ツーリング日和10(第29話)宣伝広告事業

 ツーリングから戻るとコトリはクレイエールの社長を呼び出し、

「時間があらへんから霜鳥に仕切らせる」

 そこまで必要の判断ね。今年は八月の第一日曜日が八耐の決勝で、その前日の土曜日が四耐決勝なんだよね。もうちょっと具体的なスケジュールを挙げておくと、

 木曜日・・・公式練習
 金曜日・・・予選
 土曜日・・・決勝

 だから水曜日に鈴鹿入りするチームが多いみたい。それまでにライディングスーツや、ピットクルーやスタッフのユニフォームのデザインを決定し作り上げないといけないもの。マシンのカラーリング・デザインもあるよね。

「なに言うてるねん。引き続いての販売の準備もや」

 宣伝打ってモノがなかったら話にならないものね。それとミサキちゃんに任せたのは旦那のディスカルがバイク好きの点。というかシノブちゃんはバイクに興味も関心が低いのよねぇ。

「お土産のリクエストは興味も関心も高いけどな」

 随分前だけど琵琶湖のキャンプの帰りの件で杉田さんと加藤さんのことを調べてもらったのだけど、ユーチューバーなのは報告してくれたけど、杉田さんのレーサーとしての経歴はお座なりも良いとこだったもの。だからずっと草レーサー程度と思い込んでたもの。

「とにかくあの時の調査は雑やったもんな」

 ここも誤解されたらシノブちゃんに悪いよね。その件をシノブちゃんが直接担当した訳じゃないのよ。シノブちゃんは担当者を指名しただけなのよ。だけどシノブちゃんがバイクにまったく興味がないから、適当に指名したのがシノブちゃんに輪をかけてバイクに興味のない人だったんだよね。

「本業の依頼とは言えんとこもあるから、あんまり言えんとこあるし」

 ツーリングの度になんだかんだで融通利かせてもらってるからね。

「休日まで呼び出した事もあるし」

 なんとなく借りのヤマを積み上げてるとこがあるものね。ところでさぁ、杉田さんのチームを八耐にステップアップさせる腹積もりはあるの。

「コスパが合わん」

 四耐と八耐なら八耐の方が知名度は段違いに高いけど、その八耐だって世間的には全国民注目には程遠い。たとえ優勝しても知ってる人が珍しいぐらい。さらに言えば参加するだけで費用は桁違いで、上位を目指すとなれば費用はそれこそ青天井。

「四耐の方が融通が利く」

 杉田さんがチームとしてあわよくば優勝を狙うのは当然だけど、こちらの狙いはあくまでも宣伝広告事業。そういう目で見れば、

「杉田さんは四耐に参加するだけで購買層にダイレクトにリンクする」

 これの話題をより高めるサポート代、さらにはレース参加費用を勘案しても、

「こんな安い買い物は滅多にあらへんで」

 つくづくそう思う部分はある。ミサキちゃんも、

「お知り合いとは知っていましたが、あのスギさんのサポート契約を取れるとは・・・」

 絶句するぐらいだったもの。杉田さんが本業であるモトブロガーとして鈴鹿四耐の番組を挙げるだけで、それで宣伝広告効果はピンポイントに効果絶大だもの。これで売り出せなければ、

「こっちの不手際やで」

 そういうこと。だからクレイエール任せにせずミサキちゃんを送り込んでるぐらいだもの。杉田さんも協力してくれて、番組で資金繰りが苦しい事を打ち明けてクレイエールのサポートに感謝するってしてくれたもの。

「あれでこっちは白馬の騎士になれたからな」

 ここだって杉田さんがその気になれば、スポンサーなんていくらでもかき集められるのを綺麗に伏せてくれたのは感謝してる。実際のところはコトリが無理やり押し付けたんだけどね。

「あんだけの金額で手厚いサポートになるんやからコスパ最高やで」

 八耐に参加するにはバイクだけで一千万円と言われてるし、優勝や上位を狙うチームが他にどれほどの費用をかけてるか考えるだけで怖いぐらいだけど、四耐なら五千万円も出せば十分だものね。

「五千万円は大きな金額やけど、広告費と考えれば安いなんてもんやない」

 有名人を広告に起用するギャラだけで、すぐにそれぐらい必要になるのが広告の世界だもの。もし杉田さんを広告に起用するなら、ギャラだけで、

「一千万円じゃ杉田さんはクビを縦に振らんやろ。五千万円出してもNOやと思う」

 とにかく商品広告は好きじゃない人だからね。ずっと思ってたんだけど杉田さんって不器用な人じゃない。

「コトリもそう思う。モトブロガーも含めて人気ユーチューバーは目から鼻に抜けるような才子型の人ばっかりやと思うてたんやが、杉田さんはちゃうな」

 人気ユーチューバーは芸能人と同等に扱われるところが多いけど、杉田さんはまずマスコミに出るのを避けてるんだよ。ユーチューバーの指向の一つとして有名になって芸能界へのステップを考えているのは多いのよね。

「プロ野球でいうたら育成契約みたいに位置づけてるのは少のうないもんな」

 典型的なのは芸能界でもめ事を起こして干された連中。ユーチューバーとして人気と食い扶持を維持しながら芸能界復帰を狙うパターンだよ。その逆でユーチューバーから芸能界入りを目標にするのも多いのよね。

 でも杉田さんはユーチューバーというよりモトブロガーであることにプライドを持ってるんだ。作る番組だってそう。一人でもバイクに興味を持ってくれる人が多くなるように、バイクの楽しさ、バイクライフの魅力をひたすら発信してるもの。

「ゼニのため言うよりバイクのためでガチガチやもんな」

 そこまで杉田さんが意識しているかどうかはわからないけど、有名人で芸能界に入った人の扱いはロクなものじゃないのよね。

「一時的にゼニは稼げるけど、便利屋の色物のディスポとしかされへんもんな」

 この辺は有名人上がりだからというより、芸能界がそんなところがある。芸能界が求めるものはとにかく売れてゼニになること。売れるために芸能人をコキ使うのは当然で、コキ使って生き残った者のみがスポットライトを浴び続ける世界だもの。

 そういう世界に憧れて厳しい競争を勝ち抜いた者のみが芸能界で活躍できるってこと。有名人で芸能界入りしたような人では、

「たいがいは絹のハンカチが泥まみれになって捨てられるだけや」

 だから杉田さんの姿勢はあれはあれで一つの生き方になる。

「自分の事がようわかってるんやろな。モトブロガーだから今の地位を保てるけど、芸能界には向いとらへんのを」

 芸能界で求められるのは、あらゆる要求にこたえられる器用さの一面はあるもの。それが出来る人が目指すべきで、そうじゃない人がウッカリ足を踏み入れたらロクな事にならないと思うよ。