ツーリング日和13(第18話)鈴鹿

 出来上がった動画は、

『日向古代ロマンツーリング』

 ネーミングはイマイチだけど、反応は上々になってくれた。上々どころか久しぶりの快心作として良いぐらい。バイクファンだけではなく、歴史ファンの関心も集めたぐらいの分析で良いかな。それにしても歴史オタクのコメはスノブだったな。

 だけどもう一つのネタ、ネタと言うより現代のミステリーの噂のバイクに関する話は保留と言うか、清水先輩と相談の結果、まだ編集長にも伏せる事にした。あのバイクが噂のバイクだとは考えてるけど、実際に見たと言うだけで、それ以外の情報は無きに等しいのよね。

「これじゃあ、某掲示板の与太話と変わらん」

 だと思う。あそこまで遭遇したのに悔しいったらありゃしない。それでもあのバイクの持ち主が神戸に住んでいる情報をつかめただけでも良かったかも。

「まあそうだけど、あのバイクをこっちで見ることはないだろうな」

 かなりどころでない遠距離ツーリングをしていうようだけど、神戸から関東、それも南関東まで足を伸ばさないよ。下道ツーリングで神戸から東京なんて、よほどの物好きか、

「モトブロガーが話題作りにチャレンジするぐらいだ」

 そう思う。まあ下道どころか高速使ってもあんまりやりたくないけどね。ビーナスラインは走ったことがあるみたいだから、

「富士山ぐらいがせいぜいだろう」

 それもやりたがらない気がする。

「今度は鈴鹿に出張だ」

 まさか鈴鹿までバイクで行くと言わないよな。

「心配するなオレのワゴンで行く」

 でもクルマかよ。でもそれって仕事じゃなくて趣味じゃない。清水先輩がハヤブサに乗っているのはダテじゃないのよね。ああ見えて、

「どう見えると言うのだ」

 ツッコミがうるさいぞ。レースまでやっている本格派。筑波サーキットまで練習走行に出かけるぐらい。休みの日にもそんなことをやってるから奥さんにも浮気されるんだよ。

「関係ないだろうが」

 でも本格派ぐらいは言える。バイクレースもあれこれカテゴリーがあるのだけど、先輩がやってるのはST600と言って、排気量600CCの指定の市販車がベースの改造範囲が小さいもの。SSクラスになると、

「破産するからな」

 わかる。STでもかなりかかりそうだもの。そんなことするから奥さんに逃げられんだよ。

「関係は・・・無いとは言えないか」

 大きなワゴン車を持っているのもそのため。先輩はレース用のバイクを別に持っていて、これをサーキットに運び込むためにワゴン車を買っている。もっともワゴン車だけど用途が用途だから商用車仕様で実に愛想がない。そんなことをするから奥さんが不倫に走るんだよ。

「関係あるか!」

 レース用のバイクだけどなぜかYZFR6。ヤマハのバイクが悪いわけでなく、先輩は鈴菌の重症感染者。鈴菌とはスズキのバイクの愛好者と言うよりフリークに付けられたものだから、てっきりGSXR6にしてるかと思ったもの。

「とにかく一緒に行くぞ」

 嫌だよ。先輩の練習風景を取材したって記事にならないじゃないの。鈴鹿サーキットの紹介は前にもやったし。これって先輩が鈴鹿を走りたいだけの出張じゃない。付き合う義理は双葉にはない。

「練習走行をするのはそうだが、これにも理由がある」

 それは鈴鹿を走りたいだけ。

「否定はしないが、その練習走行にTeam Sugi-sanが来る」

 それって、カリスマとまで呼ばれるモトブロガーのスギさんこと杉田さんが率いるチームじゃない。鈴鹿の四耐にも挑戦していて初参加で四位だったかな。

「いや五位だ。最後の最後のマシントラブルに泣いた」

 杉田さんの鈴鹿四耐挑戦は大きな話題になったのよね。たかがモトブロガーが四耐に挑戦なんて冷やかしとか、舐めてるなんて声もあったけど、

「マシントラブルがなければ優勝していた」

 だと言われてる。稀に見る団子レースになったのだけど、杉田さんのチームは忍耐強く力を溜め、やっと巡って来たチャンスに勝負に出た結果として良いと思う。この辺はレースは水物としか言いようがないよ。

 今度の練習走行も本番に備えてのものなのはわかるし、今年にかける意気込みとか、現在の状態のインタビューを記事にするのはわかるけど、それだったらバイクまで持ち込んで一緒に練習する必要はないじゃない。

「いやある。本当の調子や仕上がりはサーキットで一緒に走ってこそわかる」

 スタンドから見たってわかるよ。

「そこが素人だ。サーキットを一緒に走ってこそ肌で息遣いがわかるのだよ」

 言わんとすることはわからないでもないけど、先輩の腕で息遣いがわかるところまで近づけないじゃないの。

「バカにするな」

 結局付き合わされた。それ以前に業務命令だものね。少しだけ嬉しかったのはサーキットのホテルに泊まれること。シブチンの編集長がよく許可したものだ。

「杉田さんのチームも泊まるから取材目的だ」

 なるほど。それも二泊とは豪儀だな。

「行くだけ、練習走行、帰るだけだ」

 余裕ありまくりじゃない。とはいえ東京から鈴鹿はひたすら遠い。予想通り首都圏を脱出するだけでウンザリ気分になるものな。そもそもだけど鈴鹿まで四百キロもあるんだぞ。

「都井岬から新門司と変わらん。それに水無月さんは横に乗ってるだけだし、どうせ半分以上は寝ている」

 まあそうなんだけど、このワゴン車は大丈夫かな。バイクを載せるように購入したのはわかるけど、普段使いののハヤブサ、レース用のYZFの上に買ってるから、かなり年季の入った中古なんだよ。どこぞの工事現場で働いていたかって代物。こんなものを買うから奥さんに、

「それはもう良い」

 だけどね、ここまでの日程を組むのはわかるところはある。サーキットの練習走行はカテゴリーによって細かく分けられてるんだよ。四輪と二輪はもちろんだけど、レース用とナンバー付きでわかれ、さらに持ちタイムによってのクラス分けがある。

 先輩が走るのはレース用の2Sクラス。これも①と②に別れるのだけど、①の速い方のクラスなんだよね。もう少し言うと、2S①を走れるようにの鈴鹿のライセンスも取っている。取ると言っても、一人でワゴン車で鈴鹿まで行って取ってるものだからね。

 でね、練習走行時間だけど七月で四日間しかない。もうちょと正確に言うと一日に二枠で八回しかチャンスがない。

「七月は八耐ウィークがあるから多いよ」

 その通りで六月なんて一日しかないものね。その上みたいな話だけど、七月に八枠あっても走れるのはまず一枠ぐらいらしい。その一枠ってたったの三十分しかないんだよ。言ったら悪いけど、そのたった三十分を走るために東京から二泊三日でワゴン車で走って行くってわけ。

「四耐組なんかぶっつけ本番もよくあるよ」

 裏返せば鈴鹿のサーキットを走れるチャンスはそれだけ限られてるってこと。その限られた時間を出来るだけ有効に使いたい思いだものね。

「そういうことだ。それに鈴鹿は走るだけでテンションが上がるところでもある」

 どこが日本一のコースかとなるとFISCOもあるけど鈴鹿を上げる人が多い。世界でも屈指の名コースとも呼ばれ、第一セクションや130Rは有名だもの。それよりなにより、

「四輪ならF1、二輪なら八耐の会場だからな」

 国内で開催されるレースとしてはダントツに知名度が高いレースだものね。その舞台を練習走行とは言え走れるのはレーサーとして魂が震えるぐらいはわかるよ。野球なら甲子園球場で練習試合をする感覚に近いかもしれない。

「ライダーの聖地だ」

 まともに走れればね。

「言うな」