ツーリング日和6(第18話)お嬢様業の宿命

 茶道史はともかく、大拙は華仙流の茶道のテコ入れをあれこれしたけど、三千家のブランドの壁に跳ね返され続けたぐらいが実情や。コトリも華茶一如の発想はおもろいと思ってるけど、今まで誰も出来へんかっただけの理由を思い知らされたぐらいやろ。

 それやったら華道だけで食うて行けば良さそうなもんやけど、大拙は茶道にこだわったんや。ブランドで負けるんのならブランドにすればエエぐらいや。もっと具体的にはブランドの買い込みや。

「そういうのは企業活動でも常套手段だけど・・・」

 大拙は三千家を避けてん。これはわからんでもあらへん。導入したって三千家の下請けにしかならへんからな。それに、そもそもやけど買い込むにも三千家が売ってくれるはずもあらへん。そやからやと思うけど、三千家のさらに上のブランドの導入を考えたんや。

 千利休は茶道界の巨人やけど、茶道自体を創始した訳やあらへん。義政や村田珠光からの茶の湯の流れを受け継いどる。利休の師匠に当たるのが武野紹鴎や。この頃はなんとか流みたいな堅苦しいものやなく、茶の湯に参加したければ教えてあげるぐらいの関係やった気もする。

「黄金の日々の堺の大商人の遊びよね」

 そういうこっちゃろ。付け加えといたら、黄金の日々の堺には進取の気性と、自由な精神が溢れとったからな。そういう中で利休は現在至る茶道を確立させたんや。そんな利休でさえ、

『術は紹鴎、道は珠光より』

 こうやって褒め称えたから紹鴎や珠光の名が残されたんかもしれん。

「で、どうなのよ」

 それはシノブちゃんに聞いてみた。

「頼むと高くつくじゃない」
「大間のマグロで手を打った」

 業務外のプライベートの依頼やもんな。まずやけど大拙が華仙流茶道のブランドとして紹鴎の茶道を取り込もうとしてるねん。紹鴎やったら利休の師匠やから格上になるかどうかはわからんけど、三千家より古くて別格の茶道ぐらい言えんこともないと思う。

 考えようによっては利休の茶道よりもっと考え方に柔軟性があるかもしれへん。利休は偉大やったけど、権力者に取り込んでもた部分もあるからな。

「あそこは利休の影の部分よね。政治に口出しすぎたし、それに傾き過ぎたから秀吉の不興を買ったはずよ」

 時代が時代やから難しいところや。それはともかく、利休は紹鴎の影響は受けとるけど、紹鴎の茶の湯と違う部分はあったはずやねん。そりゃ、紹鴎の茶の湯は黄金の日々の堺の茶の湯やからな。

「大拙が紹鴎に目を付けたのはわかるけど、紹鴎の茶道ってあるの?」

 まず紹鴎の息子は宗瓦やけど、商人としてより武士としての血が騒いでもた人でエエ思う。かなり波乱万丈の生涯を送っとるけど、最後は秀頼に仕えて、大阪冬の陣の直前に亡くなっとる。

 宗瓦の息子は長男が仲定、次男が知信の二人おる。大坂の陣に参加したかどうかは不明やが、とにもかくにも生き残って、理由はようわからんけど尾張徳川家に二人とも仕えとるねん。

「茶人として?」

 仲定と知信はそれなりに茶人やったらしいともなっとるけど、茶人やのうて武士として召し抱えられたで良さそうや。さらにその子孫になるとタダの武家や。教養として茶道は学んだかもしれんが、それもわからんぐらいや。

「残ってるの?」

 長男の仲定の家は幕末の勤皇佐幕の藩内抗争に巻き込まれて、お家断絶で滅んどる。

「次男の知信の家は」

 維新も生き残ったんやが、昭和の頃に息子がおらんで断絶しとる。そやけどその頃に武野紹鴎研究所てのが出来てるんよ。嫁に行った娘が研究所の所長になり、紹鴎流の家元を名乗ったとなっとる。

「紹鴎流は続いてたの」

 ここがシノブちゃんの調査でも曖昧やねんけど、娘が所長になった時に十六代目とかになってるらしいねん。さらに娘の息子が十七代目になったらしいが、苗字が武野やのうて岡本や。嫁ぎ先の家の子やからな。

 茶道の方やけど、家元こそ名乗ってるけど活動記録は見つからへんかったって言うてる。たとえば茶道教室を開いて門人を取るとかや。さらに本業は不動産鑑定士やったともなってる。

「研究所は?」

 なくなったで良さそうや。そやけど今も岡本の家は続いていて、内輪ぐらいやけど、家元を名乗ってるらしいねん。

「でも紹鴎流の家元を名乗る家があるのよね。大拙が紹鴎流茶道を華仙流に取り込むのは良いとして、どうやって取り込むつもりなの」

 そこんとこがはっきりせん。企業買収なら商標権も手に入るし、商標権に相応しい商品生産技術も手に入る。そやけどモノは茶道や。

「そうなのよね。ところで今でもググれば堺流とか紹鴎流で出て来るじゃない」

 ホンマや。そやけど列挙されとるだけで内容とか、具体的な活動はなんもあらへん。

「だから大拙も目を付けたんじゃない」

 そういう事かもな。紹鴎流が小さくとも門人を取って活動しとったら、華仙流に取り込まれたりせんわ。取り込もうとしても、華仙流との流儀の差はテコでも譲らへんやろし、譲らへんからあの手の流派が成立しとる部分がある。

 それがブランドだけで実態があらへんのやったら、利用価値が違ってくる。そもそもやが茶道の流派と違いと言っても実質あらへんようなもんやから、

『現代に甦る武野紹鴎の精神』

 とかなんとか宣伝して、華仙流茶道は紹鴎の茶道を受け継いだものぐらいにする気やろ。そういう宣伝は大拙のお得意や。

「紹鴎派の家元もメリットあるかも」

 かもな。紹鴎の看板抱えとっても一銭にもならんやろ。そら武野紹鴎いうても、茶道と言うより、茶道史に詳しい人か、歴史オタクぐらいしか知らんもんな。それがブランド売る事でゼニになって、御先祖様の名を宣伝してくれるんやから乗っても不思議あらへん。

 やっぱり、ここで問題になるのはどうやって大拙が紹鴎流のブランドを買うかや。買うのはカネの問題やけど、企業買収とちゃうからな。それに大拙にしても表看板はあくまでも華仙流茶道で、

『紹鴎の精神を受け継ぐ唯一の流儀』

 てな形に持ってきたいはずや。そしたらユッキーが、

「そういう時の常套手段があるじゃない」

 あれやるんか。今どきだぞ、

「大拙ならやりそうよ」

 そういう見方をすれば話の辻褄が合う部分はある。やけどそんな噂もあらへんで、

「コトリらしくもない。こういう事は表面化した時には決定よ」

 まあそうや。華仙流サイドにしたら、話を持って行って蹴られたら赤恥をかくだけやからな。となると、

「今のところの表向きは、紹鴎流との連携の話ぐらいじゃないの。たしか・・・」

 ここまで伝え残された紹鴎流は文化として貴重で、後世に伝え残す必要があるやった。なんか無形文化財保護みたいな話にも聞こえたわ。

「次の展開も決まってるじゃない。より両流の絆を深めるでしょ」

 それしかないよな。その延長線上で女のソロツーとなると、

「水面下ではそこまで話が進んでて」
「逃げ場がなくなっとる」

 こうにしかならんか。そやったら、もしかしてフェリーのヤンキー三人組も、

「それはさすがに違うと思うよ」

 だよな。ユッキーの言う常套手段とは婚姻や。そうやって両家の絆を深くして、実質的に紹鴎流の名を借りた茶道をやるこっちゃ。政略結婚って事になるが、今の世の中でもある。あるどころか、セレブって言われとるクラスやったら日常茶飯事や。

 この辺は、なんだかんだと言っても、最後に信用できるのは血のつながりって考え方がある。さすがに戦国時代みたいに、実家が裏切らないようにするための人質まではならんやろうけど、

「今でも政略結婚に使えるようにのお嬢様教育やってるよ」

 まあな。大昔みたいに純粋培養は不可能やけど、結婚に関しての釣り合いを叩き込まれるぐらいはある。ココロは一般庶民を、そもそも恋愛相手として無視させるぐらいや。

「妙な具合に仕上がって、見下しまくる高慢な性格なるのもいるけどね」

 香凛もそういうお嬢様として育てられ取る可能性が高いから、

「婿養子にするんじゃない」

 実体のない紹鴎流が華仙流とこれで一体となるぐらいか。まあ話としては悪い話やない。両家にとってウィンウィンとしてもエエぐらいや。

「ただし当人を除くだけどね」

 香凛は紹鴎流の息子との結婚話を嫌がってるんのは確実や。そやなかったっら、こんなとこに女のソロツーで来るかいな。あれは見合い話から逃げて来たに違いない。

「逃げても無駄なんだけど」

 そやねん、いくら逃げても政略結婚なら逃げきれん。当日を逃げても他の日を設定するのが政略結婚や。それに捕まれば今度は軟禁から監禁状態にされてまう。そこまで出来る家が政略結婚をするからな。

「そうよね。駆け落ちしたって追いかけて来る」

 それ以前に将来を約束してる男どころか、彼氏もおらへんやろ。おったらソロツーするわけあらへんやん。あの野獣がそうでないのは確実やし。

「でもあれから恋に芽生えたはどう」

 野獣の容姿は置いとく。それこそ蓼食う虫も好き好きやから。それよりもツーリング日程が絡んでくる。美女と野獣が男鹿半島に向かったんは確実やが、どこに宿を取ってるかや。男鹿半島からかって、コトリらのように竜飛岬を目指すのもありやし、

「岩木山を越えて弘前とか青森もありだもの」

 その気になれば八甲田山も行けてまう。野獣も美女も宿の予約があるから、たまたま同じツーリング・コースやったらエエが、違えばどっちかの宿をキャンセルして合わせなあかん。わざわざキャンセル料を払ってまで一緒にマスツーするとこまで関係が深まってるかどうかになるもんな。

「男だって関わってしまうと大変だよ」

 野獣がどんな仕事をしとるかわからんけど、香凛を奪ったら奪ったで華仙流から追及が来るからな。この辺が華道の怖いとこで、思わぬ有力者とつながりがあるかもしれん。圧力かけられて下手すりゃクビになる。

 そうなったら収入もなくなるし、再就職先にも妨害が入る。これは皮肉なことに香凛の事情を知れば知るほどわかる関係やねん。それをわかった上で頑張れる男は少ないで。

「頑張っても現実はジリ貧どころかドカ貧にされちゃうよ。今だって誘拐とか、婦女暴行とか難癖付けられる可能性があるじゃないの」

 腕利きの顧問弁護士が雇うとるよな。それで罪にはならんと思うが、訴訟をちらつかされたり、実際に訴訟の場に引きずり出されたらそれだけで消耗するさかいな。

「さて寝よっか」
「そやな」

 とりあえずやれる事があらへん。色んな推理巡らしたけどホンマにそうかわからんし、美女と野獣かってフェリー下りてからあれっきりや。それよりツーリング、ツーリング。