ツーリング日和6(第25話)困った

「今晩、やるかな」
「せえへん気がする。あのままやったら、コトリにやらされたようなもんやからな」

 それでもやるかもな。やったらエエねん。好きおうてるねんから、誰も文句は言わん。

「直樹も気づいてるよ。やってないのは、顔のコンプレックスもあるけど、香凛が初めてなのもあるんじゃい」

 ヴァージンの深窓のお嬢様か。直樹みたいなタイプやったら気使うか。ヴァージン言うても最初の一回目だけやねんけどな。

「わたしたちを引き合いにしたらダメよ。それとね、やっぱり初回は大事よ。コトリだって最初の嫌な思いを払拭するのに千年かかったじゃない」

 コトリの本当の意味での最初は悲惨すぎたもんな。コトリはともかく、どうせやったら良い思い出にした方がエエに決まっとる。最初の時にポイントなんは、心が受け入れるかどうかやねん。最初から良かった女なんてまずおらんと思うが、心が受け入れたら満足感が深いからな。

「とりあえず、今晩やるとして、次の展開が難しくない」
「マイの時のようにはいかんやろな」

 白羽根警備に手を引かせるぐらいは、マイの時の手段を使えば簡単や。マイの時は、白羽根さえ手を引けば、マイの爺さんの無双が期待できたし、思惑通りになってくれた。そやけど今度の相手は香凛の爺さんの大拙や。

 大拙は甘い人間やない。マスコミでチャラチャラしとるように見えるけど、あれも全部ビジネスとして計算づくや。華仙流を一代でメジャーな流儀に押し上げた手腕はダテやない。ちょっとでも隙を見せたら叩き潰される。

「正面から行かせるのは活路としてありだけど、見合い話がなくても直樹は蹴られるよ」

 それは現実問題としてある。今回のはガチガチの政略結婚やけど、あの手の家の結婚は多かれ少なかれ政略結婚的な要素は常に含まれるのは常識やもんな。それ言うたらマイと清次さんとの結婚もそうなってまうし。

「マイはある意味エライと思うよ。自分の置かれている立場をあれだけアッケラカンと受け入れてしまってるんだから」

 香凛はどうなんやろ。華道の家元家で多いのは、時代の家元を受け継ぐ若手のホープみたいなパターンが多いよな。ある種の職場結婚みたいなものやけど、

「香凛は一人で家元出来そうじゃない」

 そやな華風の香凛やもんな。そういう意味で旦那は誰でも良さそうなもんやけど、今回は華茶一如の話が絡んで来るから、大拙もそう簡単には折れんやろ、

「キズモノにされたぐらいであきらめそうにないものね」

 今晩、二人で頑張ってくれたら、正面突破の最低限の体制は出来るけど、今のままやったっら正攻法で行っても玉砕するだけや。

「駆け落ちさせるか」
「それは最後の手段だよ」

 駆け落ちは失うものが多いからな。古臭いと言われようが、家族に祝福されてこその結婚や。もうちょっと言えばそうなれるように努力するのも結婚のうちやんか。そやけど、エエ手が浮かばん。

「せめて大拙の華茶一如構想がトンデモだったら、なんとかなるんだけどな」

 これも妙な言い方になるけど、香凛が素直にお見合いをして相手を気に入ってくれたら、関係者一同、全員ハッピーみたいな結婚やねん。だからこそ政略結婚やねんけど、写真見た瞬間に逃げてもたぐらいやからな。それにしても相手の男はどんな奴やねん。

「コトリ、まだ見てなかったの。シノブちゃんから来てたよ」

 ホンマや、どれどれ。二十三代目紹鴎流家元、岡本宗順。もっとも宗順は芸名みたいなもんで、本名は順一って平凡やな。やっぱり茶道教室なんかやってへんで、職業はまあまあのとこに勤めとるやんか。歳は香凛の三つ上で、学歴は西宮学院大卒業。

「歳の釣り合いも学歴も悪くないし、顔もまあまあだから、後は会って見ないとわからないタイプかな」

 これやったら結婚が絶対条件やなかったっら、顔ぐらいは見に行くクラスやな。そこに妥協できへんかった気持ちはわかるけど、問題は解決せえへん。ところで茶道の腕前は、

「かなりよ。裏千家の茶名・紋許をもらってるもの」

 だから宗順か。裏千家では茶名として利休ゆかりの宗易の「宗」の字を与えられることになっとるねん。ちなみに宗易は法名で、有名な利休は禁中茶会の時に町人では参加できへんから、正親町天皇から居士号として与えられたものや。

「戒名の居士とニュアンスが違って、今なら博士号が近いかもね」

 茶道の方の十分条件もクリアか。困ったな、文句が付けにくいやんか。直樹が大拙に正攻法で仕掛けるには、香凛と愛し合ってる以外に、出来ればお見合い相手がトンデモであるのが理想的やねん。女にだらしがないとか、カネにだらしがないとか、それも実は結構な借金を抱えてるなんかもエエ。

「ホモとか、インポとか、種無しも使えるよ。ロリコンも効果的かも」

 それは品が悪いから出来たら避けたいが、要は大拙に、

『こんな男に孫娘はやらん』

 こう言わせてしまうような材料や。そうやって見合い相手を切って捨てさせて、返す刀で直樹との結婚を認めさせてしまうぐらいの段取りやねん。そやけど今のところ、そういう致命的な弱点はないどころか、

「これが逆なら、まだ手はありそうなぐらい」

 まあそうや。エレギオンHDの名を振りかざしても、

「さすがにね。畑が違うからゴリ押しも良いとこになっちゃうよ」

 御意や。あんまり使いたい手やないもんな。ましてや今はプライベートや。

「それでも取っ掛かりぐらいはあるじゃない」

 そう言うけど無理あり過ぎや。まず大拙は華茶一如のために茶道界のブランドを欲しがっとる。宗順は紹鴎流の家元やけど、学んだのは裏千家や。このまま宗順を華仙流に取り込んでも、裏千家の影響が懸念される。

 それやったら三千家と無関係の直樹の方が・・・有利になるはずないやろが、そりゃ大拙は婿に茶道の腕前を期待しとらへんかもしれんが、直樹には肝心の看板があらへんやんか。大拙が欲しいのは紹鴎流の看板で、その代償に孫娘の香凛まで嫁に差し出そうって話やねんぞ。

「やっぱりそうよね」

 考えるまでもあらへんやろ。そんなんで有利になるんやたら、殆どの男が宗順より有利になってまうわ。

「それでもここはポイントよ」

 まずわかるんは宗順に紹鴎流は伝わってないとしてエエやろ。あったら裏千家なんか学ぶかいな。せめて父親なりから一子相伝でも紹鴎流を学ぶからな。もうちょっと言えば紹鴎流はこの世にないとしてエエやろ。

 そやから茶道の腕前は根本的には関係あらへん・・・あかん、あかん、同じとこ話が回ってるだけやんか。大拙が欲しい紹鴎流の看板は宗順が持ってるんや。そこだけで圧倒的に不利でどうしようもあらへんやん。

 それやったら、少しでも差を詰めるにはやるしかあらへん。初物捧げた男と結婚するストーリーしか活路はあらへんやんか。そうや大拙の肉親の情に訴える作戦や。その路線で行くのやったら、やりまくって、

「デキ婚作戦は良くないと思うけど」

 まあな。とにかく今晩は頑張って欲しいけど、

「やっぱりやらないと思うよ。フェリーはラブホじゃないからコンドームないもの」

 しもた、忘れとった。