ツーリング日和7(第17話)磐梯吾妻スカイライン

「おはようございます」

 朝風呂浴びて、コトリさんたちの部屋で朝食。湯豆腐が付いてるのがおもしろかった。荷物をまとめて朝の温泉街を眺めながらクルマで駐車場まで送ってもらって出発。今日の目的地は会津だ。

 昨日北上した道をまずは戻る。尾花沢から、天童、山形と抜けて、上山から市街地を避けて県道を走り、高畠町から、

「ぶどうまつたけラインって妙に美味しそうな道ね」

 ぶどうもそうだけど松茸もよく採れるのかな。国道十三号に入ったら福島市方面に走り、途中で広域農道に入るはず。

「あれじゃない」

 へぇ、こんなところに福島空港があるのか。右手に見えてる山に行くのだから、どっかで右に曲がるはずだけど、道路案内ないな。そしたらコトリさんがバイクを停めて、

「ちょっと待った」
「どうしたの」

 ナビを何度も確認した末に引き返し、

「あの信号左や」
「高湯の方で良いの」

 コトリさんによる磐梯吾妻スカイラインはかつては有料道路で、高湯ゲートがあったはずだって。それにしてもかなり登るな、ヘアピン、ヘアピンの林間コースか。なるほど高湯って温泉街になってるんだ。

「もう磐梯吾妻スカイラインよね」

 高湯ゲートから先がスカイラインになるはずだけど、それらしいものはなかったから、わかんなかった。ただ高湯の温泉街を越えるとガチもののワインディングで、もうヘアピンが何回続くのだろ。

「頭文字Dの世界ね」

 イニシャルがDってなんだよ。ダンゴムシのDか。

「バイクのバイブルがバリ伝なら、クルマのバイブルが頭文字Dなのよ」
「そやけど東北遠征はあらへんかったから一番北で碓氷峠のはずや。真子と沙雪のシルエイティ」
「流しっぱなしのCの121」

 そこでランエボが事故るって何の話だよ。頭文字Dはともかく、ヘアピンはキツイ。バイク乗りはワインデイングも嫌いじゃないし、ヘアピンだって楽しんでしまうところがあるけど、だからと言ってヘアピンがラクなわけじゃない。

 サーキットと違って一般道でヘアピンがあるのは峠道、それもヘアピンが必要なぐらいキツイ登り道。タダでも登りがキツイのに、そこにヘアピン・カーブが挟まってるようなもの。

 カーブの曲がり方の基本は、そのカーブが曲がれる速度に減速して進入すること。そうしないと吹っ飛ばされる。きついカーブほど減速するのだけど、ヘアピンとなるとギュウっとブレーキをかけるぐらい減速する。あれ以上の急カーブはないからね。

 だけどヘアピンはタダの急カーブじゃない。進入する時に大幅に減速している状態で、急カーブを曲がりながら、きつい登りを走るトリプル・コンポの難所だ。そういうところで非力なバイクだと速度が落ちると、そこから再加速するのにアップアップになっちゃうのよ。それにさぁ、ヘアピンを抜けてもキツイ登りだもの。

「パワーがあっても、ヘアピンを曲がるのもキツイよ」

 コウのハーレーはさすがの一七〇〇CCだからパワーは十分なんだけど、ハーレーってワインディングを駆け抜けるために作られたのじゃなく、それこそアメリカの大平原をクルージングするためのもの。ヘアピンの連続にコウもちょっと苦戦中。

 ユリのバイクはスポーツ・モデルだからワインディングは不得意じゃないけど、これだけの登りになるとパワー不足がモロに出てくる。ギア落として、ふかしまくってヒーコラ状態。そこにコトリさんから、

「登り切ったら浄土平にレストハウスがある。そこで待ち合わせにするで」

 コトリさんたちのバイクはどうなってるのよ。二種とは言え原付だよ。それなのに、なんちゅう加速なんだよ。平地と変わらないじゃない。

「ああそうだな。カーブは無理していないものな」

 ヘアピンを早く走る手法として、カーブの速度を上げるのはある。度胸一髪飛び込んで、バイクを捻じ伏せて走り抜ける。サーキットの走りとも言えるし、峠の走り屋の走りと言っても良い。ただし一つ間違えば、

「ガードレールとの熱烈な抱擁が待っている」

 崖に突っ込んだり、下手すりゃ谷底に転落もある。これは常に事故と隣り合わせになる危険な走法だ。だけどコトリさんたちは、無理せず減速してヘアピンに進入する。急な坂道で減速すると再加速が大変で、普通はエンジンのパワー勝負みたいなものになる。

