ツーリング日和5(第2話)時の旅人

 乃井野陣屋からお隣の旧藩校広業館に。う~ん、これはこれで昭和初期の校舎を思い出すけど、これのどこが旧藩校なのかな。

「あれやろな、改築しすぎてオリジナルがなくなってもたんちゃうやろか」

 そんな気がする。それでも、これはこれで懐かしさがある。この頃は用務員さんがいて、授業の初めと終わりにベル鳴らして歩いてたよね。

「そやった。用務員さんは住み込みやったもんな」

 今はこうやって展示されて、やがて朽ち果てるだけかも。

「そうでもなさそうや。中を見てみい」

 あれっ、中は畳が敷いてあって、これって柔道場じゃない。

「みたいや。よう床が抜けへんと思うけど、こうやって使われるのはエエこっちゃ」

 そうだよ。建物は人が使わないと傷みが早いんだ。使う人がいるから修理もされるから長持ちする。そこから日岡八幡神社を参拝したんだけど、参道の階段の横に土の塊が、

「それは昔の陣屋の土塀の一部らしいで。歴史的遺物やから置いてあるんやろけど、補修する気もないみたいやな」

 なるほどね。三日月がもったいないのが良くわかる。その気になれば陣屋の御殿から、武家屋敷の一部ぐらいまで再現可能だし、宿場町もそう。そこまで出来る素材がありながら、手を出してもペイしないんだろうな。そこからブラブラと散策して、

「あれや」

 へぇ、道の駅風だけど、レストランと農産物直売所を合わせたようなものね。名物は蕎麦みたいだ。そう言えば、蕎麦畑が目に付いてたものね。そのお蕎麦だけど、

「合格点じゃない」
「まずまずやな」

 蕎麦湯までちゃんとあるのはポイントだし、

「わさびを下ろして使うのもな」

 客に下ろさせるのは演出だけど悪くないかな。三日月観光もそれなりに面白かったけど、西への日帰りツーリングはこの辺が限界ね。ここから津山まで足を伸ばすのは無理あるもの。

「そやな、頑張って平福までやろ」

 さらに足を伸ばすとなると泊りになるけど、美作三湯は避けたいのよね。良い温泉だけど、

「何回も行ってるもんな」

 そうなのよね。せっかくのツーリングだから秘湯に行きたいのがあるんだ。それと津山観光は悪くないけど、津山から先の展開が困るのもあるのよね。山陰に出るのもあるけど、なんとなく気が進まない。

「とは言うものの、瀬戸内海寄りのルートもパスしたいで」

 尾道に行ったけど、あれはキツかった。あれをもう一度は堪忍して欲しいもの。それもあって、ここのところのロング・ツーリングは東を目指していたのだけど、

「信州は無理あり過ぎる」
「飛騨が精いっぱいね」

 この辺に小型バイクの限界が確実にある。単純には高速で距離と時間が稼げないとこだけど、

「高速走られへん代わりの都市部の下道突破はウンザリやもんな」

 東に行けば、大阪、京都、さらには名古屋が待ち受けてるものね。あんなとこバイクでツーリングしたいと思わないもの。バイクの醍醐味はやはり快走だよ。飛ばすって意味じゃないよ、快適に走るって意味。

「そろそろ帰ろか」
「そうね」

 今日は来た道をそのまま帰ってる。距離の問題もあるけど、少しでも空いた道を走ろうとすればこうなっちゃう感じで良いと思う。今日だってなるべく都市部を回避するルートを縫って来てるけど、それでも市街地突破は必要だし。朝はともかく昼を過ぎるとそれなりに混んでくるものね。それぐらいは当然と言われればそうだけど、

「言いたい事はわかるで。コトリもユッキーもバイクは好きやし、ツーリングも好きやけど、そこまでストイックやないからな」

 だから、ここのところ燻っている中型とか大型への移行のプランが出て来るんだよ。通勤で使う訳じゃなく、純然たるツーリング専用のバイクだから、大きい方が良いのはわかってるんだよね。

「買うだけやったっらブラフ・シューペリアかって安いもんや。あんなもん高い言うても新車で千五百万円ぐらいやろ。今のやのうて、大昔のクラシックの状態のエエやつをオークションで買っても、五千万円かよう行っても一億円ぐらいの話や。そやけど、コトリはこのバイクにこだわりたいな」

 わたしだってこのバイクに愛着はあるのよ。バイクそのものにもあるし、このバイクでツーリングした思い出もね。だから、大型バイクの購入の話はいつも堂々巡り状態になるんだけど。

「ユッキー、あのプランを進めようや」

 あのプランって、あれだよね。あれもすぐにも行こうと言いながら、なぜか後回しにしてしまってるんだよね。あのプランなら今のバイクで十分楽しめるはず。

「休みの工作任せたで」
「ちょっと待ってよ、それはコトリの方が」
「どっちがやっても同じやから、言われた方が負けや」

 ま、いっか。いつもコトリに任せきりにしてるものね。だけど、

「あれやるなら、ぶち抜きになりそうじゃない」
「その辺は今からのプラン次第や」

 あのプランが保留にされた原因は日数がかかってしまう点だった。でもね、でもね、ワクワクするぐらい楽しみ。食べ物だって絶対に美味しいはずだし、景色だって指折りのはずよ。

「道もエエのがあるはずや」

 温泉だってそう。雰囲気最高のバリバリの秘湯の宝庫みたいなところ。

「ユッキー、離島の秘湯は無理やで」
「それは残念」

 まあそうだよね。

「また新しい思い出が出来るね」
「覚えきれんぐらい抱えとるけど、こんなんはなんぼ増えてもエエもんな」

 新たな旅、新たな発見、新たな出会い。これが楽しいと思える限り生きていける。

「簡単に言うな、まだ五千年は保証付きやで」
「そうだけど、今が楽しいのが重要よ」

 わたしもコトリもこんな時代を待ち望み、ついに到達したんじゃない。

「それはそうかもしれんが、なんで休みがこない取りにくいんや」
「昔よりマシじゃない。あの頃は三百六十五日だったじゃない」

 あんなこと良くやってたよ。ブラック企業なんてものじゃなかったもの。休みがないどころか、睡眠時間もないのを何年も続けてたもの。それもだよ、一つでも判断を間違ったら国民皆殺しと背中合わせだったようなもの。

「ユッキー、昔の事はエエやろ。それより男や」
「もちよ。コトリは手遅れだけど」
「うるさいわ」

 わたしもコトリも時の旅人。悠久の時間をひたすら旅をしている。それも五千年も旅してるのに、未だに目的地が見えない。それが出来るのはコトリがいるから。コトリと出会えたからこそ今も旅を続けられる。

「ユッキー、また銀河鉄道999見たやろ」
「あれ、わかった。ちょっとメーテル気分」
「似とらへんで」
「ほっといてよ」