう目的かを聞いてへんなんて事はあらへんやろな。

「それぐらいは聞いてます。写真でしか知らない男です」

 冗談やろ。そんな事もまだ教えてもうてないんか。フェリーを秋田で下りてから、四泊も二人で同じ夜を過ごしてるのにか。やってないのは律義で許すとして、香凛はそこさえ信用を置いとらへんのか。

「私も相手が岡本って苗字の他には・・・」

 あたたた。マジかいな。こんな事ってあるんかいな。たったそれだけの事で白羽根警備に追い回されるもんか。

「それは瑠璃堂さんが華仙流の家元の孫娘ですから」

 呼び名もそうや。若い男と女やぞ。それも逃避行で四泊もして、さん付の名前呼びさえ出来へんのかよ。普通やったらソファに肩寄せ合って座っとるもんやろが。なんかイライラするな、

「時間もあらへんからズバッと聞くけど、直樹さんは香凛さんに惚れてるんやろ」
「惚れてるなんてトンデモない」
「香凛さんは」
「こんなにお世話になって感謝しています」

 お前ら特別天然記念物か! よう聞けよ、

「あんたらに立ち塞がっとるんは、瑠璃堂の家や。それも香凛さんの爺さんや。なんで、なんで直樹さんは香凛さんに惚れてるって言えんのよ。惚れとるから見合いの相手より、自分が結婚相手に相応しいって談判しようって考えへんのや」

 そしたら直樹の野郎、

「結婚? 冗談でしょ。瑠璃堂さんは華仙流の家元の孫娘ですよ。ボクとじゃ話になりません」

 なるわ! 男と女以外に考えることあらへんやろ。それにプータローやない、名の通った一流会社の正社員でしかも係長やろ。今の状況の活路は直樹が香凛を奪って大拙を納得させる以外にあらへんで。

「もう一回聞くで、直樹さんは香凛さんが嫌いなんか」
「好きとか、嫌いとか言えるような人じゃ・・・」

 この愚図が。好きでもない男と四泊も重ねるものか。香凛も香凛やぞ、

『うわぁ~ん』

 しもた泣かせてもた。

「竹野さんは本当の紳士です。そんな竹野さんを・・・」

 そうやろ、そうなっとるはずや。直樹の心が通じんはずあらへん。女を泣かせるとは罪な男やで。これで立たへんかったら男やないで。そやのに、そやのに、

「とにかくこの顔なもので・・・」

 そこから直樹の女難の相と女運の悪さを聞かせてもうたが、素直に笑た。まあ幼馴染はまだ許す。中学生やから、顔だけで判断してもしょうがないやろ。高校の時のも同じようなもんやが、陰口、悪口は許せん。

 恋愛で告白は重要過ぎるステップや。ここを乗り越えるには勇気がいるんや。これは男も女も一緒や。もちろんやが、告白されたからと言って付き合わなあかんもんやない。ゴメンナサイも普通に選んで誰も非難せん。

 そやけどな、告白してもらった事へのリスペクトはもたなあかん。告白をしてくれる勇気を認めてあげるのが恋愛のルールや。難しい話やない、告白してきた相手を無暗に貶すのは許されざる行為なんよ。

「美穂は最低や。災難やったけどこれは単に女運が悪いのとちゃう。結婚運が良かったんや。考えてもみい。もしあのまま結婚しとっても必ず元カレと浮気するし、下手すりゃ托卵や。誓いの言葉まで行っとったのに逃げられたんはラッキーそのものや」

 男が顔やないと言うのは半分ぐらいはウソや。女かって顔で入り口は判断する。直樹の顔やったらまず殆どの女は敬遠する。そやけどな、男でも女でもホンマに見んとならんのは心や。どんだけ綺麗な心を持っとるかなんや。

 心を知って惚れたら最強や。もちろん惚れられてもや。香凛は直樹の心を見れたんがわからんか。直樹かって気づいてるはずや。気づいとらへんかったら、ここまでする訳ないやんか。もっと素直に香凛を見たれよ。恋する女の顔ぐらい気づいたれよ。

「コトリ、部屋に戻るよ」