 それがコトリさんたちはまるで平地のように、いやそれ以上の怖ろしいぐらいの勢いで加速するんだよ。ヘアピン抜けたらぶっ飛んでいくみたいじゃない。

「ボクのハーレーでも追いつけない」

 ハーレーは馬力もあるけど重いからね。てなことをコウと話しているうちにコトリさんたちはすぐに見えなくなった。あのバイクは改造されてる。それも半端なく改造されてる。それは犬山から下呂に逃げた時にも、濁河温泉に登った時も見てるけど、改めて見るとどんだけパワーがあるんだよ。

「淡路でマスツーした時に杉田さんに聞いたのだけど・・・」

 杉田さんはスギさんの名前で有名なカリスマ・モトブロガー。バイクの腕はレースもやっている本格派。乗っているバイクだってリッターのスーパー・スポーツ。つまりは市販車最速バイクをプロのレーサーが走らせているようなもの。

「杉田さんは二度、コトリさんたちのバイクを追いかけるシチュエーションになっているが、二度とも振り切られている」

 はぁ、レーサーが乗っているスーパー・スポーツだぞ。それを原付が振り切るって怪物なんてものじゃないだろう。

「怪物だろう、あのお二人が乗られているバイクが、そんじゃ、そこらの改造バイクであるはずないからな」

 そうだった。ツーリング仲間だからコトリさん、ユッキーさんと呼ばせてもらってるけど、二人の本業はエレギオンHDの社長と副社長。世界を動かすスーパーVIPだ。

「ユリもVIPだよ」

 それは棚から落ちて来た災難だ。あの二人を追いかけるのはあきらめて、休憩を挟みながらユリのペースで走ることにする。七転八倒させられたヘアピン地獄を抜ける頃には視界がグッと広がってきた。

「これは、やまなみハイウェイに匹敵するぞ」

 やまなみハイウェイはツーリングの西の聖地とまで呼ばれる阿蘇の一角。ユリはまだ走ったこと無いけど、とにかく壮大な景色が目に飛び込んできた。この辺は高原にもなってるみたい。だけど荒々しいな。

「観光ガイドには日本のアリゾナとしてるものあるよ」

 アリゾナってアメリカだよな。ほいでもアメリカのどこにあるんだよ。つうかアリゾナに行ったことがある日本人がどれだけいるんだよ。たとえがマイナー過ぎないか。そんなわかりにくい例えを出さなくても、そうだな、標高も高いから天空の道で良いじゃない。

「天空の道は四国カルストだからじゃないか」

 だとは聞いたことがある。まだ走ったことないけどね。だったら、だったら北の天空の道の方が絶対に良い。ネーミング問題はともかく、これはまさしく絶景だ。これを見るためならヘアピン地獄を走る価値は余裕である。

 この絶景を言葉にするのは難しいな。まずは荒々しい。日本の山ならこれぐらい高くなっても林間道路になっちゃうけど、まず高い木がない。木や草も生えてはいるけど、まばらなんだよね。

 そうなっているのは岩山なのもあるだろうけど、火山だからだろうな。モクモクと煙みたいなのが上がってるし、硫黄臭いのよ。その荒々しい風景の中をスカイラインが突っ走るんだよ。こんな雄大で荒々しい景色が日本だと思えないよ。

 こういう道を走りに来るのがツーリングだよ。いや長距離遠征ツーリングなら、こういう目的地があって欲しい。関西じゃないものね。えっと、えっと、あそこに見えて来たのがレストハウスかな。入って行くとコトリさんたちが手を振ってた。

「早めやけど、お昼にしよう」

 うん、この景色の中でお昼を食べたいよ。さて、何にするかだけど、

「ソースカツ丼」
「わたしも。大盛りってないのかな」

 こんなカツ丼があるのか。この辺の名物だろうからユリも食べる。それにしてもこの風景を浄土平とは合ってない気もする。素直に地獄平じゃない。草木もあんまり生えてないし、火山性ガスがバンバン噴き出してるもの。

「コトリもさすがに地名の由来は知らんけど、浄土とか、天国とか、極楽いうたら高いとこのイメージやんか」

 天国の描写に雲の上とかあるものね。これに対して地獄は地底深くだよ。

「今でこそ、こうやってバイクでも上がって来れるけど、昔は稀に登った者が、ここに高原みたいなものがあると言うたぐらいやったんちゃうか」

 こんなところは猟師だって来ないだろ。来たって獲物なんかいそうにないもの。でも風景は地獄そのものじゃ。

「こんな高いところに平地があるだけの情報が独り歩きしたんちゃうか」

 それはあるかも。高いところって、それだけで聖地扱いされるところもあるものね。さてだけど、レストハウスの道向かいの山を登ってる人がたくさん見えるけど、

「あれは吾妻小富士で、登ったら景色もエエけど、大きな噴火口も見れるで」

 その言い方はもしかして、

「一時間ぐらいで行けるから、見いひん手はない